第6話 戦争は嫌

 現在、フヨフヨと一緒に世界を放浪中。

 簡単に言うと迷子。

 眼下にはモンスターがウヨウヨいる。


 南ってこっち!?

 国境ってどこ!?


 いちおう出発時は方角がわかっていた。ここでも太陽は東から昇る。

 でも広すぎて迷子。俯瞰したところで国境に線はない。

 マイヤー先生に地図を用意してもらおう、そうしよう。


 フヨフヨの触手がすっと前を指す。


『あれ、なあに?』

『どれ?』


 フヨフヨ好奇心旺盛。ひとのことは言えないけど。

 触手の先を見ても暗くてよく見えない。

 向かってみる。


 ……ひ、ひとだま?

 うっすらと光をおびた半透明に見えるなにかが、空中をスーっと移動している。人の頭サイズ。


『た、魂かな?』

『ユイエルに似てる』


 まじか。やっぱり人の魂か。

 なんとなく魂っぽいものについていく。


 さほど時間をかけずに小さな町についた。ちゃんと城壁に囲まれた町だ。

 閉まった城門のまえで少しまごついたが、ズボッと行った。


 魂は、大きな通りを迷わず進む。

 やがて一軒の家に飛び込んだ。


 お邪魔します。ちょっと躊躇したけど気になるので。

 魂はベッドの上空で止まっていた。

 眠っているのは女の子だ。マイボディよりいくつか年上かな。


 そこで待ちくたびれるくらい止まっていた魂は、また移動した。

 今度はもっと幼い子と、その母親らしき女性の眠る部屋だった。

 そこでもしばらく魂は止まっていた。


 だんだん嫌な予感がしてくる。魂が薄く小さくなっている気もする。


 突然、スーっと天井へ向かう魂。

 ハラハラしながら見ていると、そのまま溶けるように消えた。


『ど、どこいった? フヨフヨわかる?』

『消えた』


 ……俺はたぶん生き霊だ。肉体との繋がりは、はっきりと感じられる。

 だから、いまの魂も生き霊かと思っていた。

 けど死霊だった。きっとそういうことだ。


『……あの魂、どっちから来たかわかる?』

『あっち、まっすぐ』


 フヨフヨに従い、もと来た方向へ。

 俺は暗いと、ぼんやりとしか見えない。けどフヨフヨは、はっきり見えているらしいのだ。目、ないのに。

 方向感覚も俺よりありそう。次からもっとフヨフヨに聞こう。


 どんどん進むと、やがて大量の灯りが見えてきた。

 天幕群。簡易的な柵に囲まれ、ランプや篝火が多い。見張りの騎士らしき人もいる。

 たぶん予想通り。さっきの魂は、戦場で亡くなった人のもの。


『……なにこれ』


 そのまま奥へ進んでみれば、燃え尽きた天幕、転がる遺体。

 気分が悪くなってきた気がする。


「剣聖様! 敵は!?」


 聞こえた叫びに思わず向かう。


「……すべては討てなんだ。半数近く逃したやもしれん」

「こう暗くては仕方ありますまい。レスレのヤツら、コソコソと獣道を来たかと思えば夜襲とは! あんなもの騎士ではない!」


 立派な鎧の騎士が憤慨中。

 父は血まみれ。けど、たぶん返り血。

 ……俺は戦争を舐めていたかもしれない。


「夜明け前に攻め込む。まともに付いてこられる者だけ集めてもらいたい」


 血まみれ父が、立派な鎧の騎士に言った。


「なんと! 200もおらぬやも……」

「かまわん。相手は来るはずがないと思っておる……無念だが、一刻も早く奴らを追い払うことが肝要」


「もちろんです、早急に編成いたします!」


 まじか父。

 突撃するらしい。200人は少ないような言い方だった。相手何人なの?

 父が無事な天幕に入るのを見届け、相手の陣へ向かう。


 天幕だらけ。人数わからない。


『……フヨフヨ、何人くらいいるかわかる?』

『3千人とちょっと……あとあっちにもいる』


 え、多すぎ。しかも後ろにまだいるらしい。

 ダメもとで聞いたのに答えが返ってきたのも驚きだけど。


『味方は?』

『900人とちょっと』


 いやいや、はげしく負けてない?

