エピローグ:これから

第46話 アルマ・カルシファーの読唱

 あれから数日が経った。

 私は、グリモア叔母さんに手紙を書くことにして。手紙の内容はなんてことのないもので、面白おかしくもない。ごくごくありふれた、だけど何処にもないような経験の数々だった。



[背景、グリモア・ライブラリー叔母さん。

 私は今、トワイズ魔導図書館で研修をさせていただいています。近々、正式に職員として働くことになるのですが、この度は散々なことが続いてしまいました。

 これもグリモア叔母さんの仕組んだことなんじゃないかと思い、日々頭を悩まされてしまいます。

 ですが、そのおかげでかけがえのない魔法を精霊の魔導書から教えて貰った上に、ヒノワ館長やマリーナさんと言う、少し変わっているけれど頼もしい先輩方との仲も深めることができました。

 結果オーライ、と言えばいいのか私には分かりません。

 ですがこれだけは言えます。私、アルマ・カルシファーはトワイズ魔導図書館に来て良かった。だからこそ、今度はグリモア叔母さんにもお母さんにも私が頑張っている姿を見て欲しいです。

 そんな今日この頃を過ごす私は元気でやっているから、これ以上面倒ごと・・・・・・・・を起こさないで・・・・・・・くださいね・・・・・

 アルマ・カルシファーより]



「なるほど、私の見込んだ通りでしたね」


 グリモアはアルマから送られた手紙を読み、机に肘を突きながら呟いた。

 それもその筈、グリモアはこうなることを既に見越していた。否、鼻っから理解していた。


「ですが、思った以上の結果ですね。まさか、精霊の魔導書から魔法を得るとは。これは予想外でした」


 流石のグリモアでも予期していなかったことはあった。

 それは精霊の魔導書の取った行動だ。


 アルマなら聖霊の魔導書とも馬が合うとは読んでいた。後学のためにも、精霊の魔導書に触れることはアルマのためになると思っていた。


 しかしながらここまでのことになるとは思わなかったのも事実だ。

 精霊の魔導書の声を聴き、声を聴いた上でその要望にも応えた挙句、強力な実力を見せつけた。まさしく、アルマにしかできない芸当。


「しかも召喚魔法を託されるなんて、これは将来が楽しみですね。じゅるり」


 グリモアは肘を解き、今度は腕を組み直す。

 指と指を絡めると、ニヤけた笑みを浮かべ、グリモアは楽しみがあまりじゅるりと涎を垂らし掛けた。


「ですが一つ許せないのは、私のことを叔母さんと呼ぶことですね。これは後で叱って……は流石に野暮ですね。そんなことをすれば、せっかくの祝いに姉さんに怒られてしまいます」


 グリモアはそんなことを思った。

 だからだろうか。手紙の返事に余計なことを書くのを辞める。


 何処からとも無く取り出した万年筆。

 クルリと指の中で絡めながら回転させると、グリモアは新しい綺麗な便箋に手紙を綴った。


「とは言え、ずっと見ていた・・・・・・・は流石に気持ち悪かったでしょうね。少し、止めてみましょうか」


 グリモアは魔法を解くと、視界の中からアルマの姿を外した。

 そう、こうなることは全てお見通し。全部を見えていたのだ。


 けれどようやく確信に変わった。

 自分の判断もグリモワの判断も何も間違っていない。

 そう確信したおかげか、にこやかな笑みを浮かべると、再び業務に戻るのだった。




「さてと」


 私はローブを翻した。

 今まで着ていたものとは明らかに違う、特別な素材。これこそが、私がトワイズ魔導図書館に正式に勤務する証だと思うと、何だか胸が騒めく。


「でも、これで私が認められたってことだよね。うーん、ワクワクとフワフワが一体になってる」


 正直高揚感の方が強いけど、不安も漠然と過ぎる。

 だけどそんなことに構ってはいられない。

 グッと唇を噛むと、私は頬をパンと叩いた。


「アルマちゃん、着替え終わった?」

「あっ、はい!」


 私はマリーナさんに呼ばれた。

 いよいよ今日だ。待ちに待った今日。

 不安も一杯あるけれど、私は部屋を出てマリーナさんの前に躍り出た。


「あ、あの、どうですか?」


 私は不器用にマリーナさんに訊ねる。

 するとマリーナさんは手を合わせると、にこやかな笑みを浮かべた。


「アルマちゃん、とってもよく似合ってるいるわよ!」


 お世辞かもしれない。そう思える程、コンスタントすぎた。

 しかし私は褒められて嬉しい。

 照れ笑いを浮かべつつ、頭を掻いてしまう。


「本当ですか? あはは、嬉しいです」


 私が身に纏っているのは、職員専用のローブ。

 ここまで研修期間が一ヶ月近くあったけど、いよいよ私も本格的に職員として働くことになる。


 思い起こせば色んなことがあった。

 むしろありすぎて分からなかった。

 頭がおかしくなりそうで時々混乱するけれど、こうしてここまで来られたことに感謝する。


「そう言えばマリーナさん、ヒノワ館長は?」

「館長? それなら後ろにいるわよ?」

「ほえっ!?」


 私は声を上げてしまった。

 まさかこんな筈と思ったけれど、振り返ってみるとそこにはヒノワ館長の姿。私は声を上げすぎてしまい息が詰まると、コホンコホンと咳が出る。


「大丈夫かい、アルマ?」

「大丈夫ですけど、びっくりさせないでくださいよ!」

「ごめんね。でもとてもよく似合っているよ……丈以外はね」


 ヒノワ館長はザッと私の全体を見た。

 グサリと突き付けられると、私の背丈が足りないことを指摘された。苦しい。一番言われたくない言葉で、胸を押さえてしまう。


「それは言わないでくださいよ……」

「改めてごめんね。でもとてもよく似合ってはいるよ。もうアルマは、一人前の新人職員だ」

「一人前なのか、新人なのか、どっちですか?」


 歪な文言を並べられ、私はジト目になる。

 しかしヒノワ館長はその態度を崩さない。

 むしろ凛とした澄ました態度を取った。


「さてと、それじゃあそろそろ」

「ですね」

「は、はい!」


 私は深呼吸をすると、言葉に詰まる。

 だけどすぐに立て直すと、持ち場へと就く。

 いつだって、今だって、私はここに居る。

 だからこそ、私は言葉を吐き出すと、まだ誰も居ない図書館で言葉を綴った。


「ようこそ、トワイズ魔導図書館へ!」


 その言葉の直後、トワイズ魔導図書館の中に誰かやって来た。

 私の初めての掛け声を間に受けた利用者。

 少し驚いていたけれど、穏やかな表情を浮かべると、私の隣を通り過ぎ、この場所に私自身が生きる証拠になるのだった。


 これからどんなことが待っているかは分からない。

 だけど楽しみに過ごす。不安なことは多いけど、私は魔導書士として魔導書を愛し、今日も読唱を続けることを違うのだった。

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魔導書士アルマ・カルシファーの読唱 水定ゆう @mizusadayou

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