第43話 私の本気

 精霊の魔導書は私のことを試すようだ。

 だけど如何してこんな目に遭うのか、正直分からない。

 けれど試された上で結果を出す。それこそが、精霊の魔導書の求める私への挑戦状だった。


「仕方ないんだよね。それじゃあ、私は私ができることをするよ!」

精霊の名に集えスピリットラ眩き炎の翼=ブレイズウィ震えるは真実を解くものなり・トゥルーデント!』


 早速精霊の魔導書は魔法を唱えた。

 聞いたこともない名前の魔法だ。

 これが精霊の魔導書の理。これこそが、精霊の魔導書が持つ真の力の一端だ。


「うわぁっ!? ちょっと待ってよ。そんな攻撃止めてよ!」


 私は精霊の魔導書の放った魔法をスルリと避けた。

 しかし放たれた豪炎の翼はいくら避けても追尾する。

 私の背後を狙うように翼を鋭い矢と化して襲い掛かる。


「追尾機能!? それなら私ができるのは……煌廻のアルマス=無為ィ・ナクション!」


 私は素早く自分の魔導書、アルマの魔導書を取り出すと、何も書かれていないページを開き、指先でソッと撫でた。

 すると何も書かれていない筈なのに魔法が発動し、精霊の魔導書の魔法でさえ打ち消してしまう。


 一瞬にして炎が掻き消される。槍のように突き出された翼は簡単に消えてしまう。

 これこそがアルマの魔導書の力。そして私の力だった。

 しかしながらそれだけが全てじゃない。精霊の魔導書は何が起こっているのか分かっておらず、続けざまに別の魔法を放った。


精霊の名に集えスピリットラ馳せる風よ=ウィンドーラ震える悪意は吹き消すのみ・マリスフェル!』

「嘘でしょ!? まだまだ来るの?」


 精霊の魔導書は暴風に近い風を起こした。

 あらゆる世界の悪意を吹き飛ばしてしまいそうで、私も直撃を喰らうと怪我は無いけれど吹き飛ばされる。真後ろの木の幹に背中を叩き付けられそうになるも、グッと体の筋力と体幹を使って何とか抜け出した。


「はぁはぁ……ちょっと止めて。そんな攻撃されるとこっちが……あれ?」

『どうして効かないの?』

「どうしてって言われても……そんなの決まっているでしょ?」


 私は精霊の魔導書が疑問視していた。

 何故いくら強力な魔法を放ったとしても、一切傷を付けることができないのか。

 精霊の魔導書は本気でぶつかって来ている。けれどそのぶつかりが悉く壊されてしまう。

 常軌を逸した現状に揶揄されるも、私はアルマの魔導書を取り出して応えることにした。


「私は初めから魔法攻撃を受けないようにアルマの魔導書で魔法を使っているんだよ。例え相手が精霊の魔導書だとしても、私の練度と想いには届かないよ!」


 高らかに私は宣言すると、アルマの魔導書を開いた。

 精霊の魔導書が本気でぶつかって来てくれている。

 そう来るのなら、私も全力で相手をするのが礼儀だと思い、私は私なりに魔法を唱えた。


煌廻のアルマス=衝撃フル・ストラット!」


 私はアルマの魔導書を用いて魔法を唱えると、右の拳を突き出した。

 空気の膜に振動を送る。障壁となっていたものを拳に束ねた魔力で突き破ると、精霊の魔導書を狙い澄ました。一撃が重い。例え宙を優雅に浮いていたとしても、私の魔法を喰らってただでは済まず、軽く吹き飛ばされてしまった。


