第8話 母と娘

「おかえりなさい。あら、そちらの男の子はアレグリアのお友達かしら…。いらっしゃい。アレグリアの母のジュリアです」



 ジュリアさんは『ニコッ』とほほ笑んで、俺とアレグリアの顔を交互に見た。



「初めまして。俺はハヤトと言います。森の中でアレグリアさんに助けてもらいました。宿まで紹介してもらって、本当に助かりました」


「あらあら、アレグリアが人助けを?」


「はい。森の中で迷子というか…道に迷ってしまって、そこをアレグリアさんに助けてもらいました」



 一応、まだジュリアさんには異世界人という事は隠しておく。


 アレグリアは『ドヤ顔』で



「お母さん、私だって人助けくらいできるのよ。ハヤトはしばらく行くあてがないから、家に泊めてあげてね」


「それは構わないのだけれど…アレグリアの部屋でいいの?」



 アレグリアは一瞬『キョトン』となり、母親が何を言っているのか分からなかったが、しばらくして意味が理解できたのだろう、見る見るうちに顔が真っ赤になってしまった。



「な、な、何を言ってるのよ!!お母さん。一緒の部屋のわけないじゃない!!まだ、ハヤトとはそういう関係じゃないんだから!!」


「まだ…そういう関係じゃない?いずれは…って事でいいのね」


「ち、違う、違うから!!」



 慌てふためくアレグリアが微笑ましい。俺にはこんな事を言い合える肉親がいなかったから、凄く羨ましく思えた。



「こんなガサツな娘ですが、根は素直でいい子なんですよ。仲良くしてあげてくれると嬉しいわ。なにせ、男の子を連れて来たのなんて初めての事だし…」


「アレグリアさんはとても優しく、美しい女性だと思いますから頑張ってみます」


「ありがとう。私も応援するわ!!」



 俺とジュリアさんが話をしていると、真っ赤な顔をしたアレグリアが



「も、もういいから!!空いてる部屋ならどこでもいいでしょ。行こう、ハヤト!!」



 アレグリアは俺の手を取って歩き出したが、ジュリアさんが後ろから



「なるべくシーツは汚さないでくれると助かるわ」



 と、ド級の燃料を投下してきた。



「ハヤト、無視でいいから、無視、無視、無視!!」



 俺は苦笑しながらアレグリアに手を引かれ、二階に上がっていった。


 二階の部屋の前まで来るとアレグリアが



「…鍵を忘れた」



 と言って『ガックリ』とうなだれてしまった。



「ちょっと待ってて。鍵を取ってくるから!!」



 アレグリアは走って階段を下りて行ったが、また、一階で母親と何か言い合っているのだろう。騒がしい声が聞こえてくる。


 俺は窓から真っ暗になった外の風景を見る。当然ながらネオンの明かりや、街灯なんて無いので、月明りだけだ。ふと、窓枠に目が行くと、ほこりなど一切なく、綺麗に掃除されているのがよく分かった。月明かりに照らされた廊下は『ピカピカ』に磨かれていて、ジュリアさんの宿に対しての思い入れがよく分かった。



「お、お待たせ…はぁ、はぁ…」



 なぜかアレグリアは、また顔を真っ赤にして『ハアハア』と肩で息をしている。



「どうしたの?」



 俺は心配になって聞いてみたのだが…



「何でも無いから…何でも無いから」



 と、繰り返し、ドアを開ける。部屋の中はシンプルだが、置いてある机や椅子、そしてベッドはセンスの良さを感じさせるものだった。


 部屋の中に入るとアレグリアがベッドに腰を下ろしたので、俺は机の前の椅子に座った。



「さあ、ここなら安心よ。何でも聞いて!!」


「まずは…今日は本当にありがとう。アレグリアに森で会えなかったらと思うと『ゾッ』とするよ」



 俺はしっかりとアレグリアの目を見て、お礼を言ってから頭を下げた。


 アレグリアは照れながらも



「ハヤトにそう言ってもらえて嬉しいわ。本当に助けて良かったと思うの…それに、何かこれから凄く面白くなる様な予感がするの!!」


「実は俺もそう思っているんだ。今は未来に対して期待しかないんだ」



 前世の俺は、未来に対して何の期待感も得られなかった。暗闇の中で将来に対して絶望しか見いだせなかった。聞いた事ある言葉…人は期待感があれば、それを食べながら生きていけると…。そして今は、その期待感で胸が一杯だ。こんな嬉しい事は無い。



