第51話 談合

「ふぅ~、さあ戻るとするか…」



 外でお茶を飲み終わると、気を引き締め直し『ベガ』の中へ入っていく。ここからは、いかにシーザリオ様の信用を勝ち取って、お互いの信頼関係を作っていくかという交渉が始まる。



(んっ!?)



 様子がおかしい…。


 俺がテーブルまで戻ると、シーザリオ様とメサイア様が直立不動の姿勢で待っていた。


 

(なっ、何があったんだ!?)



 俺はどうしていいか分からず、無言で二人を見つめる。



「申し訳ありませんでした!!」



 二人が声を合わせ陳謝する。



「はっ!?」



 俺は訳が分からず戸惑う。目の前には、頭を90度まで深々と下げている王家筆頭魔術師のシーザリオ様と従者のメサイア様がいる。本来、俺なんかに頭を下げてよい人間ではない。



「ま、まさか…ハヤト様が使徒様とは…今までの無礼な振る舞いや物言いは、心からお詫びいたします。どうか、私とメサイアをお許しいただけないでしょうか…」



(…しまった)



 使徒様という単語が出て来たので、大体の察しはついた。



(またリスグラシューか…。使徒では無いと何回も言っているのに…もう許さん!!)



 俺はキッチンの方に目を向ける。


 リスグラシューが柱の陰に隠れながら、こちらの様子を窺っていた。そして目が合う。


 俺は眼力を強め



(余計な事はするな!!)



 と、リスグラシューに対して怒りのメッセージを送る。あまりこういう事は好きでは無いが、やむを得ない。ここは『ビシッ!!』と言っておかなければ…。


 しかし、何を勘違いしたのか…当のリスグラシューは満面の笑みを浮かべながら片目を閉じて、親指を立てサムズアップなどをしている。



(…ヤベッ、むっちゃ可愛い!!)



 俺は笑顔でサムズアップをするリスグラシューを見て、怒る気力を一瞬で失ってしまった。我ながら情けないとは思う。しかし、あの笑顔を見たら、皆そうなる事だろう。


 リスグラシューの事は諦めて、再度シーザリオ様の方に視線を移した。


 シーザリオ様は先程までの威厳のある態度からは一転し、笑みを浮かべ、今にも揉み手でもしそうな感じになっていた。



「普通にしていただけますか…」


「そ、そういう訳には…」


「お願いします!!」


「は、はい!!」



 直立不動で答えるシーザリオ様を見て



(はぁ~、全然普通じゃないよ)



 と、ため息をつく。



「でっ、リスグラシューから何か言われたのでしょうけど、気にしないでくださいね。あの娘は少し思い込みが激しいところがありまして…。料理に関しては天才的なのですが…困ったものですよ」


「その料理の才能もハヤト様に見出されたとか…。それに剣を使い、Fランクの冒険者だったアレグリアに槍を勧めたのもハヤト様だとか…」


「まあ、そうですけど…」



 シーザリオ様は一度眼を瞑り、呼吸を整えた後、何かを決意したような表情をして言う。



「ハヤト様は『鑑定スキル』を持っておいでなのではありませんか?」


「…シーザリオ様、あなたは8歳の時、戦争で両親を失った。幼いあなたはお金も無く、奴隷落ち寸前のところで、先代の王家筆頭魔術師に見出され、魔法の才能を開花させた」


「……………」



 驚きの表情をし、無言で聞いているシーザリオ様。



「血のにじむ努力により才能を伸ばし、今の地位を手に入れた…が、王家筆頭魔術師の地位を返上したいと思い悩んでいるところ…ですよね」


「や、やはり『鑑定スキル』をお持ちなのですか!?しかし…こんなに細かい事まで分かるものなのですか…」



 俺は淡々と続ける。



「先代との約束で、現王が退位するまでは支えてほしいとお願いをされている」


「その通りです」



 シーザリオ様は苦い表情で答える。



「束縛されるのが好きでは無いあなたは、本当は領地なども必要なく、冒険者の様に自由に生きたいと思っていますね」


「はい。しかし、小さいとはいえ領地には領民がいます。放置するわけにもいきません」



 自分の理想の生き方と置かれている立場で苦悩しているシーザリオ様。根がまじめで責任感が強いために投げ出す事ができず、全ての責任を自分で抱え込んでしまっているようだ。



(俺が21歳の時なんて、何も考えずに呑気に生きていただけだったよ。だけどシーザリオ様は責任を一人で背負い苦しみながらも、最善の道を模索している。素直に尊敬します)



 俺は苦悩しているシーザリオ様を見つめながら思うのだった。






【ハヤトのいない間の出来事…】


 ハヤトが席を外しても、重苦しい空気が漂うが、ここでリスグラシューが口を開く。



「シーザリオ様、メサイア様。私は本日の料理を作らせていただいた『ベガ』の料理人のリスグラシューと申します」



 そう言い、二人に頭を下げる。



「あなたが…。とても美味しい料理でした。特に今までに見た事の無い、斬新なアイデアに驚きましたよ」


「この料理は王都でも食べられません。大変に素晴らしい料理でしたよ」



 シーザリオ様とメサイア様がリスグラシューの料理を絶賛する。そして、この場の空気も少し和らいだ。


 リスグラシューは『ニッコリ』と微笑み



「私はつい最近まで、料理を作った事が一度もありませんでした」


『!?』



 シーザリオ様とメサイア様が驚き、リスグラシューが語りだす。



「私はアングラード家の娘で、先日、縁談を断った事により、アングラード家から追放されました。そして絶望をし、このリーズまでやってきました。希望もお金もすべてを失い『消えてしまいたい』と街を彷徨っていた時、ハヤト様に出会いました」


