第52話 キレキレのツッコミ

 俺は視線をメサイア様に移す。



「メサイア様は公爵家のお嬢様なのですね」


「!?」


「幼い時に王城で偶然にもシーザリオ様と出会い、自ら志願してシーザリオ様の補佐をする事に…。今では主従の関係を超えて、唯一無二の親友と呼べる関係に…ですか」


「全くもってその通りです。シーザリオの為になら、この命を捨てても構わないと思っています。憎たらしい女ですが、その価値がこの女…この人間にはあると思っています」



 メサイア様は一点の曇りもない目をして言い切った。



「…メサイア。憎たらしいは余計では?」


「う、うるさい!!」



 二人はお互いに『そっぽ』を向く。少し顔を赤くし照れてはいるが、強固な信頼関係があり、強い絆で結ばれている様子だった。


 突然、今まで黙って座っていたアレグリアが口を開いた。



「お二人の関係…とても素敵ですね。羨ましいです!!私には親友と呼べるような友達がいないから…心から羨ましく思います!!私も将来、お二人の様な素敵な女性になりたいです」


『……………』



 年下の女の子から羨望の眼差しを受け、無言でさらに顔を赤くする二人。



「ま、まあ…アレグリアもさらに努力を重ねれば、みんなから憧れる存在になれるでしょう。男など選り取り見取り、選びたい放題ですよ」


「そ、そうです。私など縁談が次から次へと舞い込み、本当に迷惑していますから…」


「……………」



 シーザリオ様とメサイア様がアレグリアに話すが、俺は『ツッコミ』を入れるところなのか悩む。二人の言う事が見栄なのか冗談なのか…判断がつかないのだ。いちいち鑑定など行うのも面倒だし…。


 アレグリアに対し見栄を張っているならスルーが正解だと思うし、冗談ならツッコミを入れないと空気が冷えて居心地が悪い。


 なぜ俺がここまで悩むかというと、二人は全くと言っていいほど、男に縁がない人生を歩んでいる。実際に男と手も繋いだ事の無いほどだった。そしてお互い20歳をすぎて焦りが出てきている。非常に微妙なお年頃と言えるのだ。一歩間違えば地雷を踏みかねない…そんな危険な状況だ。


 しかし、俺は決断をした。これは二人が放った冗談で『ツッコミ』待ちの状態だと…。


 俺は大笑いしながらツッコミを入れる。キレッキレのツッコミを…。



「あははっ!!二人とも冗談がうまい。経験豊富な大人の女性のふりをして。お二人とも男性と一度も付き合った事が無いでしょう!!当然、ファーストキスさえもした事が無いじゃないですか!!」



 一瞬でその場が凍り付いたのが分かった。凍てついた空気…。


 一気に氷河期が訪れたような感覚…。


 痛い、空気感がとても痛い…。


 ここから消えて無くなってしまいたい…。


 俺は敏感に空気を読み、二人の顔を覗き込んだ。決死の覚悟で…。


 これ以上ないというほど、二人の顔は真っ赤になっている。これが怒りなのか、恥じらいなのかは判断がつかない。


 そして…沈黙が破れる。



「あはははっ、面白い事を言うのね…。ハヤト様!!」


「うふふふっ、こんなに楽しい気分になったのは、久しぶりですよ…ハヤト様!!」



 怒りを通り越したのか、照れ隠しなのか、二人は笑い出した。



 シーザリオ様とメサイア様の笑顔が恐ろしい。なぜなら、顔は笑っているが後ろに黒いオーラが『ゆらゆら』と揺らめいているのが見えるからだ。



(ど、どうしよう…)



 俺は恐怖で頭が回転しない。真っ白だ。



(そ、そうだ。アレグリアに助けを…)



 そう思い、俺はアレグリアに助けを求めるが…冷たい視線が突き刺さる。



(そんな事、冗談でも言っていい訳が無いじゃない。何を考えてるの!!)



 という視線だ。


 八方ふさがりの俺は、もうこうするしかない。



「申し訳ありませんでした!!心からお詫び申し上げます!!」



 素直に謝る以上の解決策が思い浮かばない。これ以上傷口を広げないため、おもいっきり平身低頭をする。



「…まあ、そこまで言うなら、許さない訳にもいかないわね。ですが、この詫びは、非常に高くつきますよ!!」


「そうですね。ハヤト様は選ばれた人間。創造神様の加護を持ち、なおかつ『鑑定スキル』を本当にお持ちのようです。敵対するには相手が悪すぎますね。ですが、今の私達に対しての発言は、大きな代償が必要ですよ!!」



