8:32 上野東京ライン 小金井行き

宍戸 亜零

若い男女

 東海道線で横浜までは30分、東京までは60分位で到着する。普段、と言ってもそこまで頻繁ではないが、一人で電車に乗る時は目的地までの時間が長い。鉄道好きならばあるいはこの時間こそが目的になると思うのだが、生憎、僕は鉄道には興味が無い。故にいつも目的地までの時間をどう消費するかで小さく悩んでいる。しかし、今日はその長さに価値が有るのだ。


 ジーンズにTシャツとシンプルな帆布のトートバッグの君は、屈託の無い笑顔を僕に向けてくれている。僕は恐らく緊張が君に伝わるような笑顔でオーバー気味の話を継ぎ接ぎして必死に沈黙から逃げるように、走るように話している。おそらくこの焦りは車両内にも伝播している。向かいの席に座っていたスーツ姿のサラリーマンと目が合う。必死だなと思われているのだろうか。


 タイプライターがせわしなく動くように喋り続けたものの話す話題も尽きて二人の間に沈黙が訪れる。普段はなんとも思わないが今このときばかりは、非モテコミュ障の自分がもどかしい。どうしようかと考えていた所でベビーカーで寝ていた赤ちゃんが大声で泣き出した。斜め前方の優先席に座っていた母親が慌てて赤ちゃんをあやす。

 彼女はその光景を見て微笑みながら言う。

「かわいいね」

僕も続けて言う「うん、かわいいね」


 電車は戸塚駅に着いた。

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