第38話 泣き崩れるアパパネ

「もし良ければ、この宿で働いてみない?」



 とりあえず話だけと言っていたジュリアさんが、いきなりスカウトに乗り出した。



「ここで働いたら、このお姉ちゃんの料理がいつでも食べられるわよ!!」



 アレグリアが料理で釣ろうとする。



「毎日お腹一杯に食べられるわ」



 リスグラシューが畳みかけて言う。



「えっ!?…えっ!?」



 いきなりの事で、女の子は戸惑っている。



「わたしは何もできない子供です…。本当にこの宿で雇っていただけるのですか?」


「もちろんよ。最初は見習いとしてだけど…。住むところと食事は保証しますよ」


「ほ、本当に信用しても…信用してもいいんですか?役立たずな子供だと言って、追い出したりしませんか?」



 過去にそういった経験があるのだろう。今にも泣きそうな顔をしてジュリアさんに聞く。かなり悲惨な目にあってきた事がわかる。他人を信用できないみたいだ。子供が一人で生きていくには、厳しい世界である。



「もちろんよ」



 ジュリアさんはそう言って、女の子を優しく抱きしめる。



(ジュリアさんの抱擁は効果抜群なんだよなぁ…)



 一度経験した俺はしみじみと思い出した。


 女の子は涙を流しながら



「い、一生懸命に働きますので、私を雇ってください!!」



 とジュリアさんに向かって頭を下げた。



「よかったわ~!!じゃあ、決定でいいわね。私はジュリア。この宿の主よ」


「やった~!!私はアレグリア。よろしくね!!」


「私はリスグラシュー。あなたと同じ『ベガ』の見習いです。よろしくお願いします」



 みんな喜びの言葉と自己紹介を次々と言っていく。そして女の子は、一人一人に丁寧に頭を下げ、挨拶をしていった。



「俺はハヤト。この宿にお世話になっている異世界人だ。よろしくな、アパパネちゃん!!」


「い、異世界人!?」


「内緒だよ!!」


「は、はい。えっ!?ど、どうして…私の名前を!?」


「悪いとは思ったんだけど、アパパネちゃんを鑑定させてもらったんだ」


「鑑定…ですか?」


「俺は『鑑定スキル』をもっているんだ。わかるかな?」


「スキル…スキル!!凄い人なんですね」


「スキルは凄いけど…俺自身はなにも凄くはないよ。アパパネちゃん、ここで働いてくれて、本当にありがとう」



 俺はアパパネに対して、心から感謝して頭を下げた。



「私みたいな子供に、頭を下げないでください!!」



 大慌てのアパパネ。



「子供とか大人なんて関係ないよ。アパパネちゃんは『不遇の人生』の中でも、他人に迷惑をかけずに一生懸命に生きてきた。それは人間として尊敬に値する事だと思うよ」


「うっ…うぅっ…」



 アパパネは流れ落ちそうな涙を必死に堪えようとする…が



「う、う、うわぁ~~~!!」



 今までの辛い思いや、初めて人の優しさに触れて耐えられなくなり、大声を出し泣き崩れた。


 俺とジュリアさんとアレグリア、そしてリスグラシューは、そんなアパパネを泣き止めまで優しく見守るのであった。






「ごめんなさい。感情が押さえきれなくなってしまいました」



 アパパネは少しうつ向きながら言う…が、その顔は非常にすっきりしていて、やる気に満ちた表情になっていた。とても12歳の少女とは思えない。



「よし。私が部屋に案内してあげるわ。お母さん、空いてる部屋ならどこでもいいわね」



 そう言ってアレグリアがアパパネの手を取り、部屋に連れていった。



「あぁ~、私も行きます!!」



 リスグラシューも二人の後を追って、階段を上がっていった。


 俺はジュリアさんと二人きりになり、謝罪をする。



「人を雇うのは様子を見てからのはずだったのに…申し訳ありません」


「初めは見習いですし…雇うと決めたのは私ですから、問題無いわよ。ところでアパパネちゃんには何をしてもらえばいいのかしら?」


「ごめんなさい。まだ言っていませんでしたね。彼女には給仕をやってもらいます。俺のいた世界では、プロの給仕という仕事がありまして、彼女には一流の給仕になる資質があります」


「じゃあ、私と一緒に給仕の仕事をすればいいのね」


「いえ、給仕はアパパネを中心で、ジュリアさんはあくまで手が足りない時だけにしてください。ジュリアさんは全体を見て指示を出すというのが理想だと思います。まあ、問題が出てくれば、その時々で修正していく感じで良いと思います」


「わかったわ」



 ジュリアさんとの話が終わった頃、三人が大騒ぎしながら一階に降りてきた。完全に打ち解けるまでには時間がかかるだろうが、良好な関係を築けそうな感じで安心をした。






【アパパネ視点】


「もし良ければ、この宿で働いてみない?」


「ここで働いたら、このお姉ちゃんの料理がいつでも食べられるわよ!!」


「毎日お腹一杯に食べられるわ」



 三人の女性達が信じられない事を言ってきた。



(私は夢を見ているのか…。そんな事をいきなり言われても信じられない)



 私は正直に言って戸惑いを隠せないの。過去に何度も酷く、惨めな思いをしてきました。でも…人を信じたい、優しさに触れたい気持ちもあります。



「ほ、本当に信用しても…信用してもいいんですか?役立たずな子供だと言って、追い出したりしませんか?」



 思わず、そう聞いてしまいました。


 ジュリアと呼ばれていた女性は気を悪くもせず、私を優しく抱きしめてくれました。



(あっ!?………お、お母さん!!)



 抱きしめられた私は、もう忘れかけていたお母さんのぬくもりを思い出しました。そして私は流れ落ちる涙を止める事が出来なくなってしまいました。



「い、一生懸命に働きますので、私を雇ってください!!」



 私は心からそう思い、お願いするのでした。



【ジュリア視点】


(ふふふっ、アレグリアの数年前を思い出しますね。今では生意気な事も言いますが、12歳の時は本当に可愛かったですね)



 私はアレグリアの子供の時を思い出し、アパパネを見つめていた。


 そして彼女を『ベガ』に迎え入れようと決意しました。私はもちろん、アレグリアとリスグラシューも同じ気持ちのようで、とても嬉しく思いました。



「ほ、本当に信用しても…信用してもいいんですか?役立たずな子供だと言って、追い出したりしませんか?」



 彼女の言葉に



(今まで一人ぼっちで頑張ってきたのね)



 と思い、涙を堪える彼女を自然と抱きしめてしまいました。


 彼女は私の胸の中で泣きじゃくっています。



(アパパネ、私をお母さんと思って甘えてもいいのよ。もう一人じゃないからね。アレグリアもリスグラシューもいる。そしてハヤト君も…)



 私は彼女が泣きやむまで、優しく抱きしめ頭を撫で続けました。



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