第31話 隠し通路の終わり
私はヒノワ館長を先頭、マリーナさんを背後に連れ添いながら、狭い通路を歩いていた。
まさか本棚の後ろに隠し通路があるなんて思わなかった。
秘密基地感をより一層惹き立たせると、私はワクワクしながら胸を躍らせた。
それもそのはず、隠し通路となれば確実に何かあるのは確定。
これで何も無かったら流石にブチ切れ案件だ。
ヒノワ館長を火だるまにする勢いで私はブチ切れてしまうだろう。
そうなりたくないし、そうしたくないので、とにかくポジティブな精神と有り余るパッションで腕を振り続ける。
「ふふっ。アルマ、楽しそうだね」
「はい、楽しいです!」
「ちなみになにが楽しいのかな?」
「分からないです。でもこの先になにかあるんですよね?」
私は意気揚々とヒノワ館長に問い掛ける。ここまで勿体ぶっているんだ。何も無いとかふざけたことを言える状況じゃない。
ましてや私は許さない。逃げ道を完全に塞ぐように畳み掛けた。
「こんな大それた仕掛けがあるのはトワイズ魔導図書館がかなり古い建造物だからですよね。それから本棚の先の隠し通路もなにか大事なものを隠すためのもの。トロイの木馬ってことですよね。内側にあるものを隠すために用意された、秘密の通路。そんなの期待するしかないじゃないですか!」
ここまで捲し立てれば、きっとヒノワ館長も動くはず。
どっちに転んだって私は構わない。だけどできれば私にとって楽しい方が良い。
トワイズ魔導図書館は不思議で溢れ返っているからか、ちょっとしたことで動じる暇は無く、今回だってそうだった。とは言え、膨らみ過ぎた期待に対して先手が打てるなら館長としても打ちたいはず。さあ、如何出るのかな? 楽しみだ。
「うん、期待してくれて構わないよ」
「あ、あれ?」
「ふふっ。アルマ、私の思考の先を読もうとしたんだよね。でも安心して。必ず期待には添えられるはずだから。後学のためにも必ず役に立つよ」
「そ、そうなんですか? ごめんなさいです。疑ったり、鎌を掛けるようなことを言ってしまって」
私は素直に反省する。それと同時にヒノワ館長の凄みを見た。
適当な人な一面も多々見えるけど、それでもマリーナさんが言っていた通り、高いランクの魔導書士なのは間違いない。
発破を掛ける訳でも、嘘で塗り固める訳でもない。全てを事実にさせてしまうそんな凄みが露出する。
「アルマちゃん、ヒノワ館長は本当に凄い魔導士で魔導書士なのよ」
「そ、そうみたいです」
「だけど抜けている所もあってね……」
「それはこの間身を以って体験しました。あれは流石に無いです」
この間と言えばウェルジさんに怒られた時だ。
あの時だって、本当は前以ってヒノワ館長が教えてくれていたら、変にウェルジさんの怒りの沸点を苛烈させて半日もの長い間正座させられることにはならなかった。
完全にパワハラ案件だけど、ヒノワ館長は何故か咎めなかった。
本当に酷い目に遭ったと思い知らされる。
「あー、今思い出しただけでも……」
「アルマちゃん、怒っちゃダメだよ」
「怒ってないですよ?」
「うふふ。アルマちゃんは感受性豊かでいいわよ。ちゃんと笑えて怒れて泣ける魔導書士って、貴重な存在だから」
「あー、上下関係的な奴ですか? 私、そういうくだらない社会性には屈しませんよ。絶対!」
私はマリーナさんに堂々とした意見を呟く。
鋭い刃のような言葉に、マリーナさんは少しだけ動じる。
けれど私の意見を尊重してくれて、下手に強い芯の太さを褒めてくれた。
「とか言いつつも、結局私がここにいるのって、上下関係の社会性に屈した証なんですけど」
「そう言えばアルマちゃんがここに来たのは、アルマちゃんを代わりにと寄こしたからだったわよね」
「は、はい。お母さんからと叔母さんから」
私がそう呟くと、急に背中に寒気を感じた。
もしかして地獄耳か何かで聞こえちゃったのかな?
