第30話 ハヤト使徒説

「いくら侯爵様と言っても、合計40人の子供がいるとは…」


「ちょっと多すぎよねぇ~」



 アレグリアとジュリアさんが呆れている。



「い、いえ…40人では…ありません」


『えっ!?』


「非公式ですけど…あと10人ほどいると思われます。公表はされていませんが…」


『……………』


「あと…」


『ま、まだいるの!?』


「い、いえ。…でも側室、愛人、妾の数は年々増えていますし、子供のほうも増えていくと思います」



 三人の女性は沈黙する。



「まあ、女性の敵だね。みんなも自分だけを愛してくれる男性がいいだろう?」



 三人は俺が何気なく言った言葉に不思議そうな顔をしている。



「えっ!?どうしたの?」



 俺は少し驚いて質問した。



「誰も自分一人だけを愛してほしいなんて思ってないわよ」


「本当!?」



 アレグリアの言葉に再び驚き、思わず大きな声を出してしまった。



「ハヤト君の生きていた世界は違っていたの?この世界は力や財力のある人間は、多くの異性と関係を結ぶわ。それは男女は問わないわよ」



 ジュリアさんから衝撃の言葉が飛び出した。この世界は一夫多妻制、一妻多夫制だという事実。



「男性が多くの女性を娶る事は、女性にとっても誇れる事なのです。権力、武力、財力を持つ男性に認められた女性という証でもありますからね。これは男女が入れ替わっても同じ事が言えますよ」



 ジュリアさんが俺に分かりやすく説明してくれた。



「でも…多くの異性を囲っても、養えなくなってしまったら批判の対象となります。それは貴族だとしても避けられません。いえ、むしろ貴族のほうが責任を問われます。ですから…最近のアングラード家は評判があまり良くありません」



 リスグラシューが悲しそうな顔をして言った。



「じゃあ、分かりやすく言うと、アングラード侯爵は自身の力以上の女性を囲ってしまい、苦しくなってきた。その犠牲者がリスグラシューという事なのか…」


「…はい。恥ずかしながら」


「あなたが悪いんじゃないわ!!」



 アレグリアがテーブルを叩いて怒っている。



「そうねぇ~。リスグラシューさんは悪くないわ。でもね、物事は良い方に考えた方が上手くいくわ。ハヤト君に出会って料理の才能を見出されたなら、悪い事ばかりでは無いわ」



 ジュリアさんの言葉にリスグラシューが素早く反応する。


 俺には嫌な予感が…。



「ジュリアさん…素晴らしい!!侯爵家から追放されたのは、あらかじめ定められた運命。私の運命だったのです!!」



(また始まってしまった…)



 俺は余計な事をしゃべるなという顔をしてリスグラシューを見る…が、何を勘違いしたのか『ハヤト使徒説』をアレグリアとジュリアさんに熱く、熱く語りだしてしまう。


 俺はそんなリスグラシューを見て、頭を抱えてしまう。



「アレグリアさんとジュリアさん、あなた達はハヤト様が創造神マリア様の『使徒様』という事はご存じでしょうか?」


『使徒様!?』



 アレグリアとジュリアさんが驚きの表情で俺のほうを見た。



「使徒様じゃないから!!」



 俺は二人に『ハヤト使徒説』を全面的に否定をする。


 しかしリスグラシューは俺の言葉を無視して話を続ける。



「この世でただ一人。いえ、この世界で初めて創造神マリア様の加護を付与されたお方…それが『使徒ハヤト様』なのです!!」


「……………」



 アレグリアとジュリアさんは無言でリスグラシューの話を聞いているが、その熱い語り口により、段々と話に引き込まれている気がする。



(お、俺はただ普通に生きていきたいだけだよ。勘弁してくれ!!)



 しかし、リスグラシューの話は終わらない。



「そして、アレグリアさんとジュリアさん!!あなた達も特別な存在なのです!!」


『!?』



 明らかにアレグリアとジュリアさんの表情が変わった。



『リスグラシューさん。どういう事!!』



 二人は前のめりになって、リスグラシューの話に食いついてしまった。






【アレグリア視点】


(私はハヤトの事が好き。いえ…大好き!!)



 でもハヤトの言葉を聞いて、改めてハヤトが異世界人と実感した。そして少し不安になってしまった。



「まあ、女性の敵だね。みんなも自分だけを愛してくれる男性がいいだろう?」



 この価値観は理解できないわ。ハヤトの才能は唯一無二。妻を何人も娶ってもおかしくはない。



(もし…ハヤトが一人の女性しか愛さないとしたら、私は選ばれる事ができるだろうか?)



 今の私は、ただのF級冒険者、自信なんかない。不安が募る。



(よし!!ハヤトには何人も女性を愛せるような価値観を植え付けましょう。そのためには、リスグラシューさんにも協力をしてもらわなければ…)



 リスグラシューさんはハヤトの事を使徒様と崇め、崇拝しているように見える。当然、ハヤトが何人かの女性を娶る事に異論は無いだろう。


 しかし…問題がある。



(もし…お母さんが変な気を起こしたら…)



 私もさすがに母親と一緒に娶られるのは抵抗がないわけではない。


 そんな事を考えていた時



「そして、アレグリアさんとジュリアさん!!あなた達も特別な存在なのです!!」



 そうリスグラシューさんが言った。



(わ、わたしがハヤトにとって、特別な存在!!)



 私はリスグラシューさんの話が気になって、無意識のうちに話にのめり込んでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る