第14話 浄化

 あたらしい俺の部屋、シンプルでキレイ。

 書類や荷物は放り出し、とりあえずの安全確認と寝る支度。


 ベッドインして肉体を出る。

 ちょっと宇宙で回復を。


 それから、先に牢屋の実行犯のところへ。


 うわあ……あまり見たい状態ではない。実行犯は、はりつけのようにがっつり拘束されて騎士が見張りについている。


『増えてる』


 おおう……フヨフヨの触手が磔の3人を貫いた。見た目はアレだが、別に攻撃ではない。

 頭の中身を読まれているので、ある意味攻撃かもしれないけど。


 未チェック実行犯が3人、あらたに捕まっているという意味だろう。

 さほど情報は増えなかったらしく、合流場所へ移動。


 フヨフヨが案内してくれたのは、王都の端、畑だらけの中にある大きな納屋のひとつ。


 なかには旅装の男女が4人もいた。馬が2頭。

 よくこの国の騎士から4人も逃げ切ったな……もともと役割が違ったのかな?


 片方の馬にだけ、なぜか大きな麦袋が積んである。そして足元に口のあいた麦袋(麦入り)。


 ……俺、麦と一緒に袋に詰められる予定だった疑惑。五体満足のマイボディじゃ入りそうにないところが恐ろしい。

 聞かないでおこう。


『フヨフヨ、実行犯まだ来る?』

『これで全員』


 あとは捕まったってことか。正午まではまだ1時間くらいありそうだが、待たなくて済んだ。


『この4人はチェック済み?』

『まだ』


 またも触手がブスッと。

 この4人は見届け役とか運搬役あたりかな?


『みつけた』

『お? 妹さん?』


『手紙配達人、待ち合わせ場所』

『おお!』


 フヨフヨが優秀すぎる。

 けど、次は俺の出番か。

 屋根の上に移動。


『ここで鳴らして聞こえるかな?』

『聞こえる。あっちの城壁前にいる』


 この国の衛兵は、必ず笛を持っている。

 けたたましい音が出るのだが、何度か聞いて海上で練習したらできるようになった。

 風属性魔法で。

 右手を口元へ運び、警笛を鳴らす。

 ビリリリリリと。


「な、なんだ!?」

「なんで警笛がっ!」


 納屋内の4人は慌てふためいている様子。


『くる』

『ここはこれで大丈夫かな?』


 あわてて飛び出す実行犯の2人。

 しかし、すでに馬をかっ飛ばす騎士が向かってきている。

 まじで馬が速すぎて未だに笑えるレベル。跳ぶし。畑飛び越えるのやめて。


 残りの2人が馬を連れ出す頃には、騎士が到着していた。


「止まれ! 貴様ら農民ではないな!?」

「衛兵はどこだ!」

「貴様ら衛兵をどうした!」


 あっという間にお縄です。馬に乗って逃げようとした奴は魔法で吹っ飛んだ。

 騎士、優秀。でもごめん。衛兵はいません。


『次行こう、待ち合わせ場所、俺が行ったことないとこ?』

『ある。最初に魂追いかけた町。死霊の町』


 伝わった。けど、その呼び方はどうかと思う。


『……レスレとの国境近くか』


 母国に逃げ込む気満々じゃなかろうか。

 フェネカに抱きつき、ぴゅんと移動。


『ここ?』

『そう、こっち』


 フヨフヨの案内で倉庫のような建物のまえ。


『中、誰もいない』


『……ここでいつ、待ち合わせ?』

『明後日の日暮れ』


 てことは、実行犯というか運搬役は王都からここまで来る予定だった。

 みんな捕まったはずなので来ないけど。


 普通、人質はいちいち移動させないだろう。どっかに隠してある。

 裏切り護衛さんが俺をさらう算段だったのだから、まだ必要なはず。無事でいてほしい。


 少し上空へ。


『手紙配達人、人質と一緒にいるかな……?』

『きっといる。人が多すぎて探せない』


 フヨフヨでも無理か。


『ふむ。ここで小火ぼやでも起きればあわてて飛び出すのではないかの?』

『逃げられそうだからダメ。すぐ燃やす発想やめて』


 フェネカ笑ってる。ダメとわかって言ったな。


『フヨフヨ、読み取った情報でほかになにか手がかりない?』

『手紙配達人、秘密主義。大事な人質、誰かに任せない。誰も知らなかった』


 うーん。行き詰まった。

 明後日の日暮れに来るしかないかな?


 裏切り護衛の妹一家は、娘がひとりだけ。未亡人とその娘……。


『まだ昼ごはんには時間あるな……死霊さんの家ってどこだっけ?』

『こっち』


 大黒柱を失ったと思しきあの家族、なんとかやっているだろうか。せっかく来たのだし、回復だけでもして帰ろう。


 フヨフヨの案内で、既視感のある玄関を突き抜ける。


『……引っ越した?』


 うっすらと埃が積もっている。

 なぜパッとわかったかというと、足跡があるから。

 フヨフヨの触手がドアの1枚を指す。


『3人いる。けど、別の3人』

『突入』


 中央付近のソファには、幼女と銀髪のおっさん。

 壁際のイスには、縛られ、うなだれている美女。


 フヨフヨから称賛するような波動。


『いた。手紙配達人と、妹一家』

『……こんな都合のいいことある?』

『その妹の旦那も、この家の主も、こやつが殺したのではないか?』


 狙ったってこと?

