第9話 恥ずかしいので忘れてください
「コン、コン、コン」
俺が寝ているとノックの音がして目が覚めた。
「おはよう。ハヤト、起きてる?」
「…おはよう」
俺は体を起こし、ねむい目を擦りながら返事をした。目を覚まして見慣れたボロアパートの部屋では無い事で、異世界転移を実感する。
「入るわよ」
ドアが開き、アレグリアが顔だけ出し、部屋の中を確認してから入ってきた。アレグリアはすでに着替えも済ませて、髪も整えていた。
「俺…寝坊してしまったか?」
「全然平気よ。まだ六時半だしね」
「ごめん。まだこの世界の基準が分からない。普通は何時ごろに起きるんだ?」
「う~ん…人それぞれかな。畑の収穫時期は早いし、逆に冬なんかはかなり遅い。でも六時から七時くらいが一般的だと思うわよ」
「わかった…『クリーン』」
俺は『クリーン』を発動してから起き上がった。
「便利よねえ。着替えたら朝食だから一階に降りてきてね」
アレグリアはそう言うと部屋から出て行った。
俺は歯も磨かず、顔も洗わずに『クリーン』を発動するだけでさっぱりする魔法の便利さを実感していた。宿の寝着を脱いで着替えをして、一階へ降りて行った。
「ハヤト君、おはよう。昨日はよく眠れた?」
「おはようございます、ジュリアさん。よく眠れましたよ」
「よかった。もう少しでできるから、座って待っててね」
「ありがとうございます」
俺は一人で椅子に座り
(あぁ、こういう待ち時間にスマホもないんだなぁ。スマホや携帯電話が普及する前は、待ち時間は何をして待っていただろう。思い出せない…新聞を読んでいたような気がするけど…本当に覚えてないなぁ。どうしてたかなぁ)
などと、前世での昔の事を考えていた。
「おまたせ~。朝食ですよ~!!」
アレグリアが陽気に朝食を運んできたのだが…絶対に美味しくないのが確定している見た目だった。でも、口が裂けても言えないのだが…リピーターが増えないのは分かる気がする。
硬いパンにベーコンらしき物に野菜、薄いスープに果物。内容は昨日食べた大衆食堂と変わらないが、味は格段に落ちそうだ。そもそも、大衆食堂のレベルも高くなかったのだ。それ以下となると…お察しである。でも俺は悲観してはいない。鑑定スキルがあれば料理の才能がある人間を見つければ良いだけだからね。
アレグリアとジュリアさんも席に着き
『いただきます』
と、言って食べ始めたが、何故だかわからないが俺の目から涙が溢れてきた。
(あぁ…こうして誰かと一緒に朝食を食べるのは…久しぶりだ)
「どうしたの!?ハヤト…」
「ハヤト君…ごめんね。泣くほどまずかったかしら…」
「…いえ…違うんです。俺はずっと一人ぼっちでしたから…こうして三人で朝食が食べれるのが嬉しくて…。自然と涙が出てきてしまいました。…ごめんなさい」
俺は嬉しさと恥ずかしさで、顔が真っ赤になってしまった。
ジュリアさんが俺のそばまで来て、そっと抱きしめてくれた。俺は一度も見たことの無い母親に抱きしめられている気がして、とても気分が落ち着いた。
(あぁ…母親に抱きしめられるって、こんなに気分が安らぐものなんだ)
そう思いながら、涙が止まるまでジュリアさんに抱きしめられていた。
「恥ずかしいところを見られてしまいました。二人とも忘れてください」
俺は少し照れながらも、笑顔を作り言った。
「ハヤト、恥ずかしがらなくてもいいのよ。誰にでも泣きたい時はあるものよ」
「まあ、アレグリアがそんな事を言えるようになるなんて…ふふふっ、成長しているのね」
俺は朝食の味など、どうでも良くなって、アレグリアとジュリアさんとの会話を楽しんだ。
食事も終わり、みんなで片付けをした後
「じゃあ、三十分後にここに集合という事にしましょう」
と、アレグリアと打ち合わせをして、一旦、部屋に戻った。
俺は部屋に戻って一人きりになると、泣いてしまった事を思い出して赤面してしまう。
(なんで…泣いてしまうかなぁ…。本当に恥ずかしい)
俺はベッドにダイブし、恥ずかしさでのたうち回る。でも、自然と笑顔になってしまう。その後の二人の対応に感激していたのだ。
俺は心から
(この親子の力になりたい!!)
と、思うようになっていた。
【アレグリア視点】
ハヤトが突然、涙を流したのを見て
(ヤバイ!!私とお母さんの料理が泣くほど不味かったかしら…)
と思い、焦る。
しかし、ハヤトが
「俺はずっと一人ぼっちでしたから…こうして三人で朝食が食べれるのが嬉しくて…」
と言ったので『ホッ』と胸をなでおろした。
ただ…何か心の中で『モヤモヤ』した感じが残っていた。
それは、泣いているハヤトを優しく抱きしめて癒したのがお母さんだったから…。
(よくよく考えれば、あの役は私だったはずなのに…)
と、少しだけお母さんに嫉妬をしたのだった。
【ジュリア視点】
ハヤト君が突然、涙を流したのを見て
(あらあら…やっぱり泣くほど料理がまずかったかしら…ごめんなさいね)
私は自身が作る料理の下手さ加減を理解しているので申し訳なく思った。
だがハヤト君が
「俺はずっと一人ぼっちでしたから…こうして三人で朝食が食べれるのが嬉しくて…」
という言葉を聞いて、思わず涙を流すハヤト君を抱きしめた。私の中の母性が自然と行動に現れたのだった。
しかし…自分の胸の中で泣いている美少年を間近で見て、胸がときめくのを感じてしまった。その少年が娘のボーイフレンドにもかかわらず…。
そして
(ごめんなさい、アレグリア。ハヤト君を私の『推し』に認定します)
と思ったのだった。
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