第39話 一を聞いて十を知る

 次の日は朝からリスグラシューと生パスタ作りを行う。乾燥パスタがあれば便利なのだが、そんな物は存在しない。というか、麺類自体が存在しないのである。



(麺類が無い世界なんて…考えられない!!)



 パスタはもちろんの事、ラーメンやうどん、そばも無い。耐えきれないんだよ!!





「リスグラシュー、これからパスタという食べ物を作ってもらうから。これは小麦粉に卵、油、塩を加え練る…と思う。そして出来上がったものを伸ばして細く切る…と思う。この細く切った物が生パスタだ。でっ…その生パスタをお湯で茹でる。最後に別に作ったソースと絡めて完成だ。どうだ…簡単だろう?」



 俺は心の中で自身の料理に対しての知識の無さを恥じる。



(こんな説明で美味しいパスタが出来るはずがあるわけ…)



「なるほど…わかりました!!」


「わ、わかっちゃった!?」



 俺はリスグラシューの言葉に驚いて大声を出してしまった。



「えっ!?ハヤト様の説明を聞いてイメージが湧いてきました。とりあえず、生パスタといわれる物を作ってみますので、ハヤト様はソースのレシピを何種類か紙に書いておいてくれませんか。細かく具体的にではなく、大雑把でいいのでお願いします」


「…はい、わかりました。よろしくお願いいたします」



 俺は思わず敬語になってしまった。



(天才は一を聞いて十を知るというからね。俺のいい加減な知識を…いや、自分なりに一生懸命に思い出してはいるのだが…。リスグラシューの自信に満ちた表情を見るだけで期待が高まるというものだ)



 俺は記憶に残るパスタのソースを紙に書いていく。ソースの作り方までは分からないが、おおよその材料と味のイメージを出来るだけ具体的に…。ただ残念な事に俺はラーメン派でパスタの事はあまり詳しくは無かった。


 トマトソースにミートソース、ナポリタンに…カルボナーラ。あとはペペロンチーノぐらいしか知らない。



(…仕様がない。まずはこの五種類を作れるように頑張ってもらおう。それからリスグラシューが独自にアレンジをしていけばいい。そうだよ…丸投げに限る。見せてもらおうか、料理の才能とやらを!!)



 俺は俺にとって都合の良い事だけを考える。非常に無責任とは思うが、才能がない奴が頑張れば頑張るほど、物事はうまくいかなくなるものだ。



(俺の出来る事は限られている。リスグラシューに最低限の知識とイメージを与える事だけ。あくまでもサポート役)



 そう思いながら、レシピらしいものを書き上げていく。


 

「う~ん…どうだったかなぁ~」



 俺がテーブルで頭を悩ませていると



「ハヤトさん、どうぞ」



 アパパネがお水を持ってきてくれた。



「ありがとう、アパパネ。エプロン姿が可愛らしいね!!」


「恥ずかしいですよ!!」



 顔を赤くして給仕の練習に戻るアパパネ。アパパネは今、ジュリアさんに給仕の基本を叩きこまれているところ。



「どう?ジュリアさん。アパパネのほうは?」


「どうって…呑み込みが早くて驚いているわよ!!何ていうのか…一つの事を教えると、自分の頭で考えて、それ以上の事をやってしまう感じよ…」


「そうですか。実はリスグラシューもそんな感じなのです」


「そうですか…才能があるっていいわね。私みたいな凡人には羨ましい限りです」


「えっ、言ってませんでしたっけ!?ジュリアさんの才能…」


「えっ!?…私にも才能があるのかしら?」



 お互いに顔を見合わせる。



「申し訳ありません。ジュリアさんは感性がずば抜けて豊かです。とにかくセンスが素晴らしいと感じます。この宿に置いてある備品一つを見ても感じる事ができますよ」


「まあ、本当に!!」



 ジュリアさんは満面の笑みを浮かべる。



(た、たまらん!!美しすぎる!!あなたの一番の才能はその美しさですよ)



 中身が32歳の俺にとっては36歳の美熟女未亡人はどストライクなのである。


 確かにアレグリア、リスグラシューも超絶美少女なのは間違いない。ただ、まだ

七分咲き。満開までは後2、3年は時間が欲しい。まだまだ成長途上なのである。



「ま、まあ、ジュリアさんは自分の感性を信じて、この宿を経営していけば、間違えはありませんよ」


「でも…今までも、そうして来たのだけれど…」


「今までの『ベガ』は武器が無く、丸腰で戦っていたようなものです。いくらジュリアさんの感性が優れていても、武器を持っている敵には勝てませんでした。でも、リスグラシューの料理という武器を得て、ジュリアさんの感性と融合すれば…」


「融合すれば?」


「大繁盛、間違いなしですよ!!」


「そっか…そうね!!そしたらハヤト君のお役に立てるわよね?」


「も、もちろんですよ!!でも、リスグラシューのいう事は無視してくださいね。俺は使徒でも何でもなく…」


「あぁ!!ハヤト君のお役に立てる。こんな嬉しい事はありません!!」


「……………」



 ジュリアさんの嬉しそうな表情を見て



(も、もう、ダメかもしれんね。ジュリアさんの中では完全に使徒様になってるよ)



 と思うのだった。






【リスグラシュー視点】


 ハヤト様のパスタなる食べ物の話を聞きながら、頭の中でイメージを膨らませる。


 正直に言うと、ハヤト様の話は最初だけ聞くだけで、不思議ですが勝手に頭の中でイメージが膨らんでいくのです。まるで以前からパスタなる食べ物を知っているかのように…。



(こ、これが才能…早く作りたくて仕方がありません!!最初から完璧には作れないとは思いますが、ある程度、美味しい物が作れるという自信があります。他人から見れば、根拠のない自信と言われるかもしれませんが…)



「なるほど…わかりました!!」


「わ、わかっちゃった!?」



 私がわかりましたとお答えしたら、なぜかハヤト様は凄く驚いておられました。



(うふふふっ、ハヤト様の驚いた顔、とても可愛かったです。では、始めから美味しいパスタを作り、もっと驚いてもらいましょう!!)



 私はソースのレシピを紙に書いておいてくださいとお願いし、パスタの調理に取り掛かるのでした。



【アパパネ視点】


(こんな私を拾ってくれた皆さんの為に頑張らなくては…)



 私はジュリアさんの指導の下、給仕の仕事を覚えている最中です。自分でも不思議なんですけど、たまにジュリアさんから言われなくても、勝手に何をすればよいか分かってしまう事があるのです。



(ハヤトさんの言った通り、本当に給仕の才能があるのかもしれません)



 そんな事を考え、また給仕の練習に集中する。


 まだ幼い私にとって体力的に厳しい時もありますが、頑張ればジュリアさんが



「凄いわ、アパパネちゃん!!」



 そう言って褒めて、抱きしめてくれる。まるでお母さんに褒められているようで本当に嬉しくて仕方ありません。


 昨日の夜、寝付けないのではと心配をしてくれたジュリアさんが



「アパパネちゃん、一人で心細くない?良かったら一緒に寝ない?」



 と言ってくれた。



(嬉しくて、本当に嬉しくて…)



 ジュリアさんと寝る布団の中はとても暖かく『あっ』という間に眠りに落ちてしまいました。



(もっと、もっとジュリアさんとお喋りしたかったのに…)



 気が付いたら、もう朝になっていたのでした。



 




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