第7話 蘇生とフヨフヨ

 あれから10日。

 父様はまだ帰ってこない。


 昼食のパスタを食べながら考えごと。

 ここの生活にはだいぶ馴染んだ。

 この肉体も、すっかり自分という感じ。


 見守るメイドさんの人数も減っている。もう大丈夫と思ってくれたのだろう。

 と思ったら食堂に誰か入ってきた。


「坊っちゃん! ひょっとして、お口に合いませんで!?」


 スタスタと向かってきて大きな声を出したのは、赤毛を逆立てたイケオジ。


「や、すごく美味しい」


 ちょっと気圧されてしまった。

 セバスチャンがいつの間にか横に。


「ガイエン料理長、お声を抑えていただけますかな?」

「……お、おう。悪ぃ……坊っちゃんは最近、食欲がないんですかい?」


 ふたりがこちらを見た。

 あるよ。でも、正直に言おう。心の中で。

 炊きたての白いごはんが食べたい!

 俺は、味噌汁とたくあん、レンコンのきんぴらを所望する!


 口ではまったく違うことを言う。


「ガイエン料理長、ほんとうにすごく美味しい。食欲もある。いつもありがとう……でも」

「でも?」


「もっと、いろいろ食べてみたい。学校でなにが出ても食べられるように」


 ちょっと苦しい言い訳かな。


「いくら坊っちゃんの頼みでも不味いものは出せねぇですぜ」

「そうじゃなくて、ほかの地域とか、ほかの国の料理が出るって先生が……」


 学校では友好国の料理も出てくるらしい。

 マイヤー先生に地図を所望したら、なんと手書きで地図を用意してきた。そしてやたらと詳しい地理の授業が始まったのだ。


 この国の友好国は2カ国しかない。

 うち1カ国は、東の海に浮かぶ島国でワコウ皇国という。絶対日本。絶対だ。違ったら運営にクレーム送ってやる。

 現実なので送り方わからないけど。


「……わ、わっかりやした! つまり、王都料理に飽きたんで!?」


 バレた。なんてこった。

 頷かざるを得ない。現にパスタ残ってるし。もう冷めてるし。


「や、けどですね坊っちゃん。北方料理なんかは味が濃いんでさぁ。南方料理はやけに辛くて、東方は……」


 悩む様子を見せながら続ける料理長。


「ワコウ料理ってんですけど、年寄り向けの味でして……若い坊っちゃんには、合わないはずなんでさぁ」


 それでいい。悪いが俺の中身はおっさんなんだ。作れはするようなので期待が増々。


「それ、お年寄り向けは、どんな料理?」

「どんな……素材の味で、ゆでたサラダに薄味つけたようなのだとか、魚を焼いてそのまま出すだとか」


 えーっ……料理長の和食の評価がひどい。

 これは覚悟を決めねばならない。

 教えてあげよう。この、小料理屋に通っただけで全く作れないおっさんが、和食を。


 ぶっちゃけパスタはよく茹でていた。平気だった。楽だし。

 けど、いまは妙に和食が恋しい。たぶん海外に行った日本人と同じ心境。食べられないとなると……。


「食べたい」

「……5日、いや3日くだせぇ! セバスチャン様、魚の仕入れを増やしていいですかね!?」

「ええ、全面的に協力いたしましょう」


 前から思ってたけど、この人たちユイエルくんを甘やかしすぎでは。

 けど、ありがたい。ホッケがいいな。

 ……魚、どうやって運ぶんだろう。ここは内陸だ。


「仕入れも見てみたい」

「見ても面白いこたぁありませんぜ」

「リシェーナ、坊ちゃまを明日の朝いちばんに裏口へ案内するように」

「はい、セバスチャン様!」


 うん。すごい速度でいろいろ決まった。よく知らないメイドさんが何処かへ走って行ったし。



 そして翌朝。

 リシェーナに手を引かれて裏口へ。


「坊っちゃん、おはようさんです。間に合いましたね」

「……おはよう」


 うちの料理人のほか、無言でペコペコする青髪男がいる。結構ムキムキ。

 並べられた箱には、びっしりと球体の氷が入っている。

 なんのことはない魔法で氷を作って運んでるみたい。


 氷属性なんてないな……水かな?

 今度やってみよう。最近は無属性と聖属性の練習ばかりしていた。


 ガイエン料理長が1匹ずつ取り出して魚を見せてくれる。魚自体もガチガチに凍っているらしい。ホッケもあった。


 ムキムキ男は頭を下げ、売れ残りらしき魚を小型の荷馬車に積んでいく。

 その様子を窓にへばりついて見る。

 やけにしっかり固定しているな。


 ……やっぱりここの馬はおかしい。初速が早すぎ。弾丸スタート。

 戦場ではもっと速かった気がする。

 モンスターなの?


