第44話 ウェルジさんの真実
「ヒノワ館長、マリーナさん! 戻りました」
私は精霊の魔導書を抱き抱えると、トワイズ魔導図書館へと戻った。
自動扉は開きっぱなしで、私はすんなり入る。
すると広がる光景に絶句した。ヒノワ館長とマリーナさん。二人してウェルジさんのことを縛り上げると、まるで拷問のような扱いを与えていた。
「ん? アルマ、無事に戻って来たんだね」
「は、はい。あの、これは一体……」
私はウェルジさんの犯される対応に悶絶する。
それもその筈、ウェルジさんは縛られた挙句、巨大な水の塊に頭を突っ込まれている。
流石に酷い。酷すぎる。
拷問の幅にドン引きしていると、それを平気でやっていたマリーナさんの目が怖い。
「ほらウェルジさん、どうしてこんな真似をしたんですか? 答えてください。大人しく答えたら、この魔法を……アルマちゃん!」
「は、はい……」
マリーナさんの目は怖いまま。
殺気に狂った獣のようで、私は息ができなくなる。しかしマリーナさんも私の存在に気がつくと、少しだけ落ち着いたのか、目の色から殺気が抜けた。如何にもこうにも訳が分からない。
「あっ、えっと、その……これは違うのよ」
「で、ですよね。そうですよね!」
「え、ええ。えっと、ウェルジさん!」
「あっぶ! わ、儂を殺す気か!」
マリーナさんは魔法を解除した。
すると水の塊はウェルジさんから消える。
息ができていなかったらしく、魔法から解放されると、ウェルジさんの表情が真っ赤。今にも死にそうで、ようやく解放されたと必死で息を吸う。
「そんなことはしませんよ。それよりウェルジさん、改めて訊ねます。どうして精霊の魔導書を狙ったんですか?」
ウェルジさんは必死の抗議を入れた。
もちろんそれはあまりにも普通。
特に怪しむ面はないのだが、それにヒノワ館長の言葉は重たくのしかかる。
「そ、それは言えん!」
ウェルジさんにも当然譲れないものがあるらしい。裏があることは確実で、口を噤んでしまう。
しかしそんな態度が通じるわけもない。
相手は精霊の魔導書。盗もうとした時点で有罪だ。
「ウェルジさん、私は何故精霊の魔導書を盗もうとしたのか訊いているんですよ? 答えて貰えますよね?」
ヒノワ館長は一切口調を変えない。
むしろ平常心のままウェルジさんに近付く。
縛られた挙句、床に突っ伏せるウェルジさんは、その形相を眼前に捉えると、怖気付く前に全身をヒリつかせた。
「い、言うわけが!」
「ウェルジさん?」
「ひいぃ。い、言う。言うからそれ以上は!」
一体何をしているのかな? 私は見えていないけど怖くなる。
ギュッと精霊の魔導書を引き寄せ恐怖を拭い去ると、ゴクリと息を飲む羽目になる。
「ヒ、ヒノワ館長……」
「アルマ、ウェルジさんが話してくれるよ」
「ええっ!?」
完全に脅し文句だった。
私は悲鳴を上げてしまうが、それすら掻き消す勢いで、ウェルジは口元をモゴモゴさせると、目を泳がせながら答える。
「儂は元々盗賊じゃった」
「と、盗賊!?」
「凄腕の盗賊……魔法は何一つ使えんが、筋力と経験だけでことを成して来た。しかしある時知ってしまったんじゃ。儂が盗めるものは、あくまでも儂の力が及ぶだけのもの。それでは真に盗賊を名乗ることはできんとな」
かなり自信過剰で、野心家な盗賊だったらしい。
初耳ワードがたくさん出てくる中、ウェルジさんは私達に吐露をした。
「だからこそ、儂はこのトワイズ魔導図書館で長年用務員として働き、好奇を待っておったのじゃ!」
「な、何故?」
私は咄嗟に口走ってしまう。あまりにも脈絡が無かったからだ。
しかしウェルジさんはそんな私に眼を飛ばすと、萎縮させに掛かる。
その瞬間、ヒノワ館長とマリーナさんの目が鋭くなり、ウェルジさんのことを上から捻じ伏せてしまう。
「む、むぅ。何故も何も、トワイズ魔導図書館は魔導署の宝庫。その中でも特に貴重な魔導書がやかでこの場所に持ち込まれるやもしれん。その瞬間を狙い澄まし、ヒノワ館長やマリーナを掻い潜ってこそ、儂は真の意味で盗賊の名を欲しいままにできる。そう思ったんじゃよ……じゃがの」
「結果的に返り討ちですか」
「辛いことを言うでない! 確かに儂は敗れた。この数十年の月日、この場所で用務員として働きながら磨き上げてきた技の数々を悉く潰されてな」
ウェルジさんはウェルジさんなりに頑張っていたらしい。
しかしそれがこうも上手くいかないと、私も悲しくなってしまう。
悔しい思いをした。後悔の念が強い。
かと思えばウェルジさんは奥歯を噛むことを止め、ギラついた目をしてみせる。
「じゃがの。儂は決して負けん。何度もだって儂は……儂は!」
「どのみちウェルジさんは大きな罪を背負った大罪人です。しっかりと裁かれていただきますよ」
「ふん。そう上手くいくと思っているのか!?」
ウェルジさんには野心が潰えていなかった。
ヒノワ館長は何としてでも摘み取ろうとするが、それすらウェルジさんは嗜める。
何をしようとしているのか。何をしようとしていたのか。
全身を縛られているにもかかわらず、体を捻りながら関節を外すと、スルリと抜け出してしまう。
「え、ええっ!?」
「ふん。そこじゃ!」
ウェルジさんは怯えた私に向かって走り出す。
一瞬で関節をはめ直すと、私に毒棒を突き出す。
「どのみち捕まるのなら、一人くらいは!」
「「アルマ(ちゃん)!?」」
ウェルジさんの放つ毒棒。流石にこの距離で避けられない。
グッと目を瞑ってしまう。如何したらいいのか分からない始末だ。そんな諦めも半ばの中、私に毒棒が突きつけられることはなく、むしろパチンと弾かれた。
「えっ!?」
視線を下に向けると、精霊の魔導書から炎の翼が出ていた。
毒棒を軽やかに弾き落とすと、私は瞬きが止まらない。
如何やら助けて貰ったらしく、ウェルジさんも驚いていた。
「せ、精霊の魔導書じゃと! ぬぁっ!?」
今度はウェルジさんが吹き飛ばされる。
精霊の魔導書の翼がパチンとぶつかると、まるで埃のようになって遠く書架へと叩き付けられてにまった。
「ううっ、な、何故じゃ」
ウェルジさんは白目を剥いて崩れてしまう。
たくさんの魔導書が追い討ちとなって、上から潰す光景に、私達は目を奪われてしまった。
「精霊の魔導書、今のって?」
『私の友達を殺させない』
「友達……精霊の魔導書!」
私はギュッと精霊の魔導書を握った。
抱き締めると、頬を擦り合わせてしまう。
貴重な筈の魔導書も今となっては私の友達。嬉しさが込み上がってしまい、私はヒノワ館長達を置いてけぼりにするのだった。
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