第21話 敵国の事情

『人がこっち来るのー!』


 突然のことでビクッとしてしまった。読書に熱中していた。


 やっぱり昨日の光は町から見えていたらしい。

 ベッドに向かいながら時計を見る。

 まだ午前10時20分。


 ちなみに時計はヘソクリで買った。セバスチャンに白金貨10枚持たされているが、手を付けていない。


『妾が行って攻撃するかの?』

『しないで?』


 笑ってる。冗談なのはわかるけど怖いから。

 いつものように肉体を出る。脱皮みたいだよね。


『お、ディープも来たのか』


 一緒にぴゅんと意思移動。

 ヒタチは、樹のまえに立ちふさがっていた。

 両手を広げて浮いている。

 その視線の先には5人。


 全員、馬に乗ったまま口をあけて見上げている。

 まあ、砂漠化目前の地にこんな大樹が元気に花を咲かせていたら驚くよね。


 やがて先頭の青年が一歩前に出る。


「……私は夢を見ているのでしょうか?」

「いえ……」

「旦那様、オレには花の咲いた大きな木が見えます」


 どうやら先頭の青年が貴族のよう。

 服装はまるで平民だが、ここはレスレ王国南部。ラングオッド王国王都よりずっと貧しいはずだ。


「旦那様? いかがいたしましょう?」

「いかがと言われても……ここは、我が領地でしょうか?」

「ええ、はい。誰も欲しがりませんので、いまもご領地かと」


 領主みずから来たのか。

 めちゃめちゃお金にも人材にも困ってそう。

 だって5人中、ふたりはまだ子どもだ。なのに木剣を携えている。おそらく護衛。


「……この地面、もしや、もしや作物も育つのでは?」


 育つかも?

 樹のまわりは、まともな濃い茶色の地面になっている。まだ半径30メートルくらいの狭さだけど。


「ここへ来られる農家の者を探しましょう。それから、アトモ伯爵へ手紙を出しましょう……信じてもらえないかもしれませんが」

「それがよろしいかと」


 ひとりが土を少し採取し、領主一行は帰っていった。


『砂漠化阻止計画、手伝ってくれそうだね』

『よかったのー!』


 それから魔法で雨を降らす。今度は樹を避け、広範囲にわたってドーナツ状に。

 数日後に種が飛ぶみたい。


 何日か待って、レスレ王国上層部の浄化を始めよう。青年領主が手紙を送る伯爵を最初に。


『……気は進まないけど、ほかの敵国も少しずつ見に行こうか』


 もし、レスレ王国が安全になったとしても安心はできない。

 できれば、俺とかかわった人が人質にされたり、人質を取られたりは防ぎたい。


『それがよいの。あらかじめ情報を得ておくべきじゃ』

『ヒタチも行くのー!』


 北西へ進む。

 大きな川を越え、上空から観察。


『あの町が公都かな?』


 疑問の波動。ヒタチは首をかしげている。

 ウィオブ公国なので、公都。


 ごく普通の城壁に囲まれた町だ。ラングオッド王国にたくさんある町のひとつとなんら変わらないように見える。


『情報っていってもな?』

『王様見る?』


 フヨフヨが触手を突き刺す動き。

 公国なので王様じゃない気もするけど、この際なんでもいい。国家元首。


『やっぱり気は進まないけど、それがいちばんいい?』

『じゃろうの。ユイエルは優しすぎる。言い換えれば甘いのじゃ。父君はいまこの国と戦っておるのじゃろう?』


 戦っているかまではわからない。王都から南西へ向かったことだけ知っている。

 父様最強だと思う。けど、なにもせずに後悔するよりは……。

 この国が人質戦法を取るかどうかだけでも確認したい。


『うん。フヨフヨ、お願い』


 王城というより要塞のような建物に突撃。

 

