第8話 回復魔法が発動しない

 宇宙から部屋へ戻ると、やたらと力強い蹄の音が複数聞こえてきた。

 まだ、朝日が顔を出す前だ。

 なんだろう?


 外を見ると、庭に4対の人馬。

 父様が帰ってきた!

 全員無事でなによりだ。戦場でひとり見かけなかったので犠牲者が出たのかと思っていた。


 騎士学校ではなく魔法学校へ行けるよう説得しないと。

 考えているプランは「父様に回復魔法をかけ、魔法学校へ行きたい行きたいと駄々をこねる」だ。


『フヨフヨ、また夜に!』

『うん!』


 マイボディにダイブ。

 むくりと起き出す。

 自力で身支度を済ませ、部屋を飛び出し、階段を駆け下り、そのまま外に。


 庭では、セバスチャンと父様、私兵たち8人ほどがそれぞれ難しい顔で話しているところ。


「ユイエル!?」


 父様、声でか!

 驚き過ぎでは。


「っ……父様、おかえりなさい!」


 セバスチャンが大股移動の変な動き。私兵たちも。なんで?


 そして、驚いてフリーズしていた父様が走ってくる。

 思わず止まる俺。

 怖い怖い。速い。迫力が尋常じゃない。

 パッと抱き上げられた。

 うわーやめてー。なぜ回るー。掲げるなー!


「よくやったユイエル! さすがは我が息子!」


 笑い声を上げる父様。

 よくやったって……マイボディを回復したのは元聖女様だ。


「旦那様、坊ちゃまが驚いておいでです。お体にさわるやも」

「なに? すまぬ、驚かせたか」


 ナイス、セバスチャン。

 ふう。やっと下ろしてもらえた。


「父様、お仕事お疲れ様です。ご無事でなによりです」

「……ああ。家庭教師からしっかり学んでいるようだな。その調子だ」


 急に父様のテンションが下がった。

 なぜ?

 マイヤー先生にならった挨拶しか言っていない。


 そばにリシェーナが来た。頭を下げられる。

 それから私兵3人が俺の方に向かってくる。


「ただいま戻りました。若様」


 代表して俺に頭を下げたのは、銀髪の紳士。

 片手を胸にあてる仕草。もう片方の手は背に回している。

 父様よりいくつか年上に見えるな。30代半ばくらいか。


「おかえりなさい」


 すぐに銀髪紳士が見えなくなった。背の高い父様がサッと目の前にしゃがんだので。

 わしわし頭を撫でられる。


「ユイエル、屋敷で話そう。お前たちは休め」


 後半は私兵たちに言った様子。短く返事をする銀髪紳士。


 ……なんだろう。さっきから、なにか違和感がある。

 そう思うと、やけに私兵たちが俺に注目していたような気がしてきた。

 俺が動かないからか父様もセバスチャンも動かない。


『……フヨフヨ、みんな俺になにか隠し事してる?』


 フヨフヨはいろいろ気づく。えらく視野が広いのだ。俯瞰しているし。

 知識や考えを読み取るのは、しなくていいと伝えてある。

 テイムして繋がっているからか、俺の知識は入ってくるらしいが。


 欠点は、性格がのんびりで寛大すぎることかな?


『片手、ない』


 ……ふぁ!?


『えっ、だ、誰の!?』

『銀髪紳士』


 ああ、父様は俺の視線を遮るために目の前にしゃがんだのか。言われてみれば急な動きだった。


「……父様、どいて下さい」


 目をむいて固まる父様。

 言い方が悪かったかも。


 でもチャンス。サッと回り込む。宿舎へ向かおうと後ろを向いた銀髪紳士の前に。

 いまの俺はかなり身体が動く。四十路ボディより、おそらく普通の8歳児よりはるかに。


「っ……若様っ」


 ああ、本当だ。

 肘と手首の間くらいの位置から先がない。中途半端な回復魔法を受けたかのようにツルンとした腕が、壊れた鎧から覗いている。

 その腕を胸の前に持ってきていた。さっきは背に回していた。そしていま、また背にまわした。

 隠しても意味ないと思う。


 両手を組んで祈る。

 フヨフヨを再生したときのように、元通りに生えろと念じる。


 ……あれ、魔力が出ていく感覚がない。

 不思議に思いながら、もっと真剣に念じる。

 父様が横にきた。またしゃがみ俺の頭に手を乗せる。


「ユイエル、やめなさい。それは女性のする仕草だ」

「えっ!?」


 思わず声が出た。

 聖属性魔法を補助する仕草かと思っていた。『魔法概論』に動作や言葉で発動を補助できると書いてあったし。

 けど、たしかに女性しか見ていないかも。

 発動しないのも、もしかして?


