第26話 飛び立つ

 夜、まだ早い時間。

 シリュウのねぐらに全員集合。


『シリュウ、来たよ。元気にしてた?』

『もちろん。よく来てくれた』


 おだやかな、歓喜というよりも歓迎の波動。なんか落ち着く。


『〈聖剣〉さんは無事、ギーゼラのところへ着いてたよ』

『なによりだ。肩の荷が降りた。感謝している』


 なんだろう、おだやか過ぎて逆に不安になる。まるでもう、生きなくてもいいと思っているみたい。


『……シリュウはなにしてたの? 全然テレパシーもなかったけど』

『考えにふけっていた』


『俺たちうるさくなかった?』

『いや、まったく。むしろ楽しかった』


『ならよかった。遠慮しないで話に入っていいよ?』

『そうか。では、機会があればそうしよう。聞いているだけで、ずいぶん心地よいが』


『なにを考えてたのか聞いていい?』

『魂の抜け出し方だ。我が飛び立てば、どうしても人は怯える。わざわざ倒しに来ることもある。人を襲わぬと約束した以上、もう自由に飛ぶことはできん。しかし、魂だけで行動できるとなれば、どうか?』


 ……なんか、人間がごめんなさい。

 自由に飛べないから自我崩壊しそうになってたのかな?

 それでも約束を守り続けるのか。真似できないカッコよさ。


「おのが欲に反したこと」を続けていたと言っていたので、ドラゴンの欲がなにか聞こうと思っていた。飛ぶことか。


 たしかに、アストラルボディで飛び回れれば最高だ。宇宙も行けるし、自由を感じられる。


『……俺は寝ると魂が出るみたい。シリュウは寝る?』

『寝られる。主に会ったあと、すでに何度か寝てもみたが、魂が抜けはしない……心臓を止めてみようかと思う』


 え、なにそれこわい。


『それ死なない?』

『わからん。試したことはない。そこで、もし迷惑でないなら、魂が出たら回復してもらえんか?』


 よかった。別に死ぬ気ではないみたい。

 そうか。魂が出たら一旦戻せばいい。そうしたらディープのように魂が出るようになるかも。


『……リスクはゼロにできないよ?』

『もちろん、構わない。我は役目を終えた。あとは主に恩を返すため、なにができるかだ。魂が抜けられる方が、役に立てるだろう』


 まるで、できなきゃ役立たないと思ってるみたい。そんなことないと思う。それに、財宝はちゃんと受け取ったつもりでいる。これ以上恩返しはいらない。


 けど、自由に飛んで欲しいな。一緒に飛び回りたい。

 我慢を強いられ続けるなんて、俺なら絶対イヤ。


『……やってみよう。全力を尽くすよ。一緒に、自由に、飛び回ろう!』

『助かる。では、心臓を止める』


 自分の意志で止められるみたい。やっぱりちょっと怖いんだけど。


『フヨフヨ、フェネカ、もし魂がでたら一旦戻そう』

『うん』

『任せよ』


 しばらく待っても、なにも起こらない。シリュウは目を瞑って身動きしない。


『フヨフヨ状況わかる?』

『心臓止まってる。でもまだ生きてる』


 ……心臓止まっても生きてるってすごくない?

 生きるの定義どうなってんの?

 なんかハラハラしてきた。シリュウと繋がってる感覚はある。

 いちおうみんなでシリュウの真上待機している。


 集中力が切れかかるころ。

 突然、巨大な魂が浮き上がって来た。

 しっかりドラゴンの形をしている。


 心臓動かさないと!


回復ヒール!』


 急いで魂を押し戻す。

 でっかいよ!


『も、戻せた。よかった、みんなナイス……シリュウ?』

『……わかった。わかったぞ主。待ってくれ』


 ん?

 なにがわかったのか、よくわからないけど待つ。シリュウは目を閉じている。


 そして、またシリュウの魂が浮き上がってくる。


『できたぞ主!』

『……もうコツ掴んだってこと? フヨフヨ、シリュウの心臓動いてる?』

『うん』


『主、案ずるな。我の肉体は眠っているだけだ』


 さすがドラゴン。

 アストラルボディが最初からドラゴンの形してるし。これってもしかして長命種だからかな。フェネカも最初から手足があったらしい。


『けど、やっぱりくっきりキラキラしてないね。宇宙行く?』

『行こう!』


 シリュウノリノリ。歓喜の波動。


『よーし、シリュウの背に乗せて!』

『乗ってくれ!』


 みんなでぴゅんと宇宙へ!