「じゃあ…俺は異世界から転移して来たけれど、この世界は魔法が使えると聞いて来たんだ。どうすれば魔法を使えるようになるのか教えてほしいんだ」


「う~ん…私は魔法を使えないし、周りに魔法を使える人がいないのよ」


「そんなに使える人が少ないの?」


「うん。本当にごくわずかな人達だけが使えるものだと思うよ。だから私は魔法を使える人に会ったことさえ無いからね。聞いた話によれば、魔法を使える人には魔力というものがあって、頭の中でイメージした事を魔力と一緒に体から放出するものが魔法らしいよ」


「頭の中でイメージかぁ~」


「でもスキルを使えても魔法は使えない人もいるからね」


「そこは大丈夫だ。創造神様が加護を付与したので魔法が使えると言っていたから…」


「そ、創造神様の加護!?」


「うん。加護付けておくからって言われたよ」


「………そんなお気軽に加護はもらえないはずなのに…」



 若干、引き気味のアレグリア。



(確か、創造神様は生活魔法も使えるとか言っていた様な気がする)



 俺は頭の中で『クリーン』とイメージしてみた。そして次の瞬間、体の中から何かが抜けていく感覚があって、全身が爽快感に包まれた。



「おぉ~!!成功した!!」


「えっ、本当に!?」


「ふふふっ、アレグリアにも『クリーン』をかけてあげるよ」



 と、言ってアレグリアに向けて『クリーン』を発動した。



「あぁ~~~!!凄い!!この感覚…たまらないわ!!」


「凄いだろ!!アレグリア」


「えぇ、本当に凄いわ」



 俺は嬉しくて、楽しくて一階に行き、ジュリアさんにも『クリーン』をかけてあげた。



「ハヤト君、ありがとう。素敵!!大好きよ!!」



 ジュリアさんはそう言って、俺に抱き着いてきた。



「お母さん、ハヤトから離れて!!」



 アレグリアが俺からジュリアさんを引き離す。こうして三人で一晩中、俺の生活魔法を試して盛り上がった。


 こんなに楽しいのは、どれくらいぶりの事だろうか…。思い出せないが、もう過去の事はどうでもいいと思えたのだった。






【アレグリア視点】


「お母さん、余計な事ばかり言って…。ハヤトに嫌われちゃうじゃない。それに…ハヤトに抱き着いたりして…いい歳して何考えてるのよ」



 ベッドに寝転がって母親への愚痴を呟きながら、ハヤトの事を考える。



「ハヤトは異世界から転移してきて何もわからない。悪人に捕まったら大変な事になってしまうわ。私がハヤトの事を守らないと…」


 

 アレグリアは今まで剣術を磨く事ばかりで、異性への関心が全くなかった。しかし今日ハヤトに出会い、一気に女としての感情が芽生えて、ハヤトに対しての愛情が生まれていた。



【ジュリア視点】


寝室のベッドの中、ジュリアはアレグリアの成長を喜び、しかし一方で、強烈な寂しさを感じていた。



「ふふふっ、アレグリアにもやっとボーイフレンドができたのね…。母親としては本当に嬉しいけど…一人の女として私は…このまま何事も無く…歳を取っていってしまう」



 アレグリアに恋人ができて自分から離れていった時、自分には何も残らない…。このまま老いていくだけ。そう考えた時、強烈な寂しさがジュリアの心の中に生まれた。



「私はまだ38歳…もう38歳…。このままでいいの?」



 夫を亡くして1年、ジュリアは自分の将来について自問自答するのであった。

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