第41話 精霊の魔導書を追いかけて
私は精霊の魔導書を追いかけるため走った。
涙を浮かべていた瞳はもう無い。
一瞬の判断で魔導書の気配を辿ると、背後の森へと意識が向く。きっとこの奥だと確信を持つと、私は声を上げて呼び掛ける。
「待って、待ってよ!」
私は走っていた。
とにかく力の限り走り続けていた。
だけど手を伸ばしても届く気がしない。
私の動脈の方が悲鳴を上げ、ダラダラと汗を流す。
今にも息が絶えてしまいそうで苦しい。
口元に手を当て、膝を振るわせながらも、私はとにかく追いかけ続ける。
「精霊の魔導書。私は貴女の敵じゃないよ!」
私が逃げ惑う精霊の魔導書に言葉を掛けても聞き入れてくれない。
それそのはず、ウェルジさんに盗み出されそうになった。
その扱いは非常に乱暴で、私も奪い返そうとした際、強く引っ張ってしまった。きっとそれで怒っているんだ。
「ごめんね。でも私は貴女を取り返そうと思っただけなの!」
精霊の魔導書は優雅に翼をはためかせ空を舞いながら、魔力を迸らせる。
悠々と舞い踊る姿はまるで私のことを誑かしているみたい。
完全に弄ばれている。だけどこのまま逃すわけにも行かない。
「いくら必死に声を掛けても聴いてくれない。でもこのまま逃したら、街の方に行っちゃう。そんなことになったら、取り返すなんてできなくなる」
幸いにもヒノワ館長のおかげでトワイズ魔導図書館の周囲から逃げられない。
そうでもしようものなら、燃えて本体ごと無くなってしまう。
流石にそんな危険は精霊の魔導書も負えないようで、トワイズ魔導図書館の外をグルグル回っていた。
「はぁはぁ、ま、待って! 待ってよ!」
私は肩を上下に上げ下げする。
同じ所をグルグル回っているとは言っても、その範囲は広大。
精霊の魔導書とヒノワ館長の魔法が噛み合い、私を無限の空の下に押し込んでいるようだった。
「って、なに幻想的な想像してるの私! 今はそんなことを言ってる暇、何処にもないのに」
私は精霊の魔導書の姿が、視界から消えている事に気が付く。
今の一瞬で私の視界から忽然と姿を消した。
完全に私のミス。首をブンブン振り回し、自分のミスを承知の上で、再度精霊の魔導書に向き直る。
「お願い。もう一度声を聴かせて!」
私は目を閉じて耳を澄ます。
しかし声は聴こえて来ない。
空虚なまでの時間が流れ、私のことを誑かす。
「遊ばれてる。もしかして、遊びたいとか?」
私は子供みたいな想像をした。
だけど相手は精霊の魔導書。
今を生きる、千年以上も昔の魔道書だ。
そんな単純思考を糧にしているのは思わないので、私はもう一度空を見上げて精霊の魔導書を探し回る。
『私の声を誰も聴こうとしない』
「えっ?」
聴こえてきたのは女性の声。
しかも強い想いを宿している。
悲しい声音が聴こえ、瞬きを何度も繰り返す。
「今の声ってもしかして」
私の頭がおかしくなったわけじゃないなら、間違いなく魔道書の声。
しかも、精霊の魔導書の声だと確信する。
『私の声を聴こうとしない』一体何を言いたいのか。もしかすると、魔導書にも訳があるのかも。
それこそ、私達が普段から見過ごしている何か。
考えなくてもいいような、あまりにも単純な話だと、私は思った。
「もしかして、特別扱いされたくないのかな?」
私はそんな想像を働かせる。
魔導書だって元を辿れば本だ。
つまり、飾ったり、積まれたりして喜ぶ訳もない。特に魔導書には意思があるから、直接的になる感情も強い。
だからこそ、普通に読まれたい。精霊の魔導書はそう思ったのかも。
私は確証が持てなかったけど、それならちょっと可愛いかもとやる気が出た。
「よーし! それじゃあ私が読むぞ!」
私は精霊の魔導書を読みたいと思った。
せっかくここまでやったら、単純に貴重品だからで収め武器はない。
ダメだったとしても、私は是が非でも精霊の魔導書を読む。
今まで誰も読むことができなかったって構わない。
その偉大な一ページに私が触れればいい。
真っ白なページに私色の筆を塗りたくる。そんな強いイメージを強く抱く。
すると私の頭の中に、魔導書の声が聴こえた。
『ううっ、逃げられない!』
魔導書の悲嘆な声が聴こえた。
震えている。恐怖心を抱いているように聴こえた。
『熱い!』
精霊の魔導書が熱を感じ取る。
となればただの炎じゃない。自然由来のものじゃなく、魔法の類。多分、ヒノワ館長の魔法だ。
『どうして、どうして私の声を聴いてくれないの!』
やっぱり強い想いを受け取った。
私は今までにない感情に口元を抑える。吐き気を催すのも無理はなく、全身で魔道書の声を受け止めたからだ。
「凄い魔力。まさかこんなに……よし、絶対に見つけるよ、待っててね」
私は膝を付いて崩れていた。
しかしやる気と根気と執念で立ち上がると、吐き気を巻き戻す。
再び走り出し、精霊の魔導書を探しに向かう。
深い自然の満ちた森の中を、私は駆け回るのだった。
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