第3話 あやうく天に召しちゃう

 むくっと起き上がる。

 ……手は白く小さいまま。

 うん、夢でなくてよかった。


 まだ外は明るい。けど夕方のよう。

 眠気はなく体調も悪くない。

 リシェーナはいない。体調どうだろう。疲れが取れているといいな。


 とりあえず起き出す。

 寝る前に着ていた服はハンガーに掛けられ、ぶら下がっている。天蓋に掛けるところがあるらしい。

 勝手に着替えてしまおうか。そして驚かれたら「やってみたらできた」とか言うのだ。いいかも。


 ベッドの上を移動して服を下ろし、パジャマを脱ぎ捨てる。

 すると、ガチャッとトイレのドアが開き、リシェーナと目が合う。


「ユイエル様!?」


 タイミングよ。半裸です。すごい間抜け。


「も、申し訳ありません!」


 走って来て俺の服を取るリシェーナ。


「……自分でやりたい」

「えっ」


 そっとリシェーナの手にあるズボンを引っ張る。


「ダメ?」

「あ……いえ、そうです! お元気になられたのですから騎士学校に入られるはず。練習いたしましょう!」


 なんだかリシェーナも元気が有り余っている様子。

 騎士学校。それって魔法習える?

 奪ったズボンを履きながら考える。


「ああ、ユイエル様。お上手です」


 ズボンを履くだけで褒められる。リシェーナが大げさなだけな気もするけど、俺って何歳?


「……学校、いつ?」

「10歳の4月に入学です。その前に試験がありますが、ユイエル様であれば簡単です!」


 力説するリシェーナ。

 俺は首をかしげつつ、指を折る仕草をしてみる。いま何歳なの?


「あ、お体を悪くされている間にお誕生日を迎えておいでです。いまは8歳ですので、2年ありません」


 うなずいてシャツを着る。

 年齢判明。

 ブレザーのボタンまで留め終えると、リシェーナの目がキラッキラ。この調子で聞きまくっても大丈夫そう。


「試験って?」

「はい。実技と筆記があるはずです。簡単なはずですが……申し訳ありません。私は魔法学校でしたので、正確なところは……聞きにまいりますか?」


 魔法学校もあるのか。なら騎士学校より魔法学校がいいかな?

 いや、そんなことより筆記試験がまずいかも。

 この世界の常識を求められても困る。2年なんてあっという間だ。


「……勉強したい」

「素晴らしい向上心です! セバスチャン様に言って家庭教師をつけていただきましょう!」


 リシェーナさんテンション高め。回復魔法で急に元気になりすぎたのか、それとも俺が元気になったことが余程うれしいのか。両方かな。


 ということで、夕食の前に相談しに行った。

 セバスチャンの執務室は1階にあった。この人、俺のイメージする執事ではない。家宰とか家令と呼ばれる役職だと思う。だって帳簿があった。

 家庭教師は早く来られる人をすぐに手配してくれるとのこと。


 それから夕食を終え、風呂を沸かしてくれるというリシェーナについていく。

 風呂のつくりは日本と大差なく、蛇口はある。けどシャワーはない。

 魔法で沸かすことを期待している。


 リシェーナが蛇口をひねりもせず湯船を向いたのでガン見。

 俺の様子をうかがい拳を握って気合を入れたリシェーナは、湯船に両手をかざす。


 おお! みるみる湯気の立つお湯が貯まる。

 手からなにか出ているわけではない。ほんとに不思議現象。すんごい。


「お、教えて!」


 リシェーナは首をかしげ、困った顔で目を泳がせる。


「……申し訳ありません。その、水属性魔法に適性のある者は、髪に青みがございます」


 やけにカラフルだと思ったらそういうこと?

 なら、赤毛のメイドさんは火魔法が使えたり、緑のメイドさんは風魔法が使えたりするのか。

 ますますゲーム世界っぽい。俺の知ってるゲームにしてほしかった。


「……金髪は?」

「はい、ユイエル様はおそらく無属性魔法に適性がございます。旦那様がそうですから。ですが光属性や聖属性に適性がある者もおりますので、2属性、3属性という可能性もございます」


 旦那様は父のことだろう。

 魔法の適性は、どうやらある程度遺伝で決まるらしい。回復は聖属性なんだろうな。


 ……もしゲーム世界なら、プレイヤーは属性を選べるか、増やせる気がする。だって髪の色を選んだら属性が決まってしまうなんてつまらないだろう。

 子どもの頃に遊んだRPGも、どの魔法を覚えるかある程度選べた。


 俺は少なくともモブではないと思う。なぜならうちにセバスチャンがいるから。

 いろいろな魔法を試したくなってきた。


「ユイエル様? 冷めないうちに湯浴みしましょう」


 うながされて脱衣所へ移動。

 するとリシェーナは、いきなりサッとエプロンを外した。


「ぇ……」


 おどろいていると、当然のようにワンピースのボタンを外し始める。

 あわてて止め、必死の手振りと「学校の練習!」の一言でなんとか風呂場から追い出す。


 ふう、びっくりした。

 リシェーナから困惑と心配がにじみ出ていたが、さすがに一緒に入るのははばかられる。中身はおっさんなのだ。ロリコンではない、おっさんなのだ。


 ……全裸で俺を脱がすつもりだったの?

