第17話 お馬さん

 書き終えたクリップボードを受け取る。


「俺はユイエル・レガデューア。よろしく」

「よろしくー!」

「まあ。『剣聖』さまの……すごい方の部に入ってしまいましたわ」


 やっぱりわかったらしい。


「エマは貴族なの?」

「いいえ、雇われ商人の娘ですわ。シェキアが貴族家にも出入りする大商人の娘で、家庭教師がおりましたの」

「あたし難しいこと聞くと寝ちゃうんだよねー!」


 あー。ちょっと残念。シェキアは平民だけど嫁ぎ先が決まってそう。


「文官学校なんか絶対行かないって言ったら家追い出されちゃった! あはははははは」

「笑い事ではありませんわ」


 これはワンチャンあるかも。いや、婚約者決めは未来の俺に任せるけど。

 でも卒業時にはもんのすごい美人になってそう。明るくて話しやすそうだし。

 仲良くしておこう。


「よかったら、これから顧問のカレン先生に会いに行かない?」

「行く行く!」

「ええ、お会いしてみたいですわ」


 フヨフヨにカレン先生の居所を聞いて向かう。道中エマが様付けで呼ぶので訂正しておいた。

 シェキアはなにも気にせずユイエルと呼んでくれた。


 部の名前は、めざとく寄ってきた武士マックスとカレン先生も交え、5人で考える。


「――魔力充実部はもうあります」

「魔力活性部はいかがでしょう?」

「そちらもあります」

「……」


 俺とエマが無難な名を出しまくった。が、全滅。


「やっぱハッピースター部にしようよー!」

「某横文字は好かん。下剋上部が良い!」


「そっかー! じゃ、仕方ないね! 下剋上しようず!」

「……」


 シェキアがあっさり譲り、武士マックスの考えた「下剋上部」に決まった。マンモス校すぎるせいだ。


 まあ、名乗らなければいい。ただの名称だし。

 とりあえず、今学期の募集は締め切る。この学校、部活には必ず入らないといけない。その救済措置なのか、学期ごとに部の変更が可能なのだ。


 部室は明日には用意してくれるそう。トントン拍子。


 いや、ひとつ問題があった。

 武士マックスのボタンを閉めさせないと……カレン先生、ばっちり見ていた。絶対減点されている。


「……マックスは、Dクラスに上がりたくない?」

「もちろん上がりたいでござる! Eクラストップゆえ、すぐDに上がる予定でござる!」


 トップか。やっぱり生活態度減点食らってそう。試験のときも、はだけてた疑惑。


「あたしも上がりたーい! ごはんが酷いんだよー!」

「そうだよね。みんな、校則や寮の規則、読んだ? シャツのボタン閉めないと、減点されてDに上がれないかも?」


「なっ……そんなことで減点されるでござるか!?」

「え、服装の決まりなんてあったっけ?」

「校則は読みましたが、ありませんでしたわ」


 服装の細かいことは書いていなかったが、生活態度と書いてあった。


「限度があると思う」

「……たしかに、そうですわね」

「く……止む終えぬ」


 無事、武士のボタンを閉めさせることに成功しました。


 明日の放課後にEクラス棟入口で待ち合わせる約束をする。カレン先生がトーニくんへの連絡を請け負ってくれた。



  ◆◇◆



 翌日午後、馬術の時間。

 先生に案内され、クラス21名がゾロゾロと厩舎のひとつへ向かう。

 きゃいきゃいしてるなー。


「ユイエルくん、馬楽しみだねー!」

「うん。選ばせてくれるのかな?」


 ときどき話しかけられながら行く。話しかけてくるのは、斜め後ろの席の金髪の子だけだけど。


 服装は乗馬服。

 厩舎に入ると、ずらりと馬房が並んでいた。顔を出している馬もいる。

 は、早く早く。馬欲しい。馬カッコいい!


