第37話 反逆のウェルジさん
精霊の魔導書の奪い合いが始まった。何処からもゴングが鳴る訳なかったけれど、私にはそんな気がしてならず、奥歯を噛み締め力を加える。
歯が砕けちゃうんじゃないかと思い怖くなる。それだけの問答が言葉なく繰り広げられると、ウェルジさんは何処にそんなパワーが隠されているのか分からないけれど、腰を落として床に無駄な力を逃がして私から精霊の魔導書を奪い去ろうとした。
「ウェルジさん、どうして精霊の魔導書を?」
「お前が気にする必要はない」
「気にしますよ。私は魔導書士ですよ?」
「そうか……なら、儂の敵じゃな!」
「て、敵?」
何やら物騒な言い回しをされてしまった。
私はゾクリとした冷たい感触に苛まれると、ジットリとした汗が蟀谷を流れる。
いわゆる殺気のようで、私は死を直感して目の前が遠のく。
それでも精霊の魔導書を掴んだ手は放さない。汗でヌルヌルしているけれど、全力で掴んでいた。
「敵だとしても、私は精霊の魔導書をウェルジさんには渡しませんよ!」
「そうか。抗うというのなら、ここで死んで貰おうかの」
「し、死ぬ? いきなりなにを言って……」
私がのけ反った瞬間、ウェルジさんは左手を開けた。
指先がズボンのポケットに収まると、ギラリと光る棒が浮かび上がる。
棒は鋭い針のようで、光沢感が有った。
けれど先端には透明な液が塗られていて、ボトリと床に垂れる。
明らかにマズい。死の臭いが否応なく漂うと、私はゴクリと喉を鳴らし、ウェルジさんが指の間から解放する寸前に精霊の魔導書から手を放した。
シュン!
棒が私の顔面目掛けて放たれる。
あまりにも速すぎて私は目で追うことができない。
事前に回避しておいたおかげで直撃を回避し、髪の毛の一部を持って行く。
掠った瞬間、蒸気のようなものが髪の毛を焼き、棒は真後ろの壁にぶち当たると、ジュワァと溶かしてしまった。
「ど、ど、ど、どういうこと!? えっ、マジで殺しに来たんですか?」
「ふん。儂の毒棒を避けるとは、お前なかなかやるの」
「ま、まあ。魔導書士は戦えないとダメなので」
筋トレはほとんどダメだけど、感覚的なもの、直感的なものは優れている。
一応戦えなくはない身体能力はあるけれど、今の攻撃は情報と直感を掛け合わせただけだ。一瞬の判断で私は死の味を嗜めると、動悸が打ち出してウェルジさんのことを見つめる。
この人は本気で私のことを殺しに来ている。それだけの目的がある。精霊の魔導書は目標物のようで、私は吐き気を催した。
「うぇっ、ぐえっ」
「考えすぎる奴は戦闘には向いていないぞ。儂からのアドバイスじゃ」
「あ、アドバイスを言う余裕があるんですか?」
「ふん。弱った子供のお前にはいくら年老いた儂とは言え遅れは取らんのだ。ではの、若すぎる魔導書士」
ウェルジさんはそう言い残すと、精霊の魔導書を持って走り去る。
一瞬のうちに私の目の前から姿を消す勢いで遠くへと逃げる。
その後ろを姿をただ眺めるしかない私は、必死に嗚咽を戻しながら、動悸に胸を襲われるもできることをした。
「た、確かこの辺に……」
私は手元を探した。近くの机の上に置かれている魔導書を見つめる。
その中にお目当ての魔導書があるとは限らない。
けれども賭けてみるしかなく、私は必至に目を凝らして耳も凝らして探し回ると、気になる魔導書を一冊見つけた。
「拡声の魔導書。貴方の力を貸して!」
拡声の魔導書は声を拡散する魔法が使える。今の状況には打って付けだ。
私は必至に頭の中をクリアにすると魔導書の声を耳にする。『いいよ』と言ってくれたようで、私は魔導書の名前を叫んだ。これで魔法が使える。けれど時間の余裕的にもギリギリなので、たった一言に留めた。
「ウェルジさんを倒してください!」
あまりにも漠然とした一言だった。
正直これで何かが伝わるとは思わない。
けれど必死の思いで拡声の魔導書を使ったことで私の魔力は大きく減った。
その分だけ効果は強く際立ち、トワイズ魔導図書館の中に響いたに違いない。
今の私にはそう願うことしかできず、奥歯を噛み締め今一度ウェルジさんを睨む。
「もう姿は見えないけど……まだ終えるなら追ってみるしかないよね!」
私はウェルジさんを追いかけることにした。
もちろん追い付く保証は無いし、私の身体能力じゃウェルジさんには勝てない。
だからこそ、ここはもう一冊魔導書の力を頼ることにした。
「ねぇ、この中に身体能力を強化できる魔導書はいない?」
今度は魔導書達に漠然とした質問を投げ掛けた。
果たしてこんな頼りない声で通じるのだろうか?
魔導書達も信頼が余りで来ていない私に教えてくれるのか、この際心配になってしまうが、そんな心配は不要だったらしい。
『ジュウビョウカンだけならだれにもマけないハヤさをタイケンできるよ!』
「本当に!?」
『キンリョクをキョウカできるよ!』
「マジで!?」
『フウアツをミカタにツけられるよ!』
「噛み合い過ぎだよ。それじゃあみんな、私に応えて!」
『『『うん』』』
私は三冊の魔導書を同時に唱えた。
三つの魔法が重なり合い、紡ぎ合い、私のために力を貸してくれる。
これも信頼。それと私の魔導書士としての実力のおかげだ。
お母さんがくれたDNAに感謝すると、遠くの方で鋭い絶叫が木霊する。
「この音……急ごう」
トワイズ魔導図書館の中で、本来聞こえてはいけないような音が聞こえ出した。
これはウェルジさんと誰かが争っている証拠。
私はそのことに気が付くと、借りた魔導書の力を全面に押し出し、全身を振り絞ってウェルジさんを追い掛けた。
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