第20話 魔導書の補修ですか?

 一通り本の整理と、書架の配置を教えて貰った私は早速作業に取り掛かる。

 それもそのはず、なんと私はマリーナさんに書架を任されたのだ。


 研修初日から書架一つ分の整理を任されるなんて光栄。

 だけど同時に、人手が足りないから押し付けられただけじゃね? と、圧倒的な事実が押し寄せる。


 私は荒波のように向かって来る現状に冷静な脳がイカれそうになる中、とにかく書架の整理整頓を始めることにした。

 とにかく手を動かさないと終わりが全く見えて来ないのだ。


「よーし、ここはパッションで頑張ろう!」


 いつものことながら、私は冷静な思考を放棄。心の赴くまま、パッション全開の精神で丸め込むと、目の前の書架の整理を始める。

 一冊ずつ丁寧に。だけどできるだけ素早く。魔力の宿った疑似魔導書の整理は大変で骨が折れる。いや、骨の髄から魔力の影響をもろに受ける。

 手にした瞬間、頭の中に流れ込んでくる魔導書の声。私はホッと胸を撫でそうになった。


「へぇ、この小説結構面白そう……じゃないって! 本の整理整理……よっと」


 私は自分よりも高い書架の一番上に、手にしていた本を戻した。

 背伸びをしつつ軽くジャンプしてようやく手が届く。

 一冊一冊戻すのは骨が折れる前に日が暮れそうだ。私は肩をポンポン叩きながら、近くに台が無いことに不満を込めた表情を浮かべるも、次の本に手を伸ばす。


「うわぁ、この本古そう。もしかして歴史書かなにか、かな?」


 私は膝を落として大きくジャンプ。右手の人差し指と中指が本の上部の隙間に掛かると、そのまま書架を薙ぎ倒すイメージで取り出す。


「うっ!」


 すると頭が急に痛くて重たくなる。私は尻餅を突きそうになる中、何とか本を死守して胸の中に収めると、踵を使って床に体重と衝撃を逃がす。

 けれど大きな音と一緒に書架が少し揺れたせいか、ステルス解決とは行かない。

 別の書架の整理整頓をしていたマリーナさんが心配して駆けつける。


「大丈夫アルマちゃん? なにかあったの?」

「あはは、大丈夫ですよマリーナさん。ちょっと本を取るのに手こずっちゃって」


 私は笑い話にしてしまおう。それが一番円満解決だ。

 そう思い笑顔を浮かべて照れながら頭を掻いた。

 けれどマリーナさんにはあまり伝わっていない様子なので断念すると、胸の中で抱え込んだ本を見せた。


「で、でも安心してください。私もこの子も無事ですよ!」

「無時って、アルマちゃんが怪我しちゃったら意味ないわよ? って、その魔導書解れてる」

「えっ!? もしかして、今取り出した時に……本当だ」


 私は本の表紙を表にする。如何やらこの本は古い魔導書らしい。しかも貴重な初版品だ。

 原本の複製とは言え、初版は貴重。トワイズ魔導図書館に蔵書されているおかげか、魔力の質も高い。かなり強めの魔導書だと気が付いたが、如何やら補修が必要らしい。


 とは言え見た目的には汚れているだけで、何処か破れているわけでも中身が外れそうになっている訳もない。

 素人目でも普通の司書にも分からないくらい微妙な差……でもない。

 これは魔導書士だからこそ気付けるもので、私もマリーナさんもとっくに気が付いていた。


「魔力の流れが分散してる。もしかして、何処かで回路に亀裂でも入ったのかな?」

「うーん。古い魔導書だから、魔力の浸透と共に劣化しちゃったのかもしれないわよ」

「劣化……まあよくある話ですよね。それにこのくらいなら」

「直せちゃうのが魔導書士よね」


 この程度のこと、魔導書にはよくある不具合だ。

 魔力の質が高ければ高い程、浸透性も高い。その分速い。

 だから定期的に補習をしないと、その魔導書は息をしなくなる。つまり使えなくなってしまう。それを直して、もう一度力を使って貰えるようにするのも、魔導書士の大事な役目の一つだった。


「それじゃあ私が直しちゃってもいいですか?」

「アルマちゃんが? 大丈夫、できる?」

「安心してください。こう見えて国家魔導書士ですよ。もちろん慢心もしていません。でも魔導書に限って言えば成功します。九十パーセントくらいは!」


 私は百パーセント自信は無かった。そんな自信が有ったら、どんな魔導書もお茶の子さいさいで直してしまい、こんな所に用はない。

 今頃魔導書の重役に大層歓迎(もしくは軟禁)されているに違いない。

 超絶ブラックな労働環境が待っていると思うと恐ろしく、私は身震いをしてしまうが、それでも意識だけは研ぎ澄まし、魔導書の補修を始めた。


「まずは意識を集中させて、魔導書の解れた魔力回路を探し出す」


 私は意識を集中させると、魔導書の中に潜行。解れた魔力回路を探し出す。

 この作業は大分堪えるから、そう長くはできない。

 集中するために全神経と全呼吸を回すと、私は喉の奥から息苦しくなる。


 それだけ真剣な作業。マリーナさんも黙っている。

 固唾を飲み見守る中、決して圧を掛けたりはしない。

 そんな真似をすれば、魔導書士にも魔導書にも悪影響が出ると、解りきっている証拠だ。


 その安らかな気配りのおかげか、私はより一層魔導書の中に意識を潜行する。

 すると魔導書も心を開いてくれた様子で、すんなりと解れた魔力回路を見つけることに成功。如何やらかなり浅い場所に有ったらしく、ものの一分程度で見つけることができた。


「見つけた。後はこれを……」


 ここからはテンプレートになぞるだけ。

 私は研ぎ澄ましていた意識から、魔力を流し込む。

 魔力回路が解れて千切れてしまったのなら、その間を橋渡しすればいい。私自身の魔力を使って魔力回路を修復する。これこそが魔導書の補修作業の大雑把な説明だ。


「ふぅ……終わりました」


 私は魔導書の補習を淡々と終わらせた。

 学院でも魔導書の補修は得意な方だったから、これくらい朝飯前。とは行かないくらい、魔力を擦り減らすと、私は焦派出ていないけれど、癖で額を擦った。


「凄いわ、アルマちゃん。もう直しちゃうなんて」

「えへへ、ありがとうございます。よっと、とりあえずこれで一冊補習は終わりましたね」


 私は無事に補修完了した魔導書を手にした。

 魔力を消費した後だからか意識をクリアにはできないが、きっと喜んでくれていると思いたい。私はソッと笑みを浮かべると、マリーナさんは口走った。


「この調子なら、この魔導図書館の魔導書全部補習できるかもしれないわよ」

「えっ、それは流石に……」

「でもこの魔導図書館にはまだまだ補習が終わっていない……と言うより、終われないくらい魔導書が残っていてね……」

「ああ、待ってください。それ以上は言わなくても大丈夫ですよ!」


 私は聞きたくなかった。まさかこのままの流れで押し付けらたりしたらたまらない。

 グッと手のひらをマリーナさんに突き出すと、私はげんなりした表情を浮かべる。


 魔導書の補修は得意だけど疲れる。できればやりたくない。

 本の整理ならやっても良いし、むしろ楽しそう。だけど補修は専門の人に頼んで欲しいと、失った魔力の容量が私のことを慰めていた。


 流石にパッションでは動けない。それだけ疲れてしまうと、私は頭を抑える。

 高い高い天井を見つめると、精神的に疲労していた。

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