第4話 優秀なお供ができた

 痛々しい姿のクラゲに回復魔法、発動。

 もとに戻れとひたすら祈る。どんどん自分の中からなにかが抜けていく感覚。

 そして、ジワジワとクラゲの傘が円形に戻っていく。


 すごい。

 いいぞ、触手ももっとあったはずだ。

 ニョキニョキ生える触手。ほんとうにすごいな回復魔法。

 自分でやりながら感動しちゃう。


 やがて、ほかのクラゲたちと同じ姿に戻った。

 やりきった。

 ぐっと拳を握る。結構大怪我でも治せるみたいだ。

 もしモンスターに襲われても即死しなければなんとかなるかも。


 けれど、なんだかダルさがある。これは魔力を使いすぎの症状か。


 帰ろうかと思ったとき、クラゲがフヨンと揺れて向きを変えた。

 そして、触手の1本がゆっくりと近づいてくる。俺が見えてる?


 触手は、俺にふれるまえにピタッと動きを止めた。

 ……害意はないような気がする。

 恐る恐る右手を伸ばす。


 ほんのわずか、細くなった触手の先と指先が触れ合う。さわれるのか……。

 大丈夫そう。ビリビリしないし、動かない。

 思い切って、そっと握る。握手だ。

 思った感触と違う。サラサラで柔らかい。

 アストラルボディ同士だから触れるのかな。


『……あくしゅ』


 しゃべったあ!?


『……おれい』


 触手から、なにか流れ込んでくる。

 ちょっと驚いたけど、あったかい。

 これってもしかして、魔力的な?

 回復魔法で失ったものが戻るような感覚がある。助かる。ありがとう。


『からだ、とてもだいじ。まりょく、だいじ。ありがとう』


 抑揚はまったくないが、言いたいことはわかる。

「体を治してくれて、そのために魔力を使ってくれて、ありがとう」たぶんそう言っているのだ。


 すごいぞ。クラゲさんと意思疎通できてる!

 心が震える。まさかこんな体験ができるとは。


『なかよし、ともだち、なかま』


 おお!?

 俺は……いまはユイエル。君は?

 声の出し方がわからないな……。


『ゆいえる、きこえる。なまえ、ない』


 聞こえるのか。

 テレパシー的なやつか。

 名前は付けた方がいいのかな。そんな経験はないのでまったく自信がない。


『だいじょうぶ。なまえ、ほしい』


 なんだか可愛く思えてきた。ポチやタマは嫌だな。クラ、ゲラク……センス皆無。


 かわいい名がいい。

 ……フヨフヨ。ダメか?


『フヨフヨ! ユイエル、名前ありがと!』


 急に、はっきりと意思が聞こえた。

 歓喜の波動みたいなものが感じ取れる。なんとなく繋がっている感じも、肉体ほどではないがある。

 ……ゲーム的に考えるならテイムした?


『フヨフヨは俺にテイムされたのか?』

『……そうかも?』


 疑問の波動。わからないらしい。

 それはいいか。なんだかテレパシー的なやつも使いやすくなった気がする。


『フヨフヨは、どうして怪我してたんだ?』

『油断した。隕石……スペースデブリ?』


 なんか難しい言葉を使い始めた。この世界にスペースデブリはなさそう。笑ってしまう。

 いや、フヨフヨにとっては笑い事ではないか。


『もう、ぶつからないように気を付けるんだよ』

『うん、痛かった。留意します』


『ひょっとして俺の語彙から学んでる?』


 肯定の波動がきた。

 すごい。たぶん俺の知識からスペースデブリなんて言葉を読み取ったのだ。

 けど「留意します」は合わない気がする。面倒な上司にしか使ってなかったし。


『敬語はいらないよ。簡単な言葉のままで大丈夫』

『わかった』


 それから少しお互いのことを話した。といってもフヨフヨは自分のことをよくわかっていないようだったけど。

 そろそろ肉体に戻ろうかと考え始める。


『……フヨフヨ、ハグしていい?』


 実は触手の感触でかなり気になっていた。挨拶代わりのハグならきっと許される。


 無事に歓喜の波動が返ってきた。

 しかも傘を細く、抱きつきやすくしてくれる。

 間髪入れず抱きつく。

 やわー! 中身の流動性すごい。なんだか知っている感触に似ている。

 これは、人をダメにするクッションの感触だ。


『あーダメになるー』


 なぜか歓喜の波動がどんどんくる。


『フヨフヨ、痛くない?』

『ぜんぜん。楽しい!』


 それは良かった。


『……なごりおしいけど、俺はそろそろ帰るよ』


 そう言いながらフヨフヨと離れる。

 肯定の波動が来た。寂しがるかと思ったのに。

 ちょっと寂しく思いながら手を振り、トランプのダイヤみたいな大陸を見る。

 どうやら肉体の位置は、ど真ん中より右。もし鋭角な上側が北なら、中央と東端の中間。

 そこへ意識して飛ぶ。


 マイボディの寝息を聞きホッとする。リシェーナはいないな。


 突然、視界の隅になにか見えた。

 半透明のなにか。

 パッと振り向く。


『フヨフヨ!?』


 歓喜の波動が来る。


『……ついてきちゃったのか。大丈夫か?』

『大丈夫、一緒にいる!』


 宇宙生命体だと思っていたので驚いたが、考えたら俺も宇宙に生身で出たら死ぬ生命体だ。なのに平気だった。

 いちおう天井を確認するが、穴はない。

 やっぱりフヨフヨもアストラルボディらしい。

 ……ならなんで隕石にやられたの?