 え、この家に居た一家、無事か?


『……フヨフヨなしでどうやって調べたんだろう』

『フヨフヨが確認すればわかろうの?』

『うん』


 また触手が3人に刺さった。やっぱり誰も気づかない。


『コイツ……極悪』


 フヨフヨから嫌悪の波動。

 かいつまんで話を聞けば、フェネカの予想はあたりだ。


 コイツは、闇魔法使い。


 闇属性魔法は、精神に作用するものが多い。難しいため本来はそこまで危険なものではない。

 ゲーム的に言うなら即死スキルみたいなもの。確率が低く、格下にしか通用しない。


 精神力が高いほど抵抗レジストできるし、加護レベル差でも抵抗レジストできる。

 我がラングオッド王国ではさほど不遇ではない。成績が良ければ諜報員として重用される。


 この極悪さんは、俺とフヨフヨが見に行ったあの戦場で暗躍していた。裏切り護衛の妹の旦那もそこで犠牲に。


 あれ……あの戦争からして俺の誘拐計画内だったりしないよね。

 極悪さんは『剣聖』を殺すのが目標らしい。我が家の構造まである程度把握しているそう。

 貴族街で手を出すのは諦めたようだが、寒気がする。


『……妹とその娘は、本物?』

『本物。娘が人質』


 どんだけ人質戦法が好きなんだ。俺からも嫌悪の波動が出てそうだ。


『……この家の一家、無事?』

『無事。コイツ、ずっとここにも手紙運んでた。王都の実家に帰らせた。口八丁。殺すと見つかるから』


 そうか、町中は戦場とは違う。不幸中の幸い。

 ……手紙配達人として長くこの町と王都を行き来していたわけか。


『こやつは殺すべきじゃ』

『いや、騎士に任せて裏を調べさせた方がいいでしょ。俺たちだけ知っててもさ。父様も危ないかも』


『そんなこと、国とて剣聖とて、百も承知じゃろう? 敵の優秀な手駒は、ひとつづつ確実に落としていかねばならぬ。こやつは状況で手段を使い分けておる。ただの殺人鬼より余程たちが悪いぞ』

『……心配しなくても死刑になると思う』


 フェネカがフヨフヨを見る。


『どう思うかの?』

『コイツ、闇魔法すごく得意。危ない』

『……』


 温厚なフヨフヨまで……。

 やっぱり俺が甘いのか。

 けど、譲りたくない。殺したくない。


 法で裁かれるべきだ。私刑なんてやったら、俺の価値観が、心が壊れそう。


『ごめん。殺したくない』

『ふむ……よいのではないか。そなたは妾たちが守るしの? じゃがリスクが増す覚悟は必要じゃ』

『ユイエルに任せる』


 極悪さんの背後にまわる。

 なにが起きても目覚めないよう、イメージを固める。


『闇魔法、睡眠スリープ


 黒いモヤが極悪人の頭にあたって消える。モンスターに使ったことはあるけど、人に使ったのは初だ。


『大丈夫。寝てる』


 フヨフヨが確認してくれた。触手は刺さったままだ。

 どうやら俺の方が加護レベルが上かな。夜中にモンスターを狩りまくった甲斐があった。


 次。

 ……闇魔法の暗示も使えるが、あまり上手くいくビジョンが見えない。

 相手の得意分野だしな。


 俺は俺の得意分野でいこう。

 両手を組み合わせ、祈る。


 犯罪者を改心させるのは、簡単ではないだろう。けれど、この世界には魔法がある。

 魔法は、イメージできればなんだってできる。


『聖魔法、浄化ピュリフィケーション


 本来は、けがれを払う魔法。

 実は掃除にしか使ったことはない。

 けど、悩みや暗い感情だって、よくない衝動だって、払える。魔法はなんだってできるのだから。


 全力であれもこれも払おうと、魔法を使い続ける。フヨフヨの触手が1本肩に来て、魔力をわけてくれる。


『……これで、あとは騎士を呼ぼう』


 フヨフヨからなんだか称賛に感激を含む波動が。


『ユイエルすごい! すごい! もう楽しい夢見てる。極悪はどっかいった!』

『ふむ。憑き物が落ちたような顔で寝とるの』


 どうやら魔法の選択は正解だったみたいだ。

 でも、犯した罪は法に則って償ってもらう。


 妹さんを拘束しているロープを、無属性のナイフで斬る。

 それから警笛を鳴らす。

 はっとした妹さんが、眠っている娘に飛びつき、抱きかかえて走り出した。犯人には目もくれず、一目散だ。母は強し。

 騎士の駆けつける蹄の音。


「助けて下さい!」

「どうした!?」


「な、中に、この子を攫った犯人が! あ、助けてくださった方も、きっと――」


 あっという間に踏み込んで来る騎士たち。

 俺は、極悪さんの睡眠魔法を解く。


 外に出て見れば、母子は衛兵に保護されていた。母の方は興奮状態で喋っている。


 解決かな。

「助けてくださった方」だけは見つからないだろうけど。


『ユイエル、フヨフヨも浄化して』

『うん? ああ、宇宙で浄化しようか』


 フヨフヨの闇堕ちは防がねば。

 こうやって浄化していけば、いつか戦争もなくなったりしないだろうか。

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