第32話 戦略会議

『戦略会議?』



 アレグリアとジュリアさんは首をかしげている。



「そうだよ。ただやみくもに行動しても効率が悪いからね。難しく考える必要は無いよ。大まかな目標や方針をあらかじめ決めておこうという話だよ」


「何と無くはわかりますが…」



 リスグラシューもいまいち『ピン』と、きてはいないようだ。



「まずこの宿『ベガ』は大きく変わると思う。天才料理人リスグラシューが来たので、これからお客さんが増えていくと思う」


「て、天才料理人なんて!?」



 恥ずかしがるリスグラシュー。しかし…まんざらでもなさそう。



「ジュリアさん、リスグラシューの料理が評判になり、お客さんが増えたと仮定して、ジュリアさん一人で宿のサービスを維持できますか?」


「…無理だと思います。以前の様に宿泊客だけではなく、食事だけのお客さんも受け入れたとしたら、とても一人では…」


「前は私が掃除をしたりしてたけど、今は私も槍の修練や冒険者の依頼をこなしてランクを上げないといけないから、手伝う事は難しいと思うわ」



 ジュリアさんもアレグリアも人手が足りなくなるという事は理解している。では人を雇えばいいかというと、なかなか難しいところだ。



「ハヤト君、人を雇いましょうか?」



 当然、ジュリアさんも人を雇う事を考えるだろう。



「う~ん、人を雇うのは、少し様子を見てからにしませんか。リスグラシューの料理の才能は間違いない。でも…美味しい料理を作ったとしても、すぐに評判になってお客さんが殺到するかは分からないのです」



 前世の経験からして、美味しい物を作ればお客さんが勝手に来てくれるわけではない。そんな甘いものではない。料理の味はもちろん、立地や宣伝、値付けなどの要素が上手くいかないとお客さんは来ない可能性が高い。



「そうねぇ~。人だけ雇ってお客さんが来なかったら…困るわね」


「この宿はおしゃれで立地は物凄くいいです。ですから宣伝をして、値付けを適切な価格にすれば、かならずお客さんは来ると思うのですが…。時期までは予想できません。一か月後かもしれないし、一年後かもしれない」



 さすがに鑑定スキルを使っても、こればかりはわからない。



「じゃあ、お母さんとリスグラシューさんの二人で、対応できるくらいのお客さんに制限をしたらいいんじゃない。絶対に客室分のお客さんを入れないといけない訳でもないんだし…」



 アレグリアの提案を聞き、考え込むジュリアさん。



「リスグラシューさんの料理が評判になると仮定して、思い切って値上げをするという策もあると思うわ。今は素泊まりが五千エンなの。この値段はかなり安い値段設定なのよ。お客さんが来ないから値下げしていったの…。思い切って…一万エンにするとか…」



 俺はジュリアさんの案に興味が湧いた。確かに良い策だと思う。



「もちろんリーズに商売に来る人がターゲットとして、素泊まり一万エンという価格は適正なんですか?」


「素泊まりだと…まあ、九千エンくらいで、一食付きになると一万エンが適正だと思うわ」


「一泊する商人をターゲットにするとして、夕食と朝食の二食付きで一万五千エンではどうてすか?」


「周りの宿と比べれば、少し割高でしょうね。でも…良いと思うわ!!」


「じゃあ、とりあえず一泊二食付きで一万五千エンがメインの価格という事でいきましょう!!」


「そうね。問題があればその時に変えればいいんだし…この案で行きましょう!!」



 宿の主であるジュリアさんが承認し決定した。



「次に提供する料理の事だけど…。俺が生きていた世界の料理、異世界料理を出してみませんか?」


『異世界料理!?』



 みんな驚いているが、リスグラシューが興味を示した。



「ハヤト様は料理の事がわかるのですか?」


「ごめん。詳しい事はわからない…。でも、ある程度の事ならわかる。ある程度の事をリスグラシューに教えて、研究や工夫をして作り上げるんだ!!」


「ま、丸投げ…ですか?」


「経験上、才能がある人間が努力しないと上手くいかない。だから天才に任せる!!」


「お、お任せください!!きっとハヤト様のご期待に添える様に頑張ります!!」



 天才と言われ上機嫌のリスグラシュー。俺の丸投げを受け入れてくれた。



「一週間後、商人ギルドで知り合った受付のお姉さんに試食を頼んでみるよ。うまくいけば、『ベガ』をギルドに来る商人に、おすすめの宿として紹介してくれるかもしれない」


「わかったわ。一週間後ね」



 この案件もジュリアさんの承認により決定した。



「よし!!明日はみんなで買い出しに行こう!!」



 俺の提案に



「いいわね。備品も足りない物があるし…行きましょう!!」


「久しぶりに修練もお休みにするから…楽しみね!!」


「食材を揃えないと…まだわからない事ばかりだけど…なんか出来そうな気がします!!」



 と言って、三人とも『楽しみ!!』という顔をしてくれた。






【リスグラシュー視点】


(ふふふっ、料理の天才か!!とても素敵な響き)



 私はハヤト様やジュリアさん、そしてアレグリアさんが、私の作る料理に期待してくれているのが嬉しくてたまらない。


 しかし、高級店志向でいく事が決まり、若干の不安を覚えている事は否定できない。まだ試作を作っただけで、お客さんに食べてもらった事が無いのだから…。



(話はどんどん進んでいる。みんなの期待に応えるために努力しないと…)



 私はハヤト様に生きていく場所を与えられ『生き甲斐』というものを感じている。


 ハヤト様には感謝しかない。



(あぁ…この前、『消えてしまいたい』と思っていた事がまるで嘘の様だわ。マリア様、この出会いに感謝します。そしてハヤト様の理想の世界を作り上げるため、微力ながらお力添えさせていただきます)



 私は改めて誓いを胸に秘めたのだった。



【アレグリア視点】


(おぉ~!!異世界料理!!)



 私はハヤトの言葉に反応する。そして私の中に眠っていた『食いしん坊のアレグリア』が目覚めるのを感じていた。



(リスグラシューさんの作ったスープ…美味しかった。お父さんには悪いけど、今まで食べてきた料理とはレベルが違った。そのリスグラシューさんが作る異世界料理…期待せずにはいられない!!)



 私は無条件で毎日、リスグラシューさんが作る料理を食べられるのかと思うと、自然と顔が綻び、お腹が空いてくる感じがした。



(いやいや、食べ過ぎてはダメよ。動きが鈍くなってしまうわ。でも…私は体を動かすので一杯食べないと…)



 私は嬉しい悩みを抱えてしまったのであった。



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