第33話 天才料理人の片鱗

 その日の夕食から、リスグラシューが食事を作る事になった。しばらくはジュリアさんかアレグリアが作り方等のアドバイスをする。あくまで横でアドバイスをするだけ…手は出さない。


 俺はリスグラシューの料理を楽しみにして、テーブルで夕食ができるのを待っている。



(あのスープの出来から考えれば、美味いに決まってる!!やっとこれで不味い《ジュリアさんとアレグリアごめんね》料理から解放されるに違いない)



 待ちきれない!!ウキウキしながら待つ時間は物凄く長く感じられた。



「おまたせ~!!」



 ジュリアさんとアレグリアが出来立ての夕食を運んできてくれた。



「二人は手を出してないよね!!」



 俺は思わず、言ってはいけない事を口にしてしまった。



『それ!?どういう事!!』



 ジュリアさんとアレグリアにほっぺをつねられてしまった。



「ご・め・ん・な・さ・い…」



 俺はほっぺをつねられながら二人に謝る。



『反省しなさい!!』



 二人はそうは言ってはいるが、顔は凄く優しい表情をしている。怒っている気配はまるで無く、まあ…何というか…三人のじゃれ合いみたいなものである。こういうのが結構楽しい。


 テーブルに見た目はいつもと同じメニューが並ぶ。堅そうなパンとスープ、それにお肉と野菜が並んでいる。パンだけは、すぐには焼けなかったので、いつもと同じものだった。


 リスグラシューもキッチンから移動してきて、みんなが席に着いた。



「リスグラシューさんの初めての料理よ。楽しみね!!」



 ジュリアさんの言葉に少しだけ恥ずかしげな顔をするリスグラシュー。



『いただきます!!』



 俺はまずスープを一口…。



「う、うまい!!」



 俺は一口だけのつもりが、止まらくなり一気に飲み干してしまった。



「ス、スープが無い…」



 今、自分が飲み干したのに、まるでスープが勝手に蒸発して無くなってしまったかのような錯覚に陥ってしまった。



『スープが無くなってしまったわ!?』



 アレグリアとジュリアさん、それに作った本人のリスグラシューまで、俺と同じ事を言っている。


 俺は期待に胸を膨らませて肉を切る。



「えっ!?」



 ナイフに力を入れなくても『スッ』と切れた。



「これ…昨日までと同じ肉ですよね?」


「は、はい。間違いなく同じ肉ですよ」



 俺は思わず、ジュリアさんに確認を取った。



「ゴクンッ…」



 俺は一度、唾を飲み込んでから、肉を口に運んだ。



「…程よい塩味。そして焼き加減が…絶妙だよ」


「昨日までと同じ肉なの!?嘘でしょう…」


「宿泊価格…値上げを検討しませんか?」


「あ、ありがとうございます。でも…何と無くで焼いただけなので…」



 リスグラシューは俺とアレグリア、そしてジュリアさんの絶賛の声に戸惑う。



「………ジュリアさん。メインの価格、一泊二食付きで一万五千エンというのは、保留にしておきませんか?」


「私もそう思います。このレベルの料理を提供できるなら安すぎますね」



 俺とジュリアさんは顔を見合わせて頷く。そして…『ニヤリッ』と笑う。



「ハヤトとお母さん…凄く悪そうな笑顔をしてる…」



 若干引き気味のアレグリア。


 俺とジュリアさんは一旦、悪巧みを止めて食事を進める。リスグラシューの作る料理は素晴らしく、これからどれだけ成長するのか、凄く楽しみである。






「おはよう」



 翌朝、俺は足取りも軽やかに、自室を出てダイニングまで降りてきた。16歳の体は素晴らしい!!朝の寝起きの時に一番感じる。体が軽く『スッ』とベッドから出られる…32歳の体とは比べ物にならない。


 俺は16歳の体に感謝しつつ、みんなと朝食をとる。


 今朝はリスグラシューがアドバイス無しで、ほとんど作ったらしい。まあ、朝食は具だくさんのスープだけなので、昨日の応用で作れたようだ。



(俺は料理の事は詳しくないが、俺が記憶している事を教えれば、あとは勝手に最高の料理を完成させてくれるに違いない。才能って素晴らしい!!)



 一緒に朝食をとっているアレグリアとジュリアさんも大変に満足そうだ。リスグラシューだけは、まだどことなく不安そうだが、すぐに自信が付くと思う。


 みんなで後片付けをして、一旦自室に戻り、買い出しに行く準備をする。


 準備ができ、一階の受付に降りていくと、意外にも俺が一番最後だった。



「ハヤト遅いよ~」



 アレグリアが『待ちくたびれた』という顔をして言った。



「…アレグリア…その格好は?」


「何かおかしい?」


「戦闘服じゃねぇか!!」


「ふふふっ、今の私にこの服よりも似合う服は無いわ!!」



 俺は16歳の美少女にふさわしい、おしゃれな服を期待したのだが…。これでは休日はいつもジャージのおっさんと何も変わりない。



「全く…しようがない娘でごめんなさいね」



 ジュリアさんも眉間にしわを寄せ、呆れた顔をしていたのだった。






【リスグラシュー視点】


(ハヤト様が私のスープを口にする。あぁ…なんかドキドキします)



 私はハヤト様が一口食べた後、感想を聞こうとしますが…。猛烈な勢いでスープを食べきってしまいました。そんなハヤト様の様子を見ていたジュリアさんとアレグリアさんもスープを口にすると…。一瞬で食べきってしまいました。



 『スープが無くなってしまったわ!?』



 二人は声を合わせて言った。



(私に自信を付けさせるための演技でしょうけど…。さすがにそれは大袈裟すぎますよ。でも、そのお気持ちは嬉しく思います)



 私はそんな事を思いながら、スープを一口…。



 『スープが無くなってしまったわ!?』



 あまりのおいしさに自分でも驚き、二人と全く同じことを言ってしまいました。



(このスープを作った人は料理の天才かもしれない!!)



 私は自分で作った事を忘れるほどの衝撃を受けたのでした。

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