第38話 ヒノワ館長の本領発揮

「今の声はアルマの? ウェルジを止める……動き出したんですね」


 ヒノワは館長室で書類整理に明け暮れていた。

 精霊の魔導書はアルマに任せてある。元々あの魔導書の扱いは細心の注意を払っており、今回トワイズ魔導図書館に運ばれてきたのも訳有りだ。


 しかしその裏では上からの圧力が掛かっている。

 もちろん悪意を持った権力が働いている訳ではなく、むしろ善意から来る権力だった。


 恐らくはアルマ・カルシファーの叔母であるグリモア・ライブラリーの手によるものが大きい。理由は知らないが、姪であるアルマのためだろう。

 そのためトワイズ魔導図書館は、辺境の街でもあり身内も居ることから、何もかもが好都合に収まる。


 ヒノワ自身はアルマのための御膳立てで使われた。

 完全に不要な存在で、建前のための道具に過ぎない。

 けれどヒノワは分かっていた。分かった上でそれを受け入れたのだ。


 しかしながら、もう一人ヒノワの笠を被っていた人物が居た。

 それがこの計ったようなタイミングで動き出しとなると、恐らくも何も事情は把握した。

 狙っていたのは精霊の魔導書。何処で漏れたのかは分からないが、少なくとも危機的状況ではあった。


「そうですね。それでは私が動きましょうか」


 ヒノワはそう言うと、重たい腰を上げた。

 館長室から出て、まずやるべきことは館内の閉鎖。

 代表者であるヒノワがやらなければならないと、無用な正義感を剥きだすと、館長室に誰か駆け寄る気配がした。


「ヒノワ館長!」

「マリーナ、ここに初めに来るのはいつもそうだね」

「そんなことはどうでもいいです。それより今の声……」

「アルマだね。恐らくなにかあったんだ」

「なにかって……なにがあったんですか!」

「それは分からないけれど、少なくとも今私達ができるのはいち早く事態の中心に居るであろうウェルジさんを止めることだ」


 ヒノワ館長はマリーナの隣を何事もなかったかのように横切った。

 その足でまず向かうのはトワイズ魔導図書館の厳重な扉。

 今すぐ機能を停止させ、缶詰の状態にするしかない。

 それが何夜の最善行動で、ヒノワが通路を曲がった瞬間、マリーナが口走る。


「ヒノワ館長、扉はもう閉めてあります」

「そうなの? 仕事が早いね」

「緊急事態ですから。それよりもヒノワ館長、今やるべきことは!」

「もう決まっているよね。行くよ、マリーナ。悪人を叩きのめそうか」


 ヒノワはマリーナの肩に手を置く。

 指の骨をポキポキと鳴らすと、着込んだローブを翻す。

 その様子からマリーナは勘付いてしまった。

 これは本気を出しても良い合図だと悟り、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、表情の表面に狂気を露わにする。


「ヒノワ館長、私も本気を少しだけ出してもいいですよね?」

「構わないけど、殺さないようにね。アルマに幻滅されても困るから」

「分かっています。アルマちゃんには私の狂気じみた素顔を見せないようにですね」


 ヒノワとマリーナは通路を最短で進むと、ウェルジの居るであろう場所を予測する。

 しかしそんな必要は無かった。魔力を辿り、アドレナリンの分泌によって加速した精神が漏れ出ていた。これならすぐに見つけることもできるので、ヒノワは炙り出すことにした。


「ヒノワの魔導書。|日之輪の名の下、炎よ舞いて炙り出せ」


 ヒノワは言葉の羅列を呟いてみた。

 すると手にした魔導書が赤く輝き、炎のように燃え上がる。

 パチパチと火花を散らして蠢き出すと、小さな炎が宙に回る。

 ヒノワの周りをグルリと回ると、人差し指が触れた瞬間、生き物が命じられたままに飛び交うと、書架の周りを縦横無尽に駆けた。


「ヒノワ館長、なかなか非情な手を使いますね」

「そうかな? 私はこれくらい普通だと思うけど?」

「ヒノワ館長は時々怖い顔をしますね。凛々しいお顔が台無しですよ」


 マリーナはヒノワの表情の怖さを指摘する。

 こんな表情をアルマには見せることができない。

 マリーナの指摘を受けたヒノワだったが、表情を訂正する前に動きがあったのでそれどころではなくなる。


「な、なんじゃこれは!? く、来るな! 来るな来るな! 熱い、焼ける。一体何処から」


 ウェルジは書架の合間から抜け出ると、その姿をヒノワとマリーナの前に現す。

 慌てた様子でウェルジが目を見開くと、黄ばんだ歯を見せつける。

 ヒノワとマリーナを恨むような眼光を突き付けると、急にでも無く怒鳴り付けた。


「ヒノワ館長、なにしてくれてるんじゃ!」

「ウェルジさんこそ、なにをされているんです?」

「わ、儂は……その」

「では質問を変えましょうか。その手に持っている魔導書はなんですか?」


 ヒノワは先んじて質問を変え、逃げ道を防ぐ。

 ウェルジが手にしているのは魔導書。恐らくは精霊の魔導書で間違いない。

 迸る古の魔力を肌で捉え、ヒノワの表情が訝しむ。


「どうなんですか、ウェルジさん?」

「な、なにを根拠に言っておるのかさっぱり分からんの」

「そうですか。それでは返却していただけますか?」

「……」

「できないんですか? 返却。もしもそれが魔導書であれば、正式な資格の無いウェルジさんをこのままうちで雇うわけにはいきません。とは言え今回に限っては返却を条件に継続と言う形も……」


 ヒノワが譲歩しようとした瞬間、ウェルジから凄まじい殺気が飛んだ。

 ヒノワとマリーナ、二人をここで仕留める意思を感じられる。

 鋭いナイフのようであり、切れ目になった眼光が痛々しく突き刺さる。


「どうやら交渉決裂のようですね。では……」


 ヒノワはソッと目を閉じた。これ以上の話し合いは無用だ。

 ここからは力と力の勝負になる中、ふと目を開けた時にはウェルジが先に動いており、毒液の付いた棒をヒノワの顔面目掛けて投げ付けていた。

 この距離では到底避けることはままならない。だがしかし魔法なら反撃も可能だ。

 にもかかわらず、ヒノワは一瞬の気の迷いも見せずに毒棒を前にして立ち尽くすだけだった。

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