『剣聖』のひとり息子に憑依したおっさん、戦争に駆り出されたくないので特化ヒーラーのフリして我が道を行く。

深瀧歩

第1話 少年の肉体

 気がつくと、ベッドに横たわる金髪の子どもを見下ろしていた。

 短髪だから男の子かな。小学校低学年くらい。


 こんな子は知らない。

 俺は夢を見ているのだろうか?


 やけに気になる男の子から目を離してみれば、ベッドの両側には跪く人がひとりずつ。


 向かって右には、水色の髪を三つ編みにした中学生くらいの娘。

 なぜかメイド服姿。けど、メイド喫茶のバイトにしては表情が悲痛。両手でシーツを握り涙をこぼしている。


 左には、髪も服も真っ白なおばあさん。両手を組み合わせ、目を閉じて祈っている。


 そのおばあさんの後ろに、金のヒゲを蓄えた夏目漱石(西洋版)みたいな紳士。くちびるを引き結び、腕を組んで仁王立ち。そのまま像にできそうな迫力。けど、こちらも目が潤んでいる気がする。

 ほかにも気配が複数。


 ……空気が、お通夜。

 もっと明るい夢がよかった。


 そもそも俺はいつの間に眠ったのだったか。

 思い出してみれば、仕事帰りに行きつけの小料理屋で飲み、酔って終電に飛び乗った記憶がかろうじてある。

 ……その先の記憶がない。なんなら飲んでる途中もあやふや。


 考え込んでいると、おばあさんが立ち上がった。そして男の子の胸や口元に顔を近づけ、耳を当てるような仕草。

 嫌な予感がする。


 おばあさんは後ろを向き、ゆっくりと首を横に振る。

 それを見た金ヒゲ仁王の口元から、ガリッと歯が折れそうな音。そしてボロボロと盛大に涙をこぼし始めた。


 かぼそい嗚咽に振り向けば。


「う、ああぁ、いやぁ……ユイエルさまぁ――」


 水色髪の娘がシーツに顔を埋めた。

 おばあさんは、いたましげな表情でその様子を見ている。


 ……いや、待て待て。

 何してるんだ!?


 なぜ心臓マッサージをしない!?

 救急車は!?


 このまま目が覚めたら最悪だ。文字通り寝覚めが悪すぎる。


 俺は衝動的に男の子の胸に手を伸ばす。

 自分の手は見えない。けれど必死になって心臓マッサージをしようと心の手を伸ばす。

 すると、男の子が目の前に。


 そして意識がぷつりと途絶えた。



  ◆◇◆



 ぼんやりと意識が浮上する。

 ……酷い夢を見たな。


 むくりと体を起こす。

 掛け布団が真っ白。頭の中の情報と、まるで一致しない。青系の柄物だったはず……。

 顔をあげる。


「……どこ、ここ?」


 かすれた声が出た。

 広い部屋だ。アパートの6畳間と比べると5倍くらいありそう。

 どうやら俺は天蓋付ベッドにいる。

 天蓋など見たことはないはずなのに、なんとなく既視感。

 混乱する頭でキョロキョロと見回す。


 そして、枕元の水色で目が留まる。

 シーツに突っ伏す頭だ。水色の三つ編みに既視感。


 ……え?

 水色髪の少女は、あどけない寝顔をさらし、すうすうと寝息を立てている。


「……まだ、夢?」


 自分の声が甲高い気が。ベッドについていた手をパッと目の前にもってくる。


 わあ、真っ白。小さい。

 変な笑いが込み上げてきた。

 肌色やサイズだけでなく、肌の張り具合も見慣れた四十男のものとは全然違う。なのに俺の意思で動いている。


 俺はたぶん、夢の男の子になったのだ。とち狂ったのでなければ。

 いや、夢ではなかったということか。


 半分呆けながらも、目と脳は情報収集。

 壁際に古めかしい振り子時計がある。

 11時25分を指しており、カーテンの向こうは明るい。昼か。


 それからこの部屋、ドアが多い。なぜひとつの部屋に5枚もドアが。ソファや机はあるが、テレビやパソコンは見当たらない。


 ベッドから降りかけ、水色少女を見て逡巡する。起きたときベッドがカラだったら大騒ぎするのでは?

 起こすのは忍びないが肩を揺らす。

 あたたかい。やっぱり夢ではないな。


 薄っすらと目が開いた。

 起こしてごめん。生理的欲求がありまして。


「……んあ……ユイエルさま!?」


 ガバッと身を起こす少女。

 瞳も青い。

 ああ、まずい。日本語通じない?


「あ、お、お加減は……もう起き上がっても平気なのでしょうか? 痛いところはありませんか?」


 完全に日本語。杞憂でした。

 ここは日本?

