第42話 試される私

 私は森の中を駆けずり回る。

 木々を避け、川のせせらぎに耳を傾け、とにかく力の限り魔力を辿る。


 細かく棘のある蔦に絡まれそうになる。

 地面から張り上がった太い根っこに足を取られそうになる。


 それでも私は必死に躱した。

 ジャンプしたり、枝に掴まったり、小さい体を活かして、上手く切り返したりする。


 そうして必要な運動能力以外の全て精霊の魔導書を探すために使った。

 頭の中を常にクリアにし、見えている景色が狭まっていくことすら無関心。


 私はとにかく精霊の魔導署の散らす、ほんの少しの奇跡を掴み取るために走った。

 こんな所で諦めきれない。

 私は精霊の魔導書を読みたい。読んであげたい。だからこそ、ここで止まる気はなく、鋭く尖った枝に全身を引き裂かれそうになりながらも、駆け回った。


「お願い、もう一度声を……」

『どうしてこの先に行けないの!』


 今、声が聞こえた。しかも精霊の魔導書の困り声だ。

 もしかして、ヒノワ館長の魔法に阻まれているのかな? いや、きっとそうに違いない。そう信じて私は声の聴こえた先を追う。


「こっち。多分こっち、絶対こっち!」


 私は地面から張り出た根っこを蹴り上げて先に行く。

 まるで空を舞うように体の自由を解放すると、私は森の奥へと向かう。

 森の奥、その先を目指して突き進むと、視線の先が開ける。


「うわぁ、こんな場所があったんだ」


 私が見つけたのは、森の中に開けた場所。

 日差しが眩しく差し込むと、私の表情もパッと明るくなる。


「ここからなら見えるかも!」


 私は視線を上げた。森の奥に炎の壁が薄っすらと見える。ヒノワ館長の魔法は発動したままらしい。

 と言うことは精霊の魔導書の反応的にも近くには居る。確実に居る。と言うことは、私の声も届く筈だ。


「おーい、精霊の魔導書! 私が迎えに来たよ! お願い、私の声が聴こえてたら応えてよ!」


 私は必死に叫んだ。しかし声は届いている筈をだけど、返事は一切無い。

 頭の中を如何にクリアにしたって変わらない。

 私は肩を落として落胆……なんかする気はなく、ニコリと微笑むと、私は魔導書に語り掛ける。


「私はね、アルマ・カルシファー! 自慢じゃ無いけど、国家魔導書士なの。だから完璧じゃ無いけど、貴女のことを理解できる。ううん、読める筈だよ!」


 私は森の中に駆け巡るような声を放つ。

 精霊の魔導書は誰かに読んで欲しい。私の見立てではそんな所だ。


 だけどそのためにはしっかりとした意思疎通が必要になる。

 何せ相手は千年以上前の魔導書。的確な意識をはっきりと持っている。


「さっきはね、その、ごめんなさい! でもね、私は乱暴に扱っちゃった分、貴女の気持ちが伝わった。私は貴女の心の声が聴こえる。だからね、理解はできなくても、理解しようとすることはできるの」


 そうだ。私は自己満足のために魔導書に触れようとしている。

 きっとその気持ちすら伝わってしまう。真の意味で精霊の魔導書の欲求に応えることも、理解して上げられもしない。ただ好奇心だけを募らせた化け物だ。


「でもね、私は魔導書が好き。もちろん全部が全部……って訳にもいかないけど、それでも私は貴女とお話しがしたい。貴女のことを読んでみたい。だから私は貴女とこうして話しをするためにここに来たの。もしも、もしもでいいから、私のことを気にしてくれるなら、私に貴女の力を見せて!」


 私は逃げも隠れもしない。そんな気は一切無い。

 むしろ手を伸ばしていつでもウェルカム・スタイル。

 魔導書がこの声に応えてくれるのなら、私は喜んでこの手で掴む。そう決めていた。


 だけど、精霊の魔導書には届かなかった。


「はぁ、やっぱりダメかな」


 私は頭を掻きながら、ちょっとだけ落胆する。

 完全に見透かされちゃったらしい。

 視線を逸らすと、ソッと目を閉じてしまう。

 これなら諦めも……なんて付くわけもなく、腕を伸ばし続けると、ソッと硬いものが触れた。


「えっ?」

『読んでくれるの?』


 私が目を開くと、指先に触れたのは魔導書。

 裏表紙からは翼が生えていた。

 間違いない。この魔力、この波長。完全に精霊の魔導書だ。


「せ、精霊の魔導書!?」


 一体何処からやって来たのか。何で私の声を聴いてくれたのか。

 もしかして、私の言葉を信じてくれたのかな?


「もしかして、私の言葉を信じてくれるの?」

『……』

「あれ?」


 精霊の魔導書は何故か黙ってしまった。

 もしかして、私の言葉を信じてくれないのかな? 一体如何したらいいんだろう。


「信じてくれないの?」

『試してもいい?』

「えーっと、試すってなに?」


 私は精霊の魔導書に訊き返す。

 すると精霊の魔導書はスッと私の手元から離れた。一体何をしようと言うのかな? 何だか不気味な雰囲気が立ち込める。


「ま、まさか、私戦うの!? ちょっと待ってよ。私は、戦うなんて真似……」

『私を読んでくれるなら、その証拠を見せてよ!』


 そう言い放つと、精霊の魔導書は私に敵意を剥き出す。きっと私の声は届いていた筈。だけど、私の気持ちは伝わっているのに、それを試すような真似をされた。


 本当なら無性に腹が立つ筈。だけどそんな気は起こさない。

 むしろ私は煮えたぎる感情の矛先を自分に向けられたことで覚悟を決めた。


「仕方ないんだね。戦って証明するしか無いんだね。それなら、私も覚悟を決めるよ!」


 そう言い放つと、アルマは距離を取る。

 臨戦体制を素早く取ると、私は精霊の魔導書を優しく睨むのだった。

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