第2話 お昼寝したら魂でちゃった
緑色の髪をしたメイドさんが、重ねたシーツらしきものを持って階段を上がってくる。
「……坊ちゃま!?」
そのメイドさんは俺を見て叫んだ。
幽霊じゃないよ。生きてる。中身は変わってしまったが。
緑メイドさんは水色少女にコソコソと近寄っていく。
「リシェーナ……」
「はい。お顔の色もいいですし、食欲もお有りのようです」
小声だ。聞こえているので若干いたたまれないけど、おかげで水色少女の名が判明した。
「まあ、素晴らしい。さすがは聖女様ですね」
「はい。お会いする機会があれば、なにかお礼をさせていただきたいです」
緑メイドさんはリシェーナとのやりとりを済ませると、俺に微笑みかけ頭を下げて離れていく。
会話に聖女様が出てきた。可能性が高いのは白髪のおばあさんかな。
もしかして回復魔法がある?
だから心臓マッサージを知らないとか。
ひそかに期待を高めながら、補助されて階段を降りる。
広い屋敷だ。きっと俺は貴族の息子。
まずは現状把握につとめないとまずいか。
これまた広い食堂に案内され、大きなテーブルにポツンと着かされる。
芳ばしい香りがしてきて、すぐにリゾットらしきものが出てきた。
上にもチーズがかかって美味しそう。
やけに大勢に見守られているけど、それより目の前の料理が気になる。
いただきます。
思ったほど熱くはなく、柔らかくて濃厚。リゾットというより病人向けかも。なのに、美味すぎ。頭の中お花咲き乱れ。
あっという間に完食した。
いちおう背後の会話は耳に入っていた。セバスチャン様と呼ばれる人物がいる。
やっぱりゲームの中かな。
りんごジュースもすっかり飲み終えて一息つくと、タキシードの人物が横に来た。
絶対セバスチャン。
「坊ちゃま、飲み物のおかわりはもう良いですかな?」
うなずく。笑顔でじっくり観察されている。
「お味はいかがでしたか?」
「……美味しかった」
表情がさらに緩んだ。どうやらホッとしたらしい。「よろしゅうございました」と言って食器を下げて行った。
俺の体調確認だった?
急に完治したように見えるんだろうな。
「ユイエル様、この後はどうなさいますか?」
「……うーん」
リシェーナに連れられて廊下を歩く。なんだかまぶたが重い。体がぽかぽかしてきた。
「……お昼寝になさいますか?」
それは魅力的だ。ついうなずく。
起きたばかりだというのに食べたら眠くなってきた。子どもだからか、病み上がりだからか、抗えない誘惑。
最初の部屋で寝る支度。
トイレの隣は洗面台のある脱衣所。曇りガラスのドアがあるので奥はきっとお風呂。
されるがままにしょっぱい歯磨きをされてベッドへ。
この部屋には、あと2枚謎のドアがあるよね。気になる。ああ、机と本棚も気になる。けど、眠い。
「おやすみなさいませ、ユイエル様」
「おやすみ」
すぐに睡魔が押し寄せた。
……え?
気付いたら、目を瞑ったユイエルを見下ろしていた。
デジャヴ。一瞬あわてたが、すうすうと寝息が聞こえて安堵する。
……ああ、きっと最初に見たときにはもう遺体だった。顔色が全然違うし、胸が上下しているのも見ればわかるものだった。
リシェーナはイスに座り、幸せそうにユイエルを見ている。時間はほとんど経ってないな。
……俺っていま、魂?
アストラルボディ?
やっぱり自分の手足を見ることはできない。
ためしにリシェーナの眼前へ向かう。
滑るように動けた。
やっぱり見えていない様子。表情がまったく変わらない。
これは、もしかしてチャンス?
なんだかユイエルの肉体と繋がっている感覚がある。弱いゴムか何かで引っ張られている感じ。離れても戻れそう。
いまの俺は明らかに情報不足。しかしリシェーナが張り付いているのでヘタなことはできない。いましかない。
待っててマイボディ。
窓際にある机を意識すると、ぴゅんっと移動してしまう。
真っ暗。な、なにごと。机にめり込んでる?