「アングラード家の娘…」


「アングラード…侯爵家か…」



シーザリオ様とメサイア様が再び驚きの表情でリスグラシューを見る。



「そして、私はハヤト様に出会い、救われました。私には才能があると…料理の才能があると教えて頂いたのです。私だけではありません。ここにいるアレグリアさん、ジュリアさんも、当然アパパネも…。全員、ハヤト様に才能を見出されたのです」


『……………』



 真剣な顔をし、無言でリスグラシューの話を聞くシーザリオ様とメサイア様。


 ここでアレグリアが口を開く。



「シーザリオ様、私がFランクだという事を、不思議に思っていましたよね。私はずっと剣を使っていたのですが…ハヤトから『剣術の才能は無いから槍を使うべきだ』と言われたのです。そして最近…本当に最近、槍を使い始めたんですよ」


『……………』



 無言で聞いていたシーザリオ様が口を開こうとするも…リスグラシューが



「言いたい事は分かりますが、これ以上の事は私達の口からは言えません。直接ハヤト様に聞かれる事をお勧めいたします」


「…そうですか。しかし…はぁ~…」



 シーザリオ様は大きなため息をついた。



「そして、もう一つ」


『まだ、何かあるのですか!?』



 リスグラシューの言葉にシーザリオ様とメサイア様が『もう勘弁して!!』という顔をして言う。



「私達はハヤト様との出会いを、生まれた時から定められた運命と思っています。私が家から追放されたのも、あらかじめ定められた運命。アレグリアさんとジュリアさん、そしてアパパネも…。そして…シーザリオ様とメサイア様、あなた達二人も!!ハヤト様との出会いは、生まれた時から創造神マリア様が定められた運命なのです!!」


『マリア様が!?』


「先程、ハヤト様から伺いましたよね。マリア様の加護をお持ちだという事を…。精霊様の加護を持つ者すら稀というのに…。お二人はお疑いですか?」


「い、いや…疑ってなど…。ハヤトが持つ雰囲気などである程度は予想はしていました」


「…ハヤト…とは?」



 シーザリオにハヤトと呼び捨てにされ、一瞬、険しい顔をするリスグラシュー。



「ハ、ハヤト様!!」


「そうですね。使徒様を呼び捨てにしてはいけません。呼び捨てにしていいのは、ハヤト様を助けられたアレグリアさんだけです」


『し、使徒様!?』


「はい。間違いなくハヤト様はマリア様の使徒様。加護を持つというのはそういう事なのです。水の精霊様の加護を持つシーザリオ様にはお分かりになるのではありませんか。ハヤト様はマリア様から、何らかの使命を託されてこの世界に降臨した使徒様である事は間違いありません。そしてお二人は選ばれました」


『え、選ばれた!?わ、私達が使徒様であるハヤト様に…選ばれた!!』



 リスグラシューの話術にはまり込むシーザリオとメサイアの二人。徐々に前のめりになって話に食らいつく。



「私が言うのもなんですが…。お二人はこの国の為に働いていて幸せですか?一部の人間が利益を独占し続けるこの国、この世界の為に働いて…」



 思うところがあるのだろう。二人は唇をかみ、うつ向いた。



「さあ、私達と一緒にハヤト様にお仕え致しましょう。使徒様たるハヤト様に、身も心も捧げるのですよ!!」



 目を閉じて考える二人。



「み、身も心も…ど、ど、どうしましょう!?」


「ハヤト様は受け入れてくれるでしょうか?」


「心配なさらなくてもよろしいですよ。ハヤト様はお心の広いお方です。きっとお二人を受け入れてくれます」



 シーザリオとメサイアの不安をリスグラシューは自信をもって否定する。実際のところ、この自信は思い込みで何の根拠もないのだが…。


 シーザリオとメサイアが何かを決意した目をして立ち上がる。



『私達も使徒様であるハヤト様にお仕え致しますわ!!』


「素晴らしい、本当に素晴らしいですわ!!」



 アレグリア、ジュリア、リスグラシュー、アパパネにシーザリオとメサイアが手を取り合い頷き合う。



「では、私とメサイアはすぐにこの国の貴族の地位を返上し、ハヤト様の元へ…」


「待ってください。その手は悪手です」


『えっ!?』


「まずは今のままの地位で、人材探しを引き続き行ってください。現状、大きな事を成し遂げるにしては、あまりにも人材が足りません。この国の優秀な人材を根こそぎ引き抜くぐらいのおつもりでお願いします」


「わかりました。私達が『これは』と思った人物をハヤト様に紹介し、鑑定…いえ、判断をしてもらう事にしましょう」


「ふふふっ、お願いいたします」



 ハヤトのいないところで、リスグラシューとシーザリオの話がまとまる。


 そしてハヤトが呑気な顔をして席に戻ってくると、シーザリオとメサイアは、直立不動で出迎えたのだった。





 

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