 そうだよね。裸の俺を待たせたりしそうにないもんね。惜しいことしたかな。


 ……あとでちゃんと風呂に入るように言おう。そして今後は別々がいいと主張しよう。惜しくはない。なぜならロリコンではないから。


 広い湯船を満喫。

 ちなみに蛇口からは水しか出なかった。手桶でお湯をすくって使うスタイル。でも十分。石けんもあったし。

 リシェーナを風呂に追いやって就寝。


 そして、魂でました。

 やっぱり。そんな気がしていた。寝るとこうなるのだ。


 ……いま風呂に行くとロリコンが確定する。

 一旦廊下へズボッと出てから隣の部屋へ。1階もすべて見てまわり、おおむね満足。

 厨房に真っ赤な髪を逆立てたイケオジがいた。火魔法を使わないか見ていたが、後片付けタイムのようだったので断念。

 突き抜けて外へ。別館や使用人の宿舎らしきものもある。広いな。


 上から屋敷を俯瞰ふかんして見る。それなりに外灯があり、暗いが見えないことはない。

 俺からすれば豪邸だが、周囲には似たようなサイズの屋敷がいくつもありそう。たぶん貴族街。


 空を見上げて見る。

 うーわー……。これは、すごいな。

 空気がキレイだからだろうか、こぼれてきそうな星々。

 掴めないかな……。


 あれ?

 なんだか少し、星の見え方が変わってきた。

 それに、半透明のなにかが見えるような……空にクラゲがいるはずはない。


 振り返る。

 ……地球は青かった。

 はあ!?


 地球じゃないよ!

 トランプのダイヤみたいな形の大陸が正面に見えてる!

 不安が押し寄せてきて、キョロキョロと辺りを見回す。こ、呼吸は、してないな?


 あ、クラゲ、やっぱりいます。内側が淡く輝いてキレイなクラゲが、空というより宇宙を漂っている。


 ま、待って、すごいけど、キレイだけど、なんかもういろいろ怖くなってきた。天に召しちゃう!


 混乱がピークに達すると、肉体を見下ろす位置に戻った。一瞬で。

 寝息も聞こえる。ふう。ついうっかり長距離移動しちゃった。意思移動は難しい。


 ……あのクラゲは、なに?

 モンスター?

 魔法のある異世界ってだけでも未知との遭遇なのに、宇宙はもっとすごい未知との遭遇だったよ。


 落ち着くとワクワクしてきた。

 モンスターのことが知りたくなり、父の書斎にぴゅんと移動。

 アストラルボディ、便利。使いこなせれば。


 背表紙を見てまわり『ラングオッド王国モンスター図鑑』を発見。ついでにこの国の名も判明かも。

 つい手を伸ばす。

 すると、手が本の中にめり込んだ。


 ……なんか半透明の手がある!?

 見れば半透明の体もある。下腹がでっぱっていないのでユイエルボディだ。薄っすらと光っているようにも見える。

 なんで?

 肉体に馴染んだとか?

 それともダークマターでも取り込んだの?


 若干クラゲと見え方が似ているような……気になる。もっかい行ってみようかな。

 ちょっと怖いけど、クラゲにも俺は見えないかも。漂っているだけに見えたし。

 それに、宇宙でもマイボディと繋がっている感覚はあった。現にすぐ戻って来られた。


 もしクラゲが襲ってきそうならすぐ逃げよう。

 ズボッと天井を突き抜ける。


 ぐんぐん昇る。

 クラゲが見えてきて停止。


 振り返れば、青い惑星。感動しながらもエセアースとでも呼ぼうかなんて考える。


 それから辺りをよく見てみれば、クラゲはたくさん点在している様子。

 少しずつ近づいてみる。

 いまのところ襲ってくる気配はない。


 しばし見惚れる。

 内側の光は、傘のてっぺん付近に多く集まって、花弁が5枚ある花のような模様を描いている。

 傘だけで直径2メートルを超えていると思う。いちばん長い触手は5本。これも2メートル越えてそう。


 気付けば触れられそうな距離まで来ていた。

 触れずに離れる。ビリビリすると嫌なので。


 2匹目のクラゲに向かってみる。

 やっぱり襲っては来ない。それどころか、なにかしている様子がない。


 次。と思って見たら、変わった個体を見つけた。

 ゆっくり近づく。

 ……いや、千切れてない?

 半分近く傘が削り取られている。長い触手も2本しかない。

 これで生きているのだろうか。かすかに動いてはいる様子。


 ふと、回復魔法の練習に良さそうな気がした。せっかくの異世界だし、回復魔法は大事だろう。

 健康体を回復しても実感は薄い。肉体を傷つけるのは気が進まない。

 このクラゲが治れば、回復できたことが目に見えるはず。


 やけにはっきりと見えるようになったマイアストラルボディの両手を組む。

 なんとなく見え方の似たクラゲに親近感。


 もとに戻してやるからな。

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