すうっと下がって事なきを得る。びっくりした。
ちょっと動く練習。でもぶつかる心配はない。なにもさわれないから。
机の前にはレースのカーテンが掛かった窓。少しだけ外に出てみる。
……やっぱり絶対日本ではない。カラフルでやたらと大きな町だ。
どうやらこの屋敷は丘の中腹にある。
もし廊下側から見えるエセシンデレラ城に王様がいるなら、ここは王都だと思う。
室内にもどり本棚をチェック。棚の側面に、ひらがなやカタカナ、数字の表が貼ってある。つたない手書きのものだ。その左上には「ユイエル・レガデューア」と書いてある。
自分のフルネーム判明。
あと、文字も日本語なことも。いろいろ西洋風なので違和感はバリバリあるが、読み書きを覚え直さなくていいのは心底ホッとした。
本棚はあまり詰まっておらず『まほうつかいとドラゴン』や『せいれいたちの国』などの絵本と『ひらがな』『さんすう』などの教科書。あとは『国語辞典』
手を伸ばそうとして断念。肉体がないと中身は見られない。
次はドアの向こうへ行ってみよう。
思い切ってズボッと突撃。
……楽しくなってきたかも。なんだか解き放たれた気分。俺は仕事が好きな方だと思っていたが、忙しくはあった。実はかなり疲弊していたのかもしれない。未練ないし。
窓側のドアは衣装部屋だった。ハンガーにかけられた服はどれも少年のもの。きらびやかな正装から落ち着いたデザインのパジャマまで多種多様。王子様みたいなのは着たくない。出てきたら断固拒否しよう。
次が5枚目ドアの向こうのはず。壁に突撃。
ベッドのある質素な部屋だ。衣装部屋より狭い。4畳半くらい。付き人部屋?
振り返ると壁にメイド服が。
……リシェーナの部屋っぽい。お邪魔しました。
どんどん壁を突き抜けて見ていく。
隣の部屋は、衣装部屋のドレスから女性の部屋。きっと母の部屋。
さらに隣の部屋は、壁に長剣が複数かざられた、いかにも偉丈夫の部屋。たぶん父の部屋。
どちらも造りはユイエルルームと大差ない。そして、もぬけの殻。
父の机の上に開封済み封筒があった。宛名は「ゼイル・レガデューア様」これが父の名だろう。きっと金ヒゲ仁王。
あとは卓上カレンダーがある。日本でよく見かけるタイプ。いまは6月っぽい。
次。と思ったら誤って外に飛び出し、笑いながら戻る。声は出ないけど。
角部屋だったらしい。
廊下に出てみるとドアの位置でなんとなく部屋の配置がわかった。コの字型に部屋がならんでいるのだ。把握。
父の部屋の隣へ。
書斎らしい。机と応接セットがあり、両側にはびっしりと本が並ぶ。
ザッと背表紙を見ていく。
ちょっと不穏。「戦争」や「戦術論」「兵法」なんて言葉がやけに出てくる。
けど『魔法適性の確認方法』という本を見つけてどうでもよくなった。
つい手を伸ばす。
突っ込んだ。真っ暗。
……アストラルボディ、不便。
どうにかして肉体ごとここに来る算段をつけないと。もしくは「本が読みたい」とか「勉強したい」と言ってみようか。
書斎が端だったので一旦自室へ戻る。大丈夫だとは思うがマイボディの確認。
あれ、リシェーナがまた突っ伏している。
なんだか、うなされている様子。最初は気づかなかったけど顔色も良くないかも。
いまはマイボディの方が健康そうに見える。
……この娘、ひょっとして四六時中ユイエルの介護をしていたのでは。
交代のメイドさんはたくさんいそうなのになぜだろう。なにか特殊な能力があるとか?
たとえば魔法とか。
俺も回復魔法、使えないかな?
たぶん、あるはずなのだ。魔法の本があったし、聖女様がマイボディを治したのだと皆信じているのだから。
ためしにステータスオープンとか鑑定とか念じてみる。なにも起こらない。
ダメもとでやってみよう。
ドキドキしてきた。
心の中で両手を組み、疲れが癒えるよう願ってみる。温泉に浸かったり、エナジードリンクを飲んだ程度の回復でもいい。
あ。
いま、なにかが自分から抜けていく感覚があった。
魔法が使えた気がして嬉しくなり、テンション爆上げ。
調子に乗ってもっともっとと回復を願い、ついでに自分の肉体にももっと健康になれと願う。
たぶん魔法だ。魔法があるぞ!
リシェーナの顔色が良くなった。寝息も穏やか。
あれ?
なんだか疲れてきたかな。
また急に意識が遠のいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます