第22話 見つけた

 5月も末。

 昼間でも30度を越えることはない過ごしやすい土地柄。


 レスレ浄化計画、ならびにレスレ土壌モコモコ計画は順調。

 なぜかヒタチ樹のまわりにスライムが沸くようになったけど順調。


 いま、俺たちAクラスは、初の合同授業に向かっている。


 ワープした先の森には、たくさんの1年生。3校分のAクラスかな。

 広場からあふれるほどの10歳児。


 カレン先生に呼ばれ、俺ひとりついて行く。今日は徒歩だ。人数が多いから馬は置いていくよう言われた。

 ディープは知らないおっさんに世話を焼かれているはず。


 広場を出て、木と木の間のスペースへ。

 そこには『賢者』の息子クラウスくんがいた。


 それから知らない男の先生と、警備員が3名。

 騎士学校の生徒と思われる革鎧に剣を佩いた10歳児が3名。


 やがて生徒は8名となった。

 男の先生が見回して口を開く。


「では、この8名をチームA1とする。簡単に自己紹介をするように」


「はい。1位のクラウス・フォン・アツェランドだ。全属性に適性がある。得意は風属性。よろしく頼む」


 そしてクラウスくんの視線がこっちに。見ればピンク髪の子も、先生もこっちを見ている。


「ユイエル・レガデューアです。聖属性です。よろしく」

「3位、ラヴィ・フォン・ヴァイスです。火属性です。よろしくお願いします」


 次の子は5位、水属性。

 4位は属性が被ったから別チームなのかな。

 次は騎士学校の生徒。


「ギーゼラだ」


 ……それだけっぽい。なぜかヘルメットのような兜をかぶっている。たぶん女の子。

 瞳が琥珀色というより金色。カッコいい。


 え、まさか騎士学校のトップ、平民?

 あとのふたりは、変な兜はない。金髪。2位と3位を名乗った。苗字もフォンもついていた。


 8人目は文官学校2位の生徒。文官学校はこの授業、任意参加で人数が少ないらしい。


「では、交流し、モンスターを倒すように」


 それだけ言って先生方が離れ、警備員も遠巻きに守る体制に。

 クラウスくんが、ぐるっと俺たちの顔を見る。


「では、騎士学校の3名が前を進んで欲しい。いいか?」

「はい」


 これはリーダークラウスくんかな?

 変な兜の子は、スタスタと広場を離れるように進み始めた。騎士学校のふたりが返事をして続く。


 そのあとを魔法学校の3人が。

 俺は文官学校の生徒と一緒にいちばん後ろをついていこう。

 ……後ろにも近接職がいた方がよくない?


 どんどん進む。

 スライムは先頭の子がひとりで倒している。

 このまま行けばスライム地帯を抜けてしまうと思う。


「クラウスくん、後ろにもひとり、騎士学校の生徒、いた方がよくない?」


 クラウスくんが訝しげな顔で振り向いた。


「……おまえはなぜ剣を持ってこなかった?」


 え?

 そういえばクラウスくん、腰に細身の剣を下げている。服装は魔法学校の乗馬服だけど。


「持ってないし、使えないから?」

「……使えない? どういうことだ」


 キョトンとして足を止めた。横並びで歩き出す。

 そのままの意味だ。高校の体育で竹刀なら持ったことがある。それ以外はない。


「剣は使ったことがないんだ」

「あれ? おまえ、剣聖の息子じゃなかったか?」


 目が泳いでいる。口調も少し子どもっぽくなったかも。混乱している様子。

 剣聖の息子は剣が得意だと思いこんでる?


「剣聖の息子だよ。でも聖属性魔法使い」

「……ま、まさか『剣聖』を継がないのか? せっかく、長男なのに?」


 信じられんと言わんばかり。

 ナチュラルに無属性も使えるものと思われてそう。

 そういえば、クラウスくんは次男か。『賢者』を継ぎたいのかな?


「そうだよ。『5英傑』は実力で選ばれるものでしょ?」

「『賢者』の息子に魔法で勝てるものなどいない……」


 その思い込みはどうかと思う。

 だって……。


「初代レガデューアは、平民だよ?」

「それは特殊な例だ。そもそも『剣聖』の家に、適性を持った者が生まれなかったから起こった交代劇だ」


 俺はこのチームにいる騎士学校の誰かが『剣聖』になることを望んでいる。なりたい子がいるといいんだけど。


「1度あったなら、また起こるかもしれないよね?」

「……な、なぜだ? なりたくないのか?」


 ない。

 いまや全員が、この会話を聞いている様子。

 列が詰まって密集形態で進む。これはこれで安全かも。


「……うん。クラウスくんは『賢者』になりたいの?」

「は? あ、当たり前だろ? だが6つ上の兄上に勝てるはずがない!」


 おおう。声が大きい。

 相当コンプレックスがありそう。


「……どうして? 『賢者』さまはまだ30代前半だよね?」

「父上の歳は関係ない。オレと兄上が6つ違うんだ」


「でも、考えてみて? 『賢者』さまがあと10年現役とすると、クラウスくんは20歳、お兄さんは26歳になる。そのとき実力差が少しなら、選ばれるのはクラウスくんのはずだよ」

「……」


 あれ?

 混乱している? 

 伝わらなかったかな。


「だって、若い方が長く働ける。引退が遠くなる。少し負けているくらいなら、クラウスくんが選ばれると思うけどな?」


「そ、そんなことはないだろう。早くに亡くなった『賢者』や『剣聖』もいるし……それに、差は少しじゃない……」

「それは10年かけて縮めればいいよね?」


 なんなら超えればいい。


「……どうやって。やれることは全部やっている。兄上もだっ」


 てことは、マナポーションはめいっぱい使ってる?

 10歳児の金銭感覚じゃなさそう。


『賢者』候補が強くなってくれれば、より安泰。

『賢者』ふたりとかならないかな?

 クラウスくんが『剣聖』もあり?


 とすると、ここには『剣聖』候補が4人。最有力の1位は平民……。


「……たとえば、聖属性魔法の魔力回復をかけてもらうとか?」

「そんなもの微々たる量だ。意味はない」


「本当に? 10年間、毎日5回ずつ使ってもらったとしたらどう?」

「そんな無駄なことをする者などいない。聖属性は希少だ」


 ずいぶん決めつけてくる。

 事実なんだろうけど、なんにでも例外はあるよね。

 けど、もとより他人の考えを変えるのは難しい。余計なお世話だった。


 1位の変な兜さんにも聞こえているだろうからよし。

 興味もってくれるといいんだけど。


「まあ、たとえだからさ。工夫次第かなって思っただけ」

「工夫か……」


 考え込んでしまった。


『右まえ、ゴブリン3匹』


 げっ。よりによって人型……。

 クラウスくんは気づきそうにないかも。悩ませたのは俺か。ごめん。


 まあ、ほかの子だって瞬殺できるはず。

 いつの間にか、草むらがだいぶ深くなって膝くらいまである。


『フヨフヨありがとう。フェネカ、撃っちゃダメだからね』

『釘を刺されてしもうたか』


 笑ってる。

 俺も3体感知できた。身体強化は使っていない。

 警備員も感知しているだろう。

 警告しなくても安全なはず。

 聖域のイメージだけしておく。人型が倒されたらテンパりそうだからね俺。


 先頭の変な兜さんがハッとしたように右手を向く。


「3匹!」


 言って剣を構えた。

 ほかふたりも剣を抜く。


 見えた。緑の人型。俺たちとサイズはそう変わらない。

 棍棒を振りかぶり、一直線に向かってくる3体。


 ピンクの髪のラヴィさんが右手を突き出す。


「1匹倒します! 火球ファイアボール!」


 右端の1体が顔から燃えて消える。

 大丈夫。あれは凶暴なモンスターだ。


 ハッとして右手を掲げるクラウスくん。

 だが、変な兜さんの動きが速い。


「前に出る!」


 うっ。

 スパンと首が。スプラッタからの、消えた。


 変な兜さんの後ろから、金髪の男の子も向かっている。

 これで終わり。

 そう思ったのに――。


 ゴッと鈍い音。


「あっ!」


 声を上げた金髪の男の子が、つんのめる。木の根かなにかに足を取られた様子。

 そして、剣が飛ぶ。


 マズいと思ったときにはもう遅く、変な兜さんの頭に剣先があたる。

 前のめりに倒れる変な兜さん。


 回復、いや――。


聖域サンクチュアリ!」


 棍棒を振り下ろそうとしたゴブリンのまえに、板状の聖域。


『魂でたら戻して!!』

『生きてる』


 よかった!

 心臓バクバクだよ!


 今度こそクラウスくんが手をまえに突き出す。


「撃つ! 動くな! 風刃ウインドカッター!」


 う……人型スプラッタ。消えた。助かった。


 変な兜さんに向かって走る。

 すると、むくりと起き上がった。


 ……え、は?

 髪が、紫。

 もう変な兜さんではなかった。

 いや、もともとギーゼラだったか。


 紫。

 存在しない髪色。

 魔法適性の有無にかかわらず、生まれるはずのない色。


 俺はこの世界に来てから、多くの人を俯瞰してきたけど、ひとりも見たことがない。


 けど、実は知っている。

『まほうつかいとドラゴン』という絵本に出てきた。

 ただの絵本だ。物語であり迷信だと思っていた。

 けど、紫は英雄の色だなんて言われていたりもする。

 ……あの絵本、史実をもとにしてる?


 絵本の主人公は、髪も服も瞳も、紫で描かれていた。ついでにドラゴンも。


 目の前には、紫色の後頭部を抑えるショートカットの女の子。


 ああ……きっとこの子が、ギーゼラが主人公だ。

 だってそうでしょ。本来のユイエル・レガデューアは、亡くなっている。


 なら、なぜセバスチャンはうちにいるのか。

 たぶん、ギーゼラが養子となって『剣聖』になる。それが本来のストーリー?

 わからないけど、そうなったらいいな。


 たしか絵本には、ドラゴンが守る〈聖剣〉が出ていた気がする。

 絵本は学校に持ってきていない。内容があいまい……図書館にないかな。


 ギーゼラは、ハッとして転がっていた兜に飛びついた。

 けど、生徒も、そばに来ていた警備員も、フリーズ状態。みんな見てしまっている。


 俺は急いで近づく。

『剣聖』育成計画始動。


「怪我はない?」


 イメージを固めながら、またアストラルボディの腕をわずかにずらす。

 健康診断オールAになれ!


回復ヒール!」


 ついでに無言ですぐに浄化ピュリフィケーション

 悩みも吹き飛べ。

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