 やがて執務室らしき部屋で、それっぽい人物を発見。

 紫ベースの服を着ているので間違いないと思う。

 元は英雄の色と言われている。いまでは国家元首が着る色。


 どんどん書類を処理していっている。有能そう。ちょっとセバスチャンに雰囲気が似てジョージ・クルーニーっぽい。


 フヨフヨの触手がプスッと。


『……すごく、まとも。いい王様。剣聖、倒したくない』

『倒したくない?』


『そう。本当はラングオッド王国と仲良くしたい』

『……そっか。ありがとうフヨフヨ』


 ホッとした。頼んでよかった。


 この国も、攻め込んでくる敵国だけれど、少し同情してしまう。

 3方を大国に囲まれた小国なのだ。


 レスレ王国と、西の大国の言いなりなのだと思う。特に西の大国からは穀物を輸入しているはず。


 もし、このウィオブ公国に戦争をやめさせることを考えるなら、穀物を与え、レスレ王国を味方に引き入れ、西の大国から守らなければならない。


 西の大国は、おそらくどうやっても敵国だ。大陸統一をかかげている。きっとモデルは始皇帝。


 いまのところ俺にできそうなのは、やっぱり砂漠化を止めることか。

 あとは『剣聖』育成計画。


 戦争が減り、強者が増えれば、俺は安心できる。

 まあ、魔法は楽しいから、勝手に回復してまわろう。


『……砂漠に戻ろうか』


 俺がフヨフヨにくっつくと、ディープが触手に捕まった。まだちょっと怖がってる。フヨフヨは怖くないよ。

 ヒタチは俺の真似をしてくっついている。


『よし、ヒタチの樹のそばから、いい土に変換するよ!』

『うれしいのー!』


 まずは、この地の回復だ。

 ひび割れ大地に向き合って、モコモコの土を思い浮かべる。その際、不要な塊は上に出てくるようイメージ。

 深さは2メートル。広さは5メートル四方。


『土魔法 土壌改良ソイル


 よし!

 こげ茶色。

 実は土魔法の選択授業も受けた。使えないふりして先生や生徒の魔法をガン見してきた。


 次は8メートル4方でやってみよう。

 そんな調子で、何度か休息をはさみ朝までやった。

 魔力もまだまだ増やしていこう。



  ◆◇◆



 月曜。

 午後の授業を終えたところ。


 ふっふっふ。

 森からたくさん銀貨を回収してきた。


 俺が学校に持ち込んだヘソクリは、ニンジン代でほぼ枯渇していた。

 なのでフヨフヨに掘り起こして運んでもらった。俺がスライムを殴っている間に。

 加護レベル上げで得たヘソクリは、実はいろいろなところに埋まっているのだ。


 スライムのドロップを入れる袋を持っていったのだが、銀貨びっしり状態で帰ってきた。

 警備員の目を盗んで回収するのは大変だった。


『フヨフヨお疲れ様』

『楽しかった』


 それはなにより。

 そのままディープを駆り、いったん寮で着替える。

 そして、職員棟へ。

 ここでポーションが買えるのだ。


 ちょっと部員に見せ、やる気アップを図ろうと思う。

 文句も言わずにひたすら魔法を使っているけど、4人ともなんだか飽きている。目の光が少ない感じ。


 やや面倒な初回手続きをして、マナポーション20本ゲット。

 ついでにポーションを入れるカバンも。


 このポーション、遺物アーティファクトに材料をいれると出てくるらしい。


 材料は教えてもらえなかったけど、ゲームのように無限とはいかないみたい。

 Aクラスなら週20本まで買える。Bクラスで10本。Cクラスで5、Dクラスで1本。

 上のクラスに上がるのは本当に至難の業かも。

 1本1000ゴールド。銀貨1枚。


 おそらくうちの部員はDに上がっても高くて買えない。

 シェキアは無一文で実家を追い出されている。エマ頼みっぽい。

 武士マックスとトーニくんは元々貧乏。学費でいっぱいいっぱい。


 部室へ急ぐ。


「ごめん、遅くなった」

「救世主ユイエルよー……あたし、気絶しそー」

「あの、マックスさん、気絶しています」


 なんで気絶するまで使った。


『フヨフヨ?』

『準備万端』


魔力回復マナチャージ

「はっ……某はいったい!?」


 武士マックス、スルーしたい……。

 こう、なぜか自分の黒歴史を刺激されるような感覚が。


「……遅れてごめん。でも、気絶するまで使うのは良くないかも? いざというとき、困るからね?」

「はい師匠!」

「それは師匠にも言われたでござるな……気をつけるでござる」


「じゃあ、ちょっとこれ見て」


 ポーションカバンを机に乗せ、フタをあける。

 そしてマナポーションを1本取り出す。


「なになに?」

「ポーションですか?」

「ポーションでござる!」


「Eクラスは、もうスライム倒した?」

「今日倒したでござる!」

「えー! まだだよー! マックスうらやまー!」

「まだですわ」


 マックスだけらしい。まあ、マックスのクラスは5人しかいない。


 無属性は多く生まれるのだが、大半は騎士学校へ行く。騎士学校は逆に紫プレートだらけだと思う。


「これ、飲むと魔力が回復するんだ。授業でも魔力が足りないこと、あるでしょ?」

「えっ! まさかまさか、くれるの!? 太っ腹!」

「部費で購入したのてしょうか?」


「いや、まだ加護がない部員がいるのに部費で買えないし、あげられないよ?」

「師匠の鬼ー……ならなんで持ってきたしー」


 シェキアはころころ表情が変わるな。机に頬をくっつけ、唇を尖らせている。


 ポーションは、加護がないと効果がない。部費で買う許可もまだ降りないと思う。

 すでに結構食べ物で使っているし、1学期分は食べ物でいい。


「期末試験の結果が、Dクラスに上がったら、プレゼントしようかと思ってるんだけど、どうかな?」

「わ、や、やるー! あたし絶対Dに上がるから!」

「某は余裕でござるな」


 うん。最初はこれでいいと思う。次は自分で目標とご褒美を決めてもらおう。


 合同授業が始まったら『剣聖』候補を探そう。

 騎士学校と合同の部活もカレン先生に相談しておかないと。

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