怖い! 流石に怖いよ。私は身震いをすると、首をブンブン振る。
「きっときのせい、きっときのせい」
「気のせい?」
「は、はい。全然気にしなくて大丈夫ですよ。家系の問題……と言うか、理不尽の問題と言いますか、まあ、大丈夫ですから」
私は全然大丈夫じゃない顔をしてしまった。
瞼の下にいつの間にか隈が張り、マリーナさんをドン引きさせる。
グッと息を押し殺すには十分だったらしく、マリーナさんはそれ以上口にはしなかった。
「談笑は済んだかな?」
するとヒノワ館長が口火を切った。如何やらここまでの長いようで短い時間を黙って待ってくれていたらしい。
と言うことは今までの悪口も陰口も全部聞かれていたってことかな。多分全部聞こえた上で聞き流してくれていたはずだ。
私はヒノワ館長に怒られるかと思いドキドキする。
血の巡りが急速に激しくなり、自然と喉が震えた。
過呼吸になってしまうかも。ダラダラと冷汗を流すもヒノワ館長は特に気にしていなかった。
「もうすぐこの通路も終わるよ。この先にはちょっとした部屋があるんだ」
「あれ……怒ってないんですか?」
「怒る? 別にその程度の言葉で私が動じることはないよ。実際、私自身の非でもあるからね」
私は怒られると勝手に思っていた。けれどヒノワ館長は怒るなんて真似をしない。
むしろ自分自身にも非があると認めている。
良い上司、良い館長だと私は胸を撫で下ろすとホッとする。
するとヒノワ館長は談笑から話を引き戻し、再び話し始める。
「話を戻すけど、この通路はもうすぐ終わるから身を引き締めて」
「身を引き締めるってことは、なにかと戦うんですか?」
「もしかして、魔物の魔導書でしょうか?」
マリーナさんはヒノワ館長の言葉からこの先の部屋に何が保管されているのかを予想する。如何やらマリーナさんは魔物の魔導書だと思っているらしい。
魔物の魔導書。それは世界中で暴れ回るモンスターに関する魔導書で、場合によっては強力なモンスターを呼び寄せてしまうこともあるらしい。
だからこそ、丁重な保管が義務付けられている魔導書の一つだ。
実際、過去にはとある村で放置されていた魔物の魔導書を勝手に唱えたことによって、村を壊滅させるモンスターを呼び寄せ、多数の死傷者を生んだ記録もある。
となれば自然と私も身が引き締まる思いだ。
けれど頭の中では冷静な思考があるはずなのに、胸を躍らせるパッションが先回りをする。
「ま、魔物の魔導書!? それは確かに危険かもですよね」
「アルマちゃん、楽しそうに言うのは違うと思うけど」
「えっ、そうですか? 私、楽しそうにしてますか?」
「うん。楽しそうに腕を振ってるけど……ヒノワ館長、魔物の魔導書と言うことは、私の出番はありますか?」
マリーナさんは私が楽しそうにしていると誤解している。
そんなに楽しそうにしているつもりはない。ただ心と体がウズウズしていて、冷静な思考が言うことを聞かないだけ。口角が上がってしまい、場違いな笑みを浮かべてしまっただけだ。
「その心配は要らないよ、マリーナ。相手は魔物の魔導書じゃない」
「と言うことは、別の魔導書ですよね。魔物の魔導書以上に身を引き締めるとなると、かなり貴重な代物ですよね」
「想像は任せるよ。さてと、そろそろだ」
ヒノワ館長がそう呟くと、目の前が開ける。
如何やら隠し通路はもう終わり。その先に待っているのは隠し部屋が隠していた部屋だ。
一体何が待っているのか。何に期待したらいいのか。私はたまらなく面白くなっていた。
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