 ちょっと異世界かもとか思っていた中二病患者は俺です。14歳フォーティーンじゃなく40歳フォーティですけど。


「……トイレ」


 自分の一人称すらわからないので単語をつぶやいてみた。探し回るより聞くほうが早い。


「あ、はい! こちらに!」


 ベッドの下から壺が出てきた。

 違う。そんな病人か引きこもりみたいなトイレは遠慮する。


 床に降り立つ。

 カーペットふかふか。少し歩いてみる。目線が低くなった以外に違和感はない。身体はやけに軽く、健康な気がする。


「ユイエル様が、歩いてる。あぁ……神様」


 水色少女は目を丸くし呆けている。

 仕方なくまた「トイレ」とつぶやいてみる。


 なんだろうこのやりとり。

 でも探し回ったら訝しむよね。ヘタにしゃべってもボロが出そうだし、困った。早くトイレの場所を教えてくれないと大変なことになる。ほんとに。


 幸い呆けるのをやめた少女が俺の手を引き、肩を支えるようにして案内してくれる。背丈は頭ひとつ以上少女の方が高い。


 少女が開けたドアの向こうは洋式トイレだった。そのまま中まで来ようとするので、両手で押し返す動作をしてみる。


「お手伝いは不要ですか?」


 うなずくと下がってくれた。急いでドアと鍵を閉める。


 ふううぅ……。

 間に合った。

 やっぱり明らかに俺の肉体ではない。


 ほんと、俺は誰? ここはどこ?

 長年連れ添った肉体はどこ?

 ……ちょっとさみしい気もするけど、性別が変わっていないのは、ひとまず助かった。


 トイレはちゃんと水洗。けど、さびれた公園とかにある古いタイプ。

 温水洗浄機能などないが、ここが日本じゃないとは言い切れない。


 ……日本で心臓マッサージと人口呼吸をしないなんてことある?

 救急車が来ないなんてことある?

 ここは明らかに病院ではない。医療機器はいっさいなかった。

 俺はこの金髪の遺体に憑依した。信じられないが、状況的に信じるしかない。


 なのに、メイドさんは流暢な日本語。わっつ?

 日本のゲームの中にでも入ったの?


 手を洗い、鏡を見る。

 瞳が紫。顔が整いすぎて性別がわからないレベル。ますますゲームっぽい。

 病気だったみたいだし年齢もよくわからないな。5歳以上10歳未満。


 ……ははは。若返ったぞ。やったね。

 鏡を見ていたらだんだん嬉しくなってきた。若返ったうえに将来イケメンになりそうでは?


 チラッと仕事のことが頭をよぎるも……。

 ごめん、繁忙期ではないのでなんとかなるはず。成仏してくれ。

 心の中で同僚に謝り、すぐに打ち消す。


 しばし鏡を見ていると、コンコンとノック音。


「ユイエル様? お加減が悪くなったらすぐに教えて下さいね?」


 ドアの外で少女が心配している。

 ドアを開け、うなずいて見せる。

 ホッと息が聞こえた。


 この娘を心配させるのは忍びないな。

 だから名前を聞くわけにはいかない。知っていなければおかしいはず。


 なにを聞くべきか、なにを考えるべきか、迷っていると、勝手に腹が「ぐううぅ」と空腹をうったえる。


「あっ、食堂へ向かわれますか? お召し替えをさせていただきます!」


 このメイドさん、優秀。中学生くらいなのに。いや、様子は明らかにテンパっているのだが、俺の意思を最優先しようとしている気がする。


 あれよあれよという間に着替えさせられた服は、高校の制服みたいな紺のブレザー。このままバイオリンの発表会とか行けそう。弾けないけど。


 女子中学生に着替えさせられるってなんだろうな。新鮮な情けなさ。

 大切そうにそっと背を押され、トイレとは別のドアから廊下へ。


 ……まじかーよ。

 大きな窓に走り寄る。

 ずんぐりむっくりのシンデレラ城が見える。丘の上に建っているっぽい。マジマジと見てもシンデレラ城のパクリ。重力に負けたかのように間延びしているけど……。


 それから、馬に乗って長柄の武器を振り回している人が下にいる。4人ほど。

 ここは2階で、4人は広い庭にいるらしい。


「ユイエル様? ……私兵の訓練に参加されたいのですか?」


 あの光を反射している矛みたいなの、本物?

 映画の撮影?

 銃刀法違反?


 馬が馬を飛び越えた。ひょいっと気軽に、人を乗せたまま。

 馬のジャンプ力ってどのくらい?


 異世界転生の類ってことで、いいですか?

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