第12話 10歳

 あれから約1年と8ヶ月。

 午前6時。

 肉体に戻り、パッとベッドから起き上がる。


 俺の最大のチートは、睡眠にほとんど時間を取られない事かもしれない。

 肉体はめちゃくちゃよく寝るからか背はしっかり伸びているし。


 今日、俺は魔法学校の入学試験を受ける。

 試験期間は2週間あり、その間の平日に受けられる。試験自体は短時間で終わるそう。


 身支度を終えると身体強化を発動。受かればすぐ寮に入れるので、準備しておいた荷物を背負う。


 身体強化の練習をしたら、使っていないときの感覚もどんどん鋭くなっていった。他者の気配や魔力の動きも感じられる。


 おそらくこれが、狙われるはずの『剣聖』や『賢者』が無事な理由ではないかと思う。


 階段下で銀髪紳士が待っていた。

 この人は私兵の隊長で、みんな隊長と呼ぶので未だ名前が判明していない。


 腕を治して以来、父様にはついて行かず、俺の世話や護衛に全力。かわりに副隊長が父様について行っている。おそらく騎士団に腕が治っている様子を見せないためもあって交代したのだと思う。


 俺の再生魔法は、未だ露見していない模様だ。

 なお、酔いつぶれているうちに失ったはずの腕や足が生えた人は存在する模様。不思議ダナー。


「おはようございます、若様。お荷物をお預かりいたします」

「ありがとう」


 銀髪紳士はひょいっと荷物を受け取って外へ向かった。

 俺、10歳になっても相変わらず甘やかされています。


 朝食はベーコンエッグと焼き鮭、玉ねぎとワカメの味噌汁。小鉢はシャキシャキ感最高レンコンのきんぴら。

 俺の理想がここに。


「ご馳走様でした。ガイエン料理長、最高に美味しかった。卒業したらまた作ってくれる?」

「もちろんでさぁ!」


 よかった。ガイエン料理長は魔法学校に就職するか悩んでいたのだ。


 外に出ると、使用人も私兵もずらりと並んでいた。大げさ。


 馬車は、紋章の入っていない小ぶりの箱馬車が用意されている。初めて見た。

 馬車に向かう俺にセバスチャンが付いてくる。


「坊ちゃま、万が一在学中にご婚約者が見つからずともご安心を。僭越ながら私に見繕わせていただきたく思います。気をつけて、いってらっしゃいませ」


 セバスチャンに続くように一斉に「いってらっしゃいませ」と声をかけられた。


 そういえば、婚約者は自分で探すようにと父様に言われたことが……。

 マイヤー先生は幼い頃に親が決めた婚約者と結婚したそうなので、たぶん我が家が特殊。


 婚約者さがすの?

 10歳から?


 でも、決められたり、お見合いさせられるのは嫌かも。特にセバスチャンには。

 俺を甘やかしたい病を発症しているから。


 けれど、今世でもずっと独身はなんとしても避けたい。

 ……早めに探さないと危険だ。なんせ中身は変わっていない。


「行ってきます……」


 言って馬車に乗り込むと、私兵の青年も乗り込んでドアを閉めた。

 馬車内にも護衛?