 モンスター図鑑にツノのない馬はいなかったような。


 夜はフヨフヨと牧場を探そう。父様帰ってこなくてモヤモヤするし。息抜きだ。



  ◆◇◆



 氷は水属性魔法だった。俺のイメージのせいだろうけど、ロックアイスができてお酒が飲みたくなったよ。


『牧場あった』

『さすがフヨフヨ!』


 3カ所目の牧場発見。

 ここまで王都の東門を出てまっすぐ進んできた。

 街道を見失わなければ迷わない。迷子を経験して学んだ。もっと早く気づけ。


 フヨフヨが見つけた牧場へ向かう。大きな牧場だ。

 馬はやっぱりモンスターだ。ツノを折られた形跡のある馬が結構いる。


 この牧場、なんだかガヤガヤしている気がする。もう夜中なのだけど。

 声のする方へピューっと移動。


「呼吸してない!」

「揺すってみろ!」

「なにか鼻に詰まってない!?」


 倒れた仔馬に3人が取り付いている。

 たぶん出産直後だ。濡れている。

 回復魔法を使おうと両手を前に持ってくる。


 そこで突然、仔馬からフワッとなんかでた。

 あっ、魂だ。

 とっさに両手で掴む。掴めた。小さい。すごく不安定なふわふわ感。

 あわてて仔馬の肉体に叩き込む。ダンクシュートみたいになった。

 急いで回復を祈る。


「息した!?」

「呼吸したぞ!」

「いい仔だ、よく頑張った。おまえは強くなるぞ!」


 仔馬がもぞもぞと動き出した。

 助かったみたい。

 よかった。安堵の息が漏れる。

 けど、びっくりしたな。魂って掴んで戻せるのか。

 ……斬新な蘇生法だ。


 いつの間にか俺の肩にフヨフヨの触手。そこからあったかいのが流れてくる。


『フヨフヨありがとう。大丈夫、疲れてないよ』


 安心の波動がきた。

 馬房を離れながら考える。

 初めてユイエルを見たとき、もし魂が出るところだったら戻せただろうか。無理だったろうな。夢だと思ってたし。


『じゃあ気を取り直して……フヨフヨ?』

『うん?』


 フヨフヨを正面から見てみる。頭のてっぺんから触手の先まで、俺より少し大きいくらいのサイズ。俺8歳児サイズ。

 2メートルあったよね!?


『縮んでない!?』

『ちょっとお腹すいたかも?』


 なんで!?


『な、なに食べる!?』

『ダークマター?』


『行き先変更! 宇宙!』

『うん』


 フヨフヨに抱きつき、ぴゅんと宇宙へ。


『食べて!』

『うん』


 ダークマターは魔力なんだろうか。

 最近書斎で見つけた『魔法概論』という本には「体内で作られ魔法に用いるエネルギーを魔力と称する」なんてことが書いてあった。それ以上に詳しい表記は見つかっていない。


『……フヨフヨ、なんで急にお腹すいたの?』

『急? ちょっとずつお腹すいてた』


『地上にいると、お腹すくの?』

『すかない。魔力使ったらすく』


 ああ、魔力をくれるたびに少しずつ縮んでいたのだ。気づかなかった。

 自分が縮んでも気にせず魔力くれちゃうフヨフヨ、けなげ。

 というより無頓着。俺が気にしないと。


 こうしている間も食べているらしく、フヨフヨは大きくなっていく。よかった。すぐ戻るみたいだ。ほんと謎生物。


『魔力とダークマターは別物?』

『たぶん』


 あまり自信はなさそうだけど、違いは感じている様子。ダークマターは魔素とでも思っておけばいいかな。


 おそらく俺も取り込んでいる。フヨフヨと見え方がそっくりだし、はじめて宇宙に来た直後に身体能力が上がった気がしている。


『フヨフヨ、あんまり縮んだら嫌だよ。だから、魔力は節約して、もし使ったらちゃんと食べて?』

『わかった』


 しばし宇宙散歩。そう言えば最近は地上で魔法の練習ばかりしていた。

 もっと定期的に宇宙に来よう。


『ほかのクラゲさんとテレパシーしたりする?』

『しない……できない?』


 疑問の波動。

 名付ける前から喋っていたのに。


『どうやって意思疎通してる?』

『してない』


 えー……。


『ただ近くに漂ってるだけ?』

『そう。のんびり』


 ますます不思議生物。

 ……なんか、クラゲは脳や心臓がないって何かで見たような気がする。どう見てもないし。

 ならフヨフヨはどうやって考えてるんだ。


『……俺が回復魔法かけたらいろいろできるようになったとか?』

『きっとそう!』


 まじか。

 もっとかけてみようかな……。


『体はそれ以上大きくならない?』

『ちょっと大きくなった。フヨフヨ、特別。ユイエルのおかげ』


 なったのか。なんだか少し得意げな波動。

 フヨフヨを育成しよう。そうしたら魔力使い放題、縮む心配も減るはず。


『宇宙にいっぱい来ような』

『うん!』


 言いながら回復魔法をかけると、歓喜の波動が返ってきた。

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