 条件付きながら、何とかシーザリオ様とメサイア様は矛を収めてくれた。



「あと…非常に重要な質問があります」



 シーザリオ様が顔を赤らめながらも、真剣な顔をして聞いてきた。



「ハヤト様はどこまでの鑑定が出来るのでしょうか?正直に言って…私のプライベートな事まで、ハヤト様にはお分かりなのか…。あの…女性としては…とても気になります…」


「私も…何か全てを見透かされている様な気分です」


「どこまでと言われても…」



 俺はシーザリオ様とメサイア様の懸念を聞き、言葉に詰まった。



「わかりました。いつか皆に正直に話をしようと思っていました。いい機会です」



 俺はそう言うと、みんなをテーブルの周りに集めた。



「まずは…アレグリア」


「私っ!?」


「そう…アレグリア。君に謝らなくてはいけない事がある。俺は『鑑定スキル』について、嘘をついていた事があるんだ」


「えっ!?嘘…。本当は『鑑定スキル』を持っていないとか?」



 いきなり話を振られたアレグリアは戸惑っていた。



「そうじゃない。初めて森の中で会った時の事を覚えてる」


「えぇ…忘れないわ。私の人生を変えた出会いですもの」


「その時についた嘘。アレグリア、君の事が少しだけわかってしまうと言ったけど…」


「言ったけど?」


「ごめん、アレグリア。俺の鑑定スキルを使うと全てが分かってしまうんだ。アレグリアの生きてきた16年間の全ての情報が…俺の頭の中に入ってくる」


「……………」



 アレグリアは思ってもみなかった『鑑定スキル』の内容の上方修正に言葉を無くした。






【シーザリオ視点】


(私も将来、お二人の様な素敵な女性になりたいです…か、年下の子に目の前で言われると、正直照れますね)



 私はアレグリアの言葉に照れながらも平静を装います。


 そして私は気分が良くなり



「ま、まあ…アレグリアもさらに努力を重ねれば、みんなから憧れる存在になれるでしょう。男など選り取り見取り、選びたい放題ですよ」



 と、いかにも『私はたくさんの男から言い寄られていて困っている』という雰囲気を醸し出して言ってしまう。本当は恐れられて、近寄っても来ないのですが…。一瞬、メサイアからのツッコミがあるかと思いましたが、メサイアはメサイアで、ありもしない縁談話をでっち上げていました。似た者同士というやつですかね…。


 が…しかし、ここでハヤト様からとんでもないツッコミが!?



「あははっ!!二人とも冗談がうまい。経験豊富な大人の女性のふりをして。お二人とも男性と一度も付き合った事が無いでしょう!!当然、ファーストキスさえもした事が無いじゃないですか!!」



 私は一瞬、何も考えられなくなるほどの衝撃を受け、すぐに恥ずかしくてこれ以上ないというほど、顔を赤くしてしまうのでした。



【メサイア視点】


(シ、シーザリオ、今、何とっ!?まるで自分があこがれの対象であり、男から言い寄られて困っていると聞こえるような事を…。気は確かですか?あなたも自分が陰で何と言われているか知っているでしょう。視察のたびに、地元の高ランクの冒険者を半殺しにするので、付いた二つ名が『狂乱のシーザリオ』ですよ!!誰も恐れて近寄ってこないじゃないですか!!)



 私はシーザリオの見栄に頭を痛める。しかし、アレグリアの私達を見る純粋で真っ直ぐな視線を、失望に変えるわけにはいきません。


 私は思わず、ありもしない縁談話をでっち上げてしまいました。


 いえ、正確に言うと数年前までは多少あったのです。縁談話が…これでも公爵家の娘なので…。しかし『私に剣で勝たなければお嫁には参りません』と言い、毎回、相手を『ボコボコ』にしてしまい、20歳を過ぎてからは一度たりとも、縁談の話は来なくなってしまいました。



(ふふふっ、噓も方便ですわ。これでアレグリアが、さらに修練を積んでくれれば良いという事…シーザリオと比べれば可愛いものですよ)



 そんな事を思っているとハヤト様が



「あははっ!!二人とも冗談がうまい。経験豊富な大人の女性のふりをして。お二人とも男性と一度も付き合った事が無いでしょう!!当然、ファーストキスさえもした事が無いじゃないですか!!」



 私は脳天を弓で撃ち抜かれた感じがし、しばらく身動きが取れなくなってしまいました。



【アレグリア視点】


「あははっ!!二人とも冗談がうまい。経験豊富な大人の女性のふりをして。お二人とも男性と一度も付き合った事が無いでしょう!!当然、ファーストキスさえもした事が無いじゃないですか!!」


(ふぁ!?…な、なんて事を…)



 私はハヤトがシーザリオ様とメサイア様に言い放った言葉を聞いて耳を疑った。


 確かにこの世界は処女のまま結婚する人が多い。庶民はそうでもないが、特にメサイア様のような貴族のご令嬢は極めてその傾向が強い。


 しかし、今の発言は…禁句。



(ハヤトは知っているのかしら…。この世界の女性の大半が十代で結婚する事を…。20歳を超えると、言葉は悪いが『行き遅れ』と呼ばれる事を…。シーザリオ様とメサイア様は共に21歳…非常に微妙なお年頃という事を…)



 ハヤトが『助けてくれ』という視線を私に送ってきた。



(イヤ、イヤ、イヤ、イヤ。無理だから!!この状況で年下の私にフォローされたら、シーザリオ様とメサイア様の立場が…)



 私はハヤトの無茶ぶりに焦りまくるのでした。




 

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