 これも初なんだが。というか、御者も含めると護衛10人体制っぽい。屋敷の守りはいいのか……。

 私兵は18人から増えていない。


 馬車の窓からチラッとリシェーナを見れば、泣いていた。落ちたらいたたまれないな。

 落ちないけど。



 やがて見えてきた城壁。貴族街を囲む最初の城壁だ。肉体が貴族街を出るのは、これが初めてになる。


 なだんか大回りしていると思ったら、北門だ。屋敷からいちばん近いのは北東門。


 学校は王都の北東にある。

 3校並んで、王都3重城壁の外側に。真上から見ると、3色串団子がベタッとくっついてるみたい。


 なのに、出るのは北門。警戒半端ないな。


「若様、カーテンを閉めさせていただきます」

「えっ……わかった」


 トンネルのような城壁の中でカーテンを閉められてしまった。出るところが見たかったのに。


 突然、フヨフヨから強烈な警戒の波動。


『4人、建物の上で魔法使ってる』


 初めてのことにビビって身体強化を全開にする。

 魔法を使っている4人をギリギリ感知できた。おそらく使っているのは身体強化。


『狙われておるぞ!』

『6人、魔法』


 まったく別の6人の魔力が動く。


聖域サンクチュアリ!」

「若様!?」


 外の護衛にも聞こえるように叫び、防御魔法を使った。


 魔法は、基本的に狙う場所が見えなければ発動できない。が、自分を中心とした防御魔法は発動できる。

 俺が使ったのは、半径4メートルほどの半球状バリアだ。内側からは攻撃できる。俺が移動すれば一緒に移動するようにイメージしている。

 外の護衛たちも聖域内に入っているはず。


 にわかに外が騒がしくなる。


「警戒! 止まらず走り続けろ!」


 銀髪紳士の声が聞こえた直後、5発の魔法が次々に着弾した感覚。1発護衛が防いだ。

 すぐに魔力を追加し、聖域を補強。

 衛兵の使う警笛の音がビリリリリと鳴り響く。


『撃ち返すぞ! よいな!?』

『ダメ!』


 フェネカが火魔法をぶっ放したら、街も住人も大打撃だ。


『なんでじゃ!?』

『関係ない人も巻き込まれそう! 上空で警戒と報告頼む!』


 フェネカは飛ぶことにすっかり慣れている。


 ……俺の聖域も巻き込み事故が起こるかも。

 御者席のうしろにある小窓に飛びつき、細くあける。


「若様!? 危険です!」

「魔法の範囲を変える!」


 いまは、貴族街からの1本道。すれ違う馬車はあまりいない。

 けど、このまま行けば交差点だ。


 感覚を研ぎ澄ませ、護衛を含めた細長い笹型に聖域を変える。あとは対向車が避けてくれることを願うしかない。


 馬車を先導しているのは、銀髪紳士ひとりだ。うしろもひとり。左右に3人ずつ。


『屋根の上におるぞ! 交差点の向こうじゃ!』


 ちょ、交差点で撃つのかよ。

 まだ遠くて感知できない。


『地上、路地6人、長い鉄の棒』


 ヤバい。

 聖域の範囲を地面すれすれまで伸ばす。精密な操作を強いられ冷や汗をかく。

 狙いは、車輪?

 交差点をまえに、馬車の速度が落ちはじめる。


『くる!』


 フヨフヨの警告後、敵の身体強化発動を感知。

 直後、左右から聖域に盛大な衝撃。


 右護衛の魔力が動く。


「吹き飛べ!」


 次いで左も護衛が撃った。無属性の弾丸。私兵で魔法が使える者は半数だ。

 攻撃はやんだけど、やむまでに鉄の棒でガリガリと聖域を削られた。


 この聖域、使い勝手は凄まじくいいのだが、魔力の消費が激しい。攻撃を受けると特に……。


『フヨフヨごめん、魔力ちょうだい』


 肯定の波動とともに、魔力が増える感覚。


『ありがとう』

『撃ってくる、4人』


『大丈夫』


 交差点に入り、馬車の速度がかなり落ちたところで着弾。2発だ。銀髪紳士が無属性のシールドで2発受けてくれた。


 悲鳴は上がっていたが、歩行者にあたった様子はない。

 無事に交差点を抜ける。


『まだいる?』

『見当たらぬ』

『……いない』


 ふう。切り抜けたかな?

 けど、聖域はキープしておく。地面にぶつからない程度で。


 護衛も警戒体制のまま馬車は進み、ふたたび大きな交差点。


『大丈夫そう』

『よかった。これ以上敵が入り込んでいたらゾッとする』


 ……敵は、誰?

 狙いは『剣聖』のひとり息子?

 だとしたら、どうやって俺が乗っている馬車を特定したんだろう。紋章の入っていない馬車には初めて乗った。


 ……馬車で通れる道はたぶん3本。

 俺は、学校への最短距離である北東の大通りをまっすぐ進むと思っていた。

 けど、通ってきたのは北の大通り。この先どこかで右に曲がるはず。


『フェネカ、北東の大通りを急いで見に行ける? 貴族街のすぐ外、屋根の上に誰か居ないかどうか』

『なるほど、お安い御用じゃ。すぐ戻る』


 察してくれた様子。フェネカは博識で頭の回転が早い。欠点は……沸点が低いことかな。俺を守るためなら何でもしそうなところが恐ろしい。

 突然魔法を使わないようにお願いしてある。


 もし、北東に敵がいないなら、ルートまでバレてた疑惑が浮上する。


 たとえば、護衛がどんな見た目かは、屋敷を見張っていれば早めにわかったかもしれない。

 身体強化を使うと、かなり遠くが見られる。高いところから我が家を監視も不可能とはいえない。


 けど、ルートはわからないよね。北門に向かったことを確認してからでは間に合わない。


 ……裏切り者探しなんてしたくないな。でもやるなら、入学まえに済ませたい。


『戻ったぞ。足跡すらなかったの』


 ですよね。王都は治安が良いのだ。さっきの人数だけでもよく揃えたなと思う。


『ふたりは、どこから情報がもれたと思う?』

『いちばん後ろにおる護衛じゃろ。やけに顔色が悪いの。攻撃されとらんし、交差点前では少し離れておった。いま思えば、馬車が転倒すると思っておったのじゃろ』

『うん』


 あ、はい。

 上空から疑って見たらバレバレ?


 スマホ欲しいなー。

 銀髪紳士とセバスチャンに電話したい。そして丸投げしたい。

 ……裏切り者は、ひとりかな?


『フヨフヨ、まず一緒に乗ってる青年が安全か確認して欲しいんだけど……』

『安全』


 はや。

 フヨフヨは、触れれば俺以外の知識や考えも読み取れる。実体化する必要はない。相手は気付けないのだ。


『それから……実行犯はみんな捕まったかな? あとで私兵……できれば使用人も確認して欲しい。いける?』

『うん! その方が安心!』


 めちゃくちゃ頼もしい。

 あまり頼りたくない力だけど、裏切り者が出てしまった以上仕方がない。


『あ、あと、裏切り護衛さんも……誰の指示なのか、なんでそんなことしたのか、知りたい』

『ふむ。火炙りにでもして聞き出すかの?』

『しないで!?』


 怖いよフェネカさん。

 皇国の人々を守っていた頃の感覚はどこへいっちゃったんだ。


『行ってくる』

『うむ。妾が護衛じゃ』


 今度はフェネカがそばに残り、フヨフヨはまず、捕まったはずの実行犯のところへ向かった。

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