第29話 本採用決定!!

「ただいま~!!」



 アレグリアはいつものように大きな声を出して、ドアを開けて入ってきた。



「お腹すいた~!!…な、なに!?このいい匂いは!!」



 アレグリアは帰ってくるなり、リスグラシューの作ったスープの匂いを嗅ぎつけた。


 

「この美味しそうなスープは…」



 アレグリアは美味しそうなスープに釘付けになり、リスグラシューの事が見えていない。そんな娘を見てジュリアさんが頭を抱えている。



「このスープは『ベガ』の見習い料理人のリスグラシューさんが作ったスープですよ」


「み、見習い料理人!?」



 アレグリアは顔を上げ、俺の横に立っているリスグラシューを見た。



「リ、リスグラシューです。よろしくお願いします」



 深々とお辞儀をするリスグラシュー。元貴族のお嬢様とは思えない。


 そんなリスグラシューにジュリアさんがアレグリアを紹介する。



「この子はアレグリア。私の娘よ。今は冒険者として頑張っているわ」


「アレグリアです。歳は16歳よ。よろしくね、リスグラシューさん!!」



 そう言って、アレグリアはリスグラシューに手を差し出した。



「リスグラシューです。歳は15歳です。ハヤト様に料理の才能を見出され、ここに連れてきてもらいました。見習いですがよろしくお願いいたします。これ…よかったらどうぞ」



 リスグラシューはアレグリアと握手をし、今初めて作ったばかりのスープをアレグリアの前に置いた。



「おいしそう。いただきます!!」



 アレグリアは、まず一口スープを飲む。



「!?」



 そして一気に具を食べ、残りのスープを飲み干した。


 俺とジュリアさん、そしてリスグラシューがアレグリアの反応に注目した。



「本採用決定!!美味しすぎる!!」



 アレグリアがリスグラシューに向かって親指を立てながら言った。



「ちょっと!?アレグリア、早すぎますよ!!」


「お母さん、このスープ段違いに美味しかったわ。…正直に言って、お父さんよりも格段に美味しかった。それにハヤトのお墨付きまであるんでしょう。この先どれだけ成長するか…」


「はぁ~。わかりました。リスグラシューさん。本採用決定です」



 あっという間に本採用が決定してしまった。



「あ、ありがとうございます」


「良かったな。世界に『天才料理人リスグラシュー』の名前が広まるのも、遠い未来の話でもないだろう。アングラード侯爵を見返してやれ!!」

 

「…ハヤト様。もう侯爵家のリスグラシュー・ド・アングラードは死んだのです。今の私はただのリスグラシューです。母も他界していますし、何の感情もありませんよ…」


「そうか…。わかった」



 俺は多くは語らず、リスグラシューの気持ちを受け入れる。何も言うまい。



『ちょっと待って!!侯爵家ってどういう事!?』



 ジュリアさんとアレグリアが同時に声を出した。


 俺はリスグラシューに確認を取り、二人に事情を説明する。



「リスグラシューは元侯爵家のご令嬢だったんだよ。まあ、色々あって侯爵家を追放されてしまうんだが…」


「……………」



 無言の二人。だが『色々』の部分を聞きたいという顔をしている。


 リスグラシューは二人の気持ちを察知して、自身の事を語りだした。



「私は雇ってもらう立場なので、すべてを包み隠さずにお話します。私は…縁談を断ったのです」


『え、縁談を!?』


「はい。相手は72歳の老人です。大店の隠居の後妻という事でした。侯爵家の財務の安定、政治的影響力を強める事が目的の縁談です」


「私は平民だから難しい事は分からないけど…72歳でしょ!?私でも断るわ!!」



 アレグリアが断言する。


 ジュリアさんはもう少し思慮深く質問をする。



「侯爵家の内情がわからないから、迂闊な事は言えないけど…。そんな縁談をしないといけないくらい苦しい状態なの?」


「まあ、それなりに…。あとは今よりも影響力を強める事が目的です。それから…」


『それから?』



 二人が身を乗り出した。



「…娘の在庫処分的な考えもあります」


『ざ、在庫処分!?』



 予想外の答えに戸惑う二人。



「私も含め、侯爵家には21人の娘がいます。嫁いだ娘が4人。あと17人が残っているのです。息子のほうも19人いますから…なかなか厳しい事情があるのです」


「……………」



 リスグラシューの話を聞いて、アレグリアとジュリアさんは唖然としてしまい、すぐには言葉が出てこなかった。






【アレグリア視点】


(今日も一日、がんばりました。…とは言え、一人での修練にも限界があるのよねぇ。何か良い方法はないかなあ…)



 私はそんな事を考えながら家に帰ってきた。



(何!!このいい匂い!!これは絶対にお母さんの作った料理じゃない!!断言できる!!)



 私がこんな事を考えていると、お母さんが見習い料理人のリスグラシューさんを紹介してくれた。



「リスグラシューです。歳は15歳です。ハヤト様に料理の才能を見出され、ここに連れてきてもらいました。見習いですがよろしくお願いいたします」



 ハヤトが見つけ出した料理人…間違いない、この子は料理の天才!!


 私はリスグラシューさんと握手をして歓迎する。そして差し出されたスープをいただく…。



「本採用決定!!美味しすぎる!!」



 私はリスグラシューさんが初めて作ったというスープを食べて、勝手に本採用決定と言ってしまった。そのくらい美味しいスープでした。



(これから食事の時間が楽しくなりそうな予感がします)



 私はこんな美味しい食事が毎日食べられると思うと、自然に顔が綻びてきてしまうのでした。

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