 200で突っ込んで後詰めが700?

 勝てるの?

 負けるとどうなるの……。


 あわてて戻り、ズボズボッと天幕の中を見てまわる。

 怪我人発見。けど、白衣の女性たちが祈りのポーズ。訂正、怪我人だった人たちだ。もう誰も苦しんでいる様子がない。

 俺の出る幕ではなさそう。


 外に出ると、空が白みだしていた。

 少し上昇して見れば、馬に乗って整列する騎士団が。

 先頭には、金の差し色が入った鎧を身に着け黒馬にまたがる父『剣聖』


「征くぞ! 我に続け!」


 それだけ言って駆け出した。

 父のすぐ傍を駆るふたりは私兵だろうか。鎧が違うのでたぶんそう。あれ、3人じゃなかったっけ……。


 速い。すぐ着きそう。

 すっごいハラハラしてきた。

 たとえ見知らぬおっさん(年下)に見えても、マイボディの父だ。ユイエルの死に涙する父様だ。8歳で保護者を失いたくないという切実な気持ちもある。


 あっという間に相手の天幕が見えて来る。

 相手はどう見ても浮足立っている。鎧もつけずに馬にまたがる者、右往左往する者、天幕から飛び出す者。


 そこへ、馬を駆り長剣を振り上げる父様。


「我が国に踏み入ったこと、地獄で悔いよ!」


 父様は、空中を斬るように長剣を振り下ろす。

 俺は正直、なにをしているのかよくわかっていなかった。


 だから、次の瞬間目に飛び込んだ光景に度肝を抜かれた。


 空から大量の見えない剣が降った。そう表現するしかない。

 広範囲の天幕が一瞬でボロボロ。特に、中央付近にあった大きな天幕は見る影もなく、気づけば血煙が上がっていた。


 同時に魂が浮かび上がり、どんどん消えていく。きっと、千ではきかない数。


『…………帰る』

『うん』


 やはり俺の認識は甘かった。

『剣聖』は、文字通りの一騎当千。皆殺しくらい簡単なのだ。

 けど、それをせずに追い払おうとしていた。そうしたら相手が卑怯な手を仕掛けてきた。

 だから……。


 きっと、そういうことだと思う。聞こえた会話からの推測だけど。


 考えながら、マイボディに回復魔法を使う。起きたら吐くとか嫌だ。リシェーナが泣きそうだし。

 それからフヨフヨに抱きつく。


『あー癒やされるー』

『どうして人と人、戦う?』


『……どうしてだろうな。やめればいいのにね』

『うん』


 マイヤー先生によれば、この国は豊からしい。穀倉地帯と港があるそう。

 攻め込んできている国の事情は知らない。


 俺にできるのは、とりあえず勉強か。

 マイヤー先生は、俺が『剣聖』を継ぐものと思って話していたフシがある。リシェーナも。たぶん周囲全員だ。


 剣は持たないようにしよう。父様には悪いが『剣聖』なんてなりたくない。


 騎士学校も全力で避けないと。

 騎士には剣技(?)が必要らしい。

 父様がやっていたように、剣を振って無属性魔法を出すのも剣技のような気がするので、いずれできそうではあるが、やらないことにする。


 ここ王都には、巨大な学校が3校ある。騎士学校、文官学校、魔法学校。

 行くなら断然、魔法学校。せっかくの異世界だし。


 行かない選択肢もあるだろうか……「できることなら学生からやり直したい」これって、大抵の大人が思うことではなかろうか。


 少なくとも俺はたびたび思っていた。就職は失敗とまでは思っていなかったが、結婚どころか彼女もできなかったので……。


 いや、へこんでどうする。

 過去より未来だ。現実を見ろ。


 ……攻撃魔法も使わない方がいいか。結局戦争で殺戮するはめになりそう。


 方針を決めよう。

 戦争、全力回避だ。


 父様が帰ってきたら、なんとか説得する。

 読書や魔法の練習をしながら、説得方法を考えて帰りを待とう。

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