「どうかな? 私のこと、これで認めてくれる?」

『まだ……まだ!』


 精霊の魔導書は吹き飛ばされそうになる中、何とか踏み止まると、渾身の魔法をお見舞いする。

 紅蓮の炎が宙に円を描く。圧倒的なまでの練度と速度で放たれるのは精霊の魔導書がもたらした、精霊の祈りそのもの。

 火を司る精霊じゃないな。これは炎を司る精霊だ。

 私は一瞬にして分析すると、目を見開き固まってしまう。


「ちょっと待ってよ。本気で殺す気なの? 流石にそんなの私の無効化じゃ……」

精霊の名に集えスピリットラ紅蓮の炎よ=ローズボルク円環を廻りて全てを焼け・リンゲルスフェルノ!』


 精霊の魔導書はもはやたかが外れていた。

 このままだと、この自然すら焼き払われてしまう。

 かと言って、私の個人の力じゃ抑え込むことはできない。

 そう感じた瞬間、私も改めて覚悟を決め、唇を強く噛むと、薄っすらと血が出る。


「精霊の魔導書。貴女が私の本気をみたいなら見せてあげる。でもそれは一瞬だけだよ。だって、全ては一瞬のうちに……」


 アルマは黙ったまま精霊の魔導書をなぞった。

 指先で表面をなぞると、真っ白な表紙が謎に発光する。

 迸る魔力。まるでアルマの声に共鳴するようで、発光が徐々に金色の渦へと変貌すると、魔導書の表面が赤と金。二色の美しい色合いを兼ね備えた真の姿へと変貌する。


「アルマの魔導書!」


 私がそう放つと、言霊となって私の体を纏わり付いた。

 それはまるで私だけの衣装のようで、全身を包み込むような赤と金のローブに身を包む。

 イメージするのはかつての魔法使い。そんな気分で顔を上げると、精霊の魔導書の放った紅蓮の円環が、今まさに目の前にあった……筈だった。



 スン・・・・・・・・・・・・・・・——



 一瞬何が起こったのか、私以外には誰も分からなかった。

 精霊の魔導書は困惑し、宙に止まったまま固まってしまう。

 動けない。動こうにも思考ができない。魔力が消失する感覚に苛まれると、ふわりと地面に落下するだけだった。


「うわおっと!」


 私は精霊の魔導書を受け止めに走った。

 まるで意識を失ったみたいで、気絶した様子に見える。

 スッと腕を伸ばして精霊の魔導書のことを抱きかかえると、両手の中に弱り切って困惑気味な精霊の魔導書が収まった。


「大丈夫?」

『ううっ……今のは?』

「えっと、閃光?」


 私が本気を出した瞬間、眩い閃光が迸った。

 それは思考回路を全て吹き飛ばす程で、あらゆる五感的要因を潰してしまう。

 明らかに精霊の魔導書の人智を逸脱して、ボーッとしているのか私のことを眺めた。


「本当に大丈夫? 私のこと分かる?」

『……』

「あれ? まただんまり? うーん。せっかく私も本気を出したのに、その態度は冷たいよ」


 私が悲しくなってしまい、表情を濁してしまった。

 すると精霊の魔導書は私のことをジッと観察し、言葉を選んでいる様子だ。

 喉の奥を潰すみたいで私はゴクリと息を飲むと、精霊の魔導書は自分の声を聴かせた。


『どうして私のことを消さなかったの?』

「消す? なんでそんなことするの? 私は貴女を読みたくて、貴女を連れ戻すために来たんだよ?」

『どうして?』

「どうしてって言われても……うーん、私が魔導書を好きな魔導書士だからかな? それ以上に理由が必要?」


 私は精霊の魔導書に思った言葉を伝えた。

 もちろん嘘も偽りもない。これは全部私の本心だ。

 精霊の魔導書には魔力の流れで私の思考回路も見えているかもしれない。

 となればこれ以上出せるものは無く、私はにこやかな笑みを浮かべた。


「ねっ、一緒に帰ろう」

『うん。貴女となら帰ってもいいよ』

「そっか。私のこと認めてくれたんだね……ええっ!?」


 私は驚いてしまう。それもそのはず、精霊の魔導書が私のことを認めてくれたからだ。

 まさかこの数秒の間に何か思う所があったのだろうか?

 私本人には正直伝わっていないけれど、精霊の魔導書は私の手の中から逃げようとはせず、むしろ収まってくれていた。


『どうして驚くの?』

「驚いてごめんね。でもそんなこと言ってくれるなんて思わなくても」

『私は貴女を認めた。だからもう友達だから』

「友達!? う、嬉しい!」


 私の表情がパッと明るくなった。

 精霊の魔導書と友達になれたこと。こんなに嬉しいことがあるなんて思わなかった。

 いいや、そんなことはなかった。最初からそうなると思っていたからこそ、私はここに居て来たのかもしれない。なんだかそんな気がしてしまう、私は精霊の魔導書を胸の上で抱きしめると、ステップを踏んで地面を蹴り上げていた。


 ほんの一瞬しか垣間見せなかった私の本気。

 その力は精霊の魔導書の心の在り方さえ変えてしまった。

 もちろんこれは洗脳じゃない。強い想いが魔法になって届いたんだと、私は薄っすら気が付けていた。

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