サラリーマン
昔の夢を良く見る。
試合終了まであと数十秒、相手チームの一瞬の隙きを突いて仕掛けた速攻は成功しゴール前までボールを運ぶ。ディフェンスをなんとか掻い潜り逆転の希望を繋ぐパスを回す。そのパスを受け取ったのは私だった。ラストチャンス、私はリングを見つめシュートの体制を取った。皆の希望を乗せてボールは弧を描くはずだった。だが、私の体は鉛の様に重くなり動かなくなった。そのまま試合終了のブザーが鳴った。多分、私はこの日死んだのだ。
目を覚ますと戸塚駅に到着した所だった。
優先席で赤ちゃんが泣いていて母親が申し訳無さそうに必死にあやしているが、赤ちゃんはいっこうに泣き止む気配は無い。
向かいの席にはカップルと覚しき若い男女が座っている。男性が緊張しているのは向かいから見ていても明白で、間を繋ぐ為に必死で話題を絞り出している。
私にもこんな時が有ったなと視線をくたびれた革靴に落とす。
月末の給料明細の数字が私の価値だ。死までの残り時間を切り売りしたこれが高いのか、安いのか、もう考えていない。
ただ今でも、もしもあの時、シュートすることが出来ていれば……。と考えてしまうのだ。
8:32茅ヶ崎駅発 上野東京ライン 小金井行 8号車は私の肉体と感傷と諦めを運ぶ。
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