 年配の女性が俺たちのまえに立つ。


「1年、聖属性Aクラスですね。では、授業を始めます。ここにいる馬は、みんな怪我や病気です――」


 えっ。かなりの数だ。馬房が埋まっているなら50頭くらいいるかも。

 ……すぐ治してあげればいいのにと一瞬思った。けど、それでは聖属性魔法の使い手が育たないんだろうな。


 ここの管理人っぽい先生の話を要約すると、好きな馬を選んで、先生を呼んで回復してみせろとのこと。


 治せない馬を選んでしまうと、すぐには乗れなくなる。選び直しは減点。3日以上かけても減点。

 3日以内に治して乗れると加点。


 5日目から本格的な馬術の授業が始まるそう。けど、このクラスはみんな乗れそう。みんな貴族だからね。


「――では、自由に選んで下さい」


「減点」の言葉が効いたのか、真剣に見て回りはじめるクラスメイトたち。

 俺もすいているところから見はじめる。


 ……ツノを折られている馬はやめておこう。うっかりツノを再生しそうだ。

 ツノが生えていない馬は、ツノが退化しているだけで同じ馬だそう。まあモンスターだ。


 そこまでひどい怪我は見当たらないな。というか、パッと見健康そうな馬が多い。

 白馬はちょっと遠慮しとこう。


 横になって寝ている馬もいる……な。


『……この馬、なんか違和感ない?』


 かなり濃い茶系統の馬だ。鹿毛かげとか言うんだったか。

 ひたいに一部白いところがある。

 なにがどうとは言えないのだが、違和感が。


『魂、お出かけ』

『え? 生きてるよね?』


『そう。ユイエルと一緒』

『……まって、そんなのいる? いままで見たことある?』


『ない。初めて』

『ふむ? 妾にはよくわからぬな。魂はどこじゃ?』


 魂の居所まではフヨフヨでもわからないらしい。

 すごく気になる。


『この仔にしようかな? どんな病気だと思う?』

『わかんない』


 じっくり見ても腫れている箇所すらない。


『……魂が帰ってこない病あたりではないかの? ほれ、たまにユイエルもあせって戻ることがあろう?』


 ……単に時間を忘れてアストラルボディで遊んでるってことか。

 まあ、回復してみるか。この仔にしよう。


『……魂を待とうかな』


 回復しても魂が帰って来なければ、減点になるかも。

 Bクラスに落ちてご飯や部屋が微妙になるのは絶対に嫌だ。減点は回避する。


『探してくる』

『妾はユイエルのそばにおるぞ』

『ありがとう』



 しばらく待ってみたが、探しに行ったフヨフヨが帰ってこない。

 時間が経つにつれ、クラスメイトにこの馬を取られるのではないかという不安が首をもたげはじめた。


 やけに近くをウロウロする子がいるのだ。肩につくくらいの白髪の子。話したことはない。

 俺がずっとここにいるから気になるのかな?


『ユイエル、魂いた』

『ナイスフヨフヨ!』


「先生!」


 来たのは銀髪副担カレン先生。


「この馬にします」

「はい。少し待って下さい」


 カレン先生はクリップボードになにか書き込み、馬房の柱にかかっていた番号札を裏返した。


『フヨフヨ、魂もう近くにいる?』

『戻って行ってる。知ってる魂だった』


『……知ってる魂?』

『息してなかった仔馬。ユイエルが魂戻した』


 ……ああ! 牧場で夜中に生まれた仔馬か!

 魂を掴んでダンクシュートした覚えがある。

 ……もしかして、あれで魂が出入りできるようになった?


『あ、あとどのくらいかかる?』

『すぐつく。フヨフヨから逃げてく』


『……それは、追い立ててるのでは』

『まあフヨフヨを見たら驚くであろうの。妾もユイエルがはっきりと人の形をしておらんかったら、助けを求めたりはせなんだ』


 フェネカから楽しそうな波動が出ている。出会ったときのことを思い出している様子。


 まあ、俺も最初にクラゲさん見たときは逃げたな。

 いまのフヨフヨは触手が3メートル近いはず。怖がられるのも納得のサイズ。


「ユイエルくん?」

「あ、すみません。すぐ回復します」


 アストラルボディの両腕を出す。


『ついた』

『……妾からも逃げようとしおったゆえ押し込んでやったわ』


 全力で回復!

 フヨフヨとフェネカが驚かせてごめん!

 馬は急に嘶いて起き上がり、狭い馬房の中を走り回りはじめた。


 しまった。名前考えてなかった……えーと、ユニコー……ダメ、絶対ダメ。ツノないし。


『性別どっち?』

『オスじゃの』


 ディープ。

 ……繋がった感じがない。やっぱり触れないと無理か。


「先生、馬房に入っていいですか?」

「危険です。声をかけて落ち着かせ、呼んでみてください。名をつけると、より親しくなれますよ」


「やってみます……どうどう。怖くないよ、落ち着いて……お前の名前は、ディープだ」


 ダメだ。繋がらないし、落ち着いてくれない。

 フヨフヨとフェネカのせいな気がしてならない。よかれと思ってやってくれたのだろうから責められないけど。


 それから小一時間かけ、ようやく触れて名付けることができた。

 繋がった途端、なんだか助けを求めるような波動が来た。

 SOS出されちゃってる。


 カレン先生が「合格」と言ってディープを馬房に繋ぐ。

 SOSの波動が出まくっているのでヒヤヒヤする。


『ディープ落ち着け。大丈夫だから』


 本日はゆっくりと手入れだけしてやることに。

 背丈が足りないのでなかなか大変。


 夜は、フヨフヨとフェネカは仲間だと教えなければならない。前途多難。

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