 シリュウは感激しているみたい。

 大きく旋回している。


『いまの我は、誰にも見えぬな?』

『生きた人に見られたことはないよ』


 降下し、大陸をゆっくりと見てまわる。

 みんな歓喜の波動をだしてる。普段自分で走るのが好きなディープまで。

 ドラゴンの背中に乗るなんてなかなか体験できない。


『シリュウ、魂だけだけど、飛べてよかった?』

『ああ、あぁ……主との出会いに、感謝する』


『うん、俺も。背中に乗せてくれてありがと』


 よかった。いつか肉体ごと飛べたらいいけど、シリュウが攻撃されたらイヤだしな。

 たぶん、倒せる人もいる。父様とか『賢者』さま、数年後のギーゼラやクラウスくんも。


あるじ、頼み事や欲しいものはないか? 我が宝は不要だったか?』

『いや、宝は……将来のために置いといちゃダメかな? いろんなところにヘソクリを貯めてるんだ』


 またフェネカが笑ってるよ。

 銀行がないからヘソクリなのだ。貯金ゼロだと不安になったりするんだよ。


『ならば、必要になるときまで管理しておこう』

『無理はしなくていいからね。楽しく飛びまわるの優先で』


 さてじゃあ、ポーション作ったり、ワームの討伐で加護レベル上げしたりしようかな。

 遺跡の武具も確認しないと。


 レスレ浄化は、あらかた終わった。

 南部の砂漠に目が向き始めている。ヒタチの樹から町の方へ向かって畑も少しずつ増え、小屋なんかも立っている。



  ◆◇◆



 数日後、3限目の授業中。

 ヒタチから不安な波動が届いた。


『人がたくさん来たの』

『農民?』


 最近は、いろんな人がヒタチの樹を見に来ている。

 だから、俺は呑気に授業を聞いていた。


『お墓の方へ行くの!』

『え?』


 ヒタチの言うお墓というのは、白骨さんのお墓だ。つまり遺跡。


『みんな馬に乗ってたの!』

『……それは、マズい』


 農民なら墓までは到達しない。遠いから。けど、馬ならすぐだ。


 レスレ王国はもう脅威ではないと思う。けど、だからといって俺が見つけた遺物をやすやすと渡したくはない。

 名乗り出るわけにもいかないので、発見者の報酬ももらえないし。


『妾が行って脅すかの?』

『……俺がいく。フェネカ、肉体の見張り頼んでいい?』


 火祭より聖域の方がいい。


『良いが、減点ではないかの?』

『……1回くらい大丈夫なはず』


 2位だし。どのくらいの減点かわからないけど、50位くらいまで落ちたとしてもAクラスは維持できるはず。

 机に突っ伏してマイボディから抜け出す。


『すぐ戻る! 先生が起こそうとしたら呼んで!』

『了解じゃ』


 フヨフヨと一緒にお墓へ飛ぶ。

 間に合った。

 向かってくる人馬は、かなりの人数。広がってこちらへ向かっている。


『なんか50人くらいいるんだけど……』

『それは引かぬかもしれんのう』


 だよね……。

 人は、集まるとなんでもできる気がしてくる。

 お墓の真上に浮かんで待つ。


 集団の速度がみるみる落ちる。お墓見つかっちゃったみたい。


聖域サンクチュアリ


 半径5メートルくらいのバリアを張る。

 驚いてるな。

 だんだんと密集し、聖域目前で全員が馬を止めた。


「……これは、何でしょう? いったい誰が?」


 ざわつく中、中心人物のひとりが言い、静まった。

 以前見た青年領主だ。今日はちょっと貴族っぽい服装。


 その隣にはアトモ伯爵もいる。青年領主が手紙を出した相手。このあたりを統括している、青年領主の寄親というやつ。


「墓に見える」

「ええ、はい……」


 ふたりとも驚いてはいるけど、帰りそうにはないな……。

 逆に興味もたれちゃってる。


 できれば、ここへは踏み込みたくないと思わせたい。

 ほんの1メートル下に遺跡の入口があるから。


『……伯爵がいる。攻撃魔法を見せるのは逆効果だよね?』

『そうじゃの……メンツがあるゆえ、余計に引けなくなるやもしれぬ。やるなら到底マネできないレベルがよかろう』


 火祭とか言っていたフェネカが真面目にアドバイスをくれる。


『どうしよう? お墓を神々しい感じに光らせる?』

『主、我が大音声をあげるか?』


『シリュウ! アストラルボディでそんなことできる?』

『できる。いま向かう』


 シリュウはあっという間に到着した。

 真上に巨体のアストラルボディが。


『見られないというのは、気分がいい。さて、どう言う? 去れ、この墓を荒らす者は罰を受けるだろう、といったところか?』

『……近づくな、この墓を荒らせば、この地一帯が砂漠と化す。で、どうかな?』


 シリュウだけでなく、フヨフヨとフェネカからも肯定の波動が。


『やるぞ』

『シリュウ、お願い!』


 俺は墓の裏に、小さなLED設置。


「近づくな! 墓を荒らせば、この地一帯……砂漠と化す」


 ビリビリと空気が震える大音声。拡声器を使っても、風属性の拡声魔法を使っても、ここまで大きくはならない。

 映画館の音響設備も越えたかも。


 俺は聖域を維持し、光をどんどん強くする。

 神々しく見えるように。

 ここまで眩しく出来る人はこの世界にはいないはず。明るさの単位ルーメンとか誰も知らないと思う。


 集団がおののいている。怯えるように後ろへ下がった馬が多数。


 アトモ伯爵が、馬を降りた。

 そして、胸に手のひらをあて、深く頭を下げる。


「人に出来ることではない。急に砂漠でなくなった原因はこの墓だろう。この聖域の周囲に線を引け! 柵をつくり、誰も立ち入らぬようにせよ!」

「はっ!」


『上手くいった! シリュウありがとう!』

『なに、役に立てて光栄だ』


『どうやったの?』

『風魔法だ』


 まじか。俺も試したことはあるけど、どうしてもボーカロイ◯みたいになる。それも、調教ド下手くそなやつ。


『そんな自然な声になるんだ……コツある?』

『……長い年月を要した。数百年だろう。ためしに教えるか?』


 ボーカロイ◯の調教ができない俺には不向きなようです。


『必要ならシリュウに頼むことにする』

『いつでも呼んでもらいたい』


 ところで俺、いつマイボディに帰れるの?

 私兵と思しき人たちが聖域の周りを掘ってるんだけど。聖域を堺の目印に使ってるよね?

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