「……聖属性魔法は?」

「男で適性があるものはまずおらん」


 えー…………。

 あ、そうか『5英傑』のひとりは『聖女』

 聖者でも聖人でもなく『聖女』

 おうふ。気づかなかった。

 けど、リシェーナは適性があってもおかしくないような言い方だったけど……。


 発動しないのは、ひょっとして肉体に適性がないのか。

 てっきり俺は全属性に適性があると思っていた。たぶん全属性に適性があるのはアストラルボディなのだ。


 けど、それだと困る。俺は魔法学校へ入りたい。

 だからといって攻撃魔法を使ったら本末転倒だ。卒業したら戦争なんて御免こうむる。


 光属性と無属性は、攻撃魔法の印象が強い。

 私兵には居るのにメイドさんにはい居ない。聖属性はどちらにも居ないが、それは絶対数が少ないからと聞いた。


 回復魔法なら使えるが攻撃魔法は使えないと装う。そうすれば魔法学校へ行ったうえで、少なくとも殺戮はせずに済む。


 そのためには、どうしても生身で聖属性魔法が使いたい。


 ……アストラルボディを少しだけ出してみよう。このままでは騎士学校に行かされる。


 いつも肉体に入るとき、アストラルボディが重なる感覚がある。それを思い出し、両腕だけアストラルボディを出そうとあがく。

 ぐぎぎぎぎ。


「わ、若様、ありがとうございます。これは名誉の負傷なのです。ですから、どうかこのまま……」


 早口で言い、うろたえる銀髪紳士。たぶん回復できるなんてまったく思っていない。俺をなだめすかす魂胆。


 組んだ両手が一瞬ブレた気がした。

 いまの感覚だ。

 ほんの僅か、腕だけアストラルボディをずらす。

 これだ。見えないが、この感じ。


 銀髪紳士の手、生えろ!


「なっ……」


 驚いたように片腕を前にかざす銀髪紳士。

 ぐんぐん肉が盛り上がり、腕を形作っていく。


「そんな馬鹿な……」


 頭を撫でていた父の手が止まった。

 シンと静まり返る。

 時間が止まったかのように、誰も身動きしない。


 そんな中、魔力が流れ込んでくる。フヨフヨありがとう。


「あ、ダメです、ユイエル様! 魔力切れになります!」


 真っ先に正気に戻ったリシェーナが、俺の腕を引く。


「若様、もう十分です!」


 次いで銀髪紳士があわてて叫んだ。


 魔力を使いすぎれば気を失うこともある。その程度しか書いていなかったので死なないと思うのだが……。

 チャンスかもしれない。


「ユイエル!」


 父様が俺の両手首を掴んだ。


「ぼく、魔法学校に行きたい!」

「なっ……わ、わかった、認める! だからやめなさい!」


 やった!

 そして、銀髪紳士の指がすべて生え、治しきった手応え。


 フッと気が緩む。

 あ、魂でちゃった。半端にアストラルボディを出すのはなんだか難しいな。

 眼下では、父様がマイボディを抱きかかえている。


『大丈夫?』

『うん。フヨフヨまたちょっと縮んでる。魔力ありがとう。もう大丈夫だから。ひとりで食べにいける?』


 肯定の波動が来て、ぴゅんとフヨフヨが離れる。

 俺は軽くマイボディに回復を使ってから戻る。


「父様」

「気づいたか! このまま部屋へ運ぶ!」


 ああ、めちゃくちゃ心配をかけてしまった……。

 魔力切れで気絶したわけではないが、魂でちゃったとは言えない。そんなことが書いてある本は見つかっていない。


「心配かけて、ごめんなさい」

「わかっているなら良い。無理はするな」


「……父様? ほんとうに騎士学校、行かなくていい?」

「……もちろん、二言はない」


 しかめっ面だ。思うところはありそう。

 でも、そこは譲れない。

 というか、現代日本に生まれ育って、戦争だからっていきなり殺戮できる人がいるなら見てみたい。たぶん余程追い詰められているか、サイコパスかだ。俺は……。


 ベッドに降ろされ靴を脱がされながら質問する。


「……聖属性魔法、男が使えたらおかしい?」

「いや、めずらしくはあるが、おかしくはない。実際、賢者どのは男だが使える」


 使えるのか。よかった。

 リシェーナが使えるかもと言ったのは、それを知っていたからかな。


「……だが我が国で再生までできる者は、おそらくお前だけだ」


 ……まじかーよ。

 それは、男ではという意味だよね?


「……聖女さまは?」

「もう何年も前に使えなくなったと聞く」


 魔法って歳を取ると衰えたりするのか。

 魔力は経験を積むほど増えていくと書いてあったんだけど。

 俺だけなら隠さないとダメか……。


「ユイエル、誇れ。世に合わせる必要などない。お前がしたことは正しい。人を救うことは正しい。なにを言われようと、堂々と己の道を進め」

「……はい。父様」


 驚いた。そしてなんだかストンと腑に落ちた。

 俺は殺戮するより救いたいから。


「それから、お前に感謝する。あれは私をかばって腕を失ったのだ。つい魔力を使いすぎてな……。お前も魔力の使いすぎには十分注意することだ。もう休め。休めば魔力はより回復する」

「はい。おやすみなさい」


 そうか、たとえ気を失うだけだとしても戦争中なら死ぬだろう。

 やっぱり戦争は怖いな。


 父様はリシェーナにあとを任せ、部屋を出ていった。


 俺自身の魔力ももっと増やしたいな。

 父様のほうが明らかに魔力が多い。フヨフヨの助けなしで大規模な魔法を使ったら倒れる自信がある。


 けど『魔力の増やし方』みたいなタイトルの本は我が家にはない。

 ……父様に聞けばよかった。リシェーナは魔法学校を中退しているので聞きづらい。

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