『隕石は、フヨフヨをすり抜けないか?』

『すり抜ける。油断しなければ』


 ますますわからない。考えていると、フヨフヨが触手を2本動かした。布団の端に触手がかかると、ペロンと布団がめくれた。


 もう一度天井を見る。無事だ。窓も無事だ。


『まさかコントロールできる? 実体化できるのか?』

『そんな感じ?』


 疑問の波動。この子、自分の能力もちゃんと把握してないぞ。


 けど聞いてみれば、俺にさわるために実体化は不要だそう。やっぱりアストラルボディ同士はさわれるのか。


 知りたいことがたくさんあるな。楽しみだらけだ。

 けどもう空は明るくなりつつある。


『……体に戻ると、フヨフヨが見えなくなるかも』

『大丈夫。一緒』


 一緒にいられれば満足ってことか。かわいいやつめ。


『じゃあ――』


 またな。そう言おうとしたとき、カチャリと小さな音を立てて廊下側のドアが開いた。

 そっと入ってくるリシェーナ。


 見えやしないかと不安に思ったが、リシェーナは寝入っている俺を見て微笑む。そして、そっと布団を掛けなおして衣装部屋へ向かった。


 フヨフヨともども見えなかったらしい。よかった。もし見えたらパニックリシェーナがフヨフヨを水魔法で攻撃とかあったかもしれない。

 安心し、フヨフヨに手を振って肉体にダイブ。


 起き上がってキョロキョロするも、フヨフヨは見えない。残念。俺にだけ見えたらよかったのに。


 衣装部屋から服を持ってきてくれたリシェーナと挨拶を交わし、1日がはじまる。不思議と眠気はない。

 ……なんだか、マイボディに回復魔法を使ったあとより調子がいい気がする。


 午前中は自分の机を漁った。怪しまれない程度に。ひきだしから見つけた日記みたいなもので、いくつか情報を得た。


 どうやら母は亡くなっており、病弱なユイエルは半年以上も寝込んでいた。日記の最新ページは12月だった。

 いま6月なのは間違いない。セバスチャンの執務室にもカレンダーがあったから。

 一人称は「ぼく」父の呼び方は「とうさま」


 午後は、なぜかまったく眠くならなかったので私兵の訓練を見学した。リシェーナは俺が訓練を見たがっているものと思い込んでいた。


 俺がいるからか木剣での軽い訓練。私兵18名中、3名は父と仕事に出ているそう。仕事内容までは教えてくれなかった。


 そして、見学を終えた午後まだ明るいとき、チャンスが訪れた。

 リシェーナが呼ばれて席を外し、別のメイド少女が俺を部屋に連れ帰る。

 俺が机に向かうと「読み聞かせいたしますか?」というので「ひとりで読める。忙しいでしょ? 行って大丈夫」と言って追い出すことに成功。


 少し待って廊下の様子をうかがう。誰もいない。コソコソと泥棒のごとく、足音を殺して書斎へ走る。

 サッと入ろうとしたら開かなかった。

 鍵がかかっている。なんてこった。あらかじめ調べとけよ自分。


 なんとか開けられないかと鍵穴を見る。なんで現代日本みたいな鍵なの?

 いろいろチグハグだよこの世界。


 歯噛みしていると、ガチャッと目の前から音が。

 びびって飛び退いたが、隠れるところなどない。父は仕事と聞いたのになぜ……。


 ……誰も出てこないな?

 いぶかりながら、ためしにノブを回すと普通に回った。そっと中を覗くも誰もいない。入ってドアを閉める。


『……フヨフヨ?』

『あけた』


 聞こえた。

 そうか、フヨフヨは考えが読める。そして実体化ができる。だから、すり抜けて鍵を開けるくらい朝飯前。


『ありがとう!』


 フヨフヨすごい!

 大好き!

 歓喜の波動が感じられた。


『実体化すれば見える? フヨフヨどこ?』


 フヨフヨを探して見回す。

 眼前にうっすらとフヨフヨの輪郭が。そして頬にフヨッと触手がきた。

 楽しそうな波動。


『見えにくい』

『かくれんぼ』


 見えなくなった。実体化を解いたらしい。難易度高すぎるかくれんぼだ。


『見つけられないよ』


 そう言って笑うと、また楽しそうな波動が。

 この念話みたいなものは、肉体に入っていても使えるんだな。繋がっている感覚もある。やっぱりテイムしたのだと思う。


 ああ、大変だ。忍び込み放題。

 女湯を覗いたりできちゃう。

 いや、それは忍び込む必要ないから。肉体を離れるだけでできちゃうから。やらない……はず。たぶん。


 はっとして鍵を掛け、狙っていた『魔法適性の確認方法』を読み始めた。

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