第25話 絶望のリスグラシュー

 驚きの表情をしているリスグラシューさんを無視して、俺は淡々と事実を話していく。


「72歳の老人との結婚ですか…いくら大店の隠居の後妻とはいえ、酷いものだね。侯爵家の財務の安定、政治的影響力を強めるとはいえ、相手が72歳では…生贄と言われても仕方がないよね」


「……………」


「しかも断ったら、その日のうちに追放とか…鬼畜の所業としか言いようがないなぁ」


「……………」


「最小限の荷物と自分の蓄えを持って、生前の母親が贔屓にしていた商人に頼るも、あっさりと断られる…か。圧力をかけられたのかなぁ。…いや違うのか、生前の母親に似て美しい君を見て、愛人にしようと思ったのか。酷いものだね」


「……………」


「アングラード侯爵家の領内で、貧しい人達に自分が持っていたお金の大半を与える。だが、その貧しい人達は、君の与えたお金で酒を買ってどんちゃん騒ぎ…。これも酷い!!そして何も信じられなくなり、気が付いたらリーズ行きの馬車に乗っていた」


「……………」


「持ち金もなくなり、何とか仕事を見つけようとするけど、コネもなく採用されず。絶望し、現在に至る…こんなところで間違いは無いかな」


「……………」



 唖然として、体が固まっていて『ピクリッ』とも動かない。



「リスグラシューさん… リスグラシューさん!!」


「ハッ!?」



  リスグラシューさんが再起動に成功し、正気を取り戻したようだ。



「なぜ…どうして、あなたは私の事を知っているのですか!!」


「今は言えません。だけど一つだけ言える事があります。俺はあなたの味方です」


「………わ、わたしの…味方!?」


「今のあなたは色々酷い目にあって、他人を信じられないかもしれませんけど、何度でも言います。俺はあなたの味方です」



 俺はそう言った後、身だしなみを整える余裕もなかったのだろう。若干ではあるが、汚れが目立ち、臭いもしていたリスグラシューさんに『クリーン』をかけてあげた。



「あぁ~~~、気持ちいい…」


「ふふふっ、少しは落ち着いた?」


「あ、ありがとう…ございます」



 リスグラシューさんはぎこちなく頭を下げる。今まで平民に頭を下げたり、お礼を言う事が無かったのだろう。多少、ぎこちない…が、今の自分の立場を理解し、行動できている。これだけで聡明な子だという事が分かる。


 ここでリスグラシューさんのお腹が大きく鳴った。



「ぐうぅぅぅ~~~!!!」



 机を挟んだ俺にも聞こえる大きな音だった。リスグラシューさんは顔を真っ赤にして



「…ごめんなさい。朝から何も食べていなくて…」



 と言って、うつ向いた。


 俺は昼食用に買ってきたパンを出し



「よかったら、どうぞ」



 と言って、リスグラシューさんに渡した。


 リスグラシューさんは両手でパンを持ち、何度も何度も



「ありがとうございます。ありがとうございます」



 と言い、泣きながらパンを食べるのだった。



「あまり美味しくは無いと思うけど…ごめんね」


「いえ…私が今までに食べた食事の中で、一番美味しかったです!!」


「そうか、それは良かった」



 リスグラシューさんはやっと笑顔を見せてくれた。やっぱり美少女には笑顔が似合うよね。



「…ハヤトさんでしたよね。本当にありがとうございました」


「俺の事はハヤトでいいよ。リスグラシューさん」


「じゃあ、私の事もリスグラシューでいいわよ」


「よろしく、リスグラシュー」


「よろしく、ハヤト」



 俺とリスグラシューは握手をし、少し打ち解けた気がした。



「正直に言って、何から聞いたらいいのか…わからないくらい混乱しているの」


「じゃあ、俺から話していいかな?」


「はい。お願いします」



 俺はリスグラシューの目をしっかりと見つめて話を始めた。



「君に声をかけた理由は、君の表情が以前の俺によく似ていた事。未来に何の希望も見いだせないという表情をして歩いていたから。以前の自分と重なり合って、どうしても放っておけなかったんだ」


「…た、確かに私は頭の中が真っ白になって、何も考えられなかった。ただ、もう消えてしまいたいと思って…」



 リスグラシューは悲痛な顔をして言った。



「あと、当然打算もある。リスグラシューの才能に惚れたんだ!!」


「えっ!?」



 リスグラシューは一瞬『キョトン』とした顔をする。



「私は侯爵家に生まれましたから、字の読み書きや計算はできます。でも、才能と言えるような飛びぬけた能力はありません。ただの世間知らずでわがままな娘…何の役にも立たない無能ですわ。今回の事でよく理解出来ました」


「いや、リスグラシューは何も理解してはいないよ。自分の事を何一つ理解できてはいない」


「…本当に私に何かしらの才能があると思っているのでしたら、ハヤトの勘違いですわ」



 どうやらリスグラシューは、現状、負のスパイラルに陥っているようだった。






【リスグラシュー視点】


 私は驚きで何もできない…。ただ、息をする事しかできない…。



(なんで、この少年は全部知っているの?)



 少年はこの数日の間で私に起こった事を淡々と話していく。


 私は恐怖を感じていたが



「今は言えません。だけど一つだけ言える事があります。俺はあなたの味方です」



 と言って、私に生活魔法の『クリーン』をかけてくれた。


 少し緊張が解けたところで、お腹が鳴ってしまった。とても恥ずかしかったが、少年からもらったパンは、とても美味しく感じられた。


 私は久しぶりに、人の心の温かさに触れたような気がした。


 

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