第19話 研修内容な魔導書の整理?

 私はマリーナさんに連れられて、二階にやって来た。

 たくさんの書架に囲まれながらどんな作業をするのか。


 もしかして、本の整理かな?

 この間マリーナさんがやっていた、修羅の道を私も歩むことになるのかな。

 流石にそんな苦行は遠慮したい。

 その気持ちがドンドン強まり、蟀谷辺りから嫌な汗が滲み出た。


「ま、まさかね。そんな苦行を私に……なんてね」

「それじゃあ」

「はいっ!」


 私は頭の中で色んな思考が巡り合う。

 そのせいでマリーナさんの声一つ一つに反応してしまう。

 盛大に声を上げて頷き返すと、マリーナさんは目を見開く。


「ど、どうしたの、アルマちゃん?」

「ごめんなさい、マリーナさん! 私、マリーナさんみたいに長期間同じ作業を淡々とできる人じゃないんです。だから果ての無い魔導書の整理はどうか、どうか……」


 私はマリーナさんに前以ってお願いする。

 もちろんマリーナさんにそんな権利は無いことは分かっていた。

 だけどヒノワ館長のやりそうなことが全く想像できない。

 どんな修羅道に放り込まれるのかと思えば思う程怖くなってしまうのだ。


 けれどマリーナさんはそんな私のことを見て「ふふ」と笑った。

 そんなに面白いことでもあったのかな。もしかして私の態度が面白かったのかな。

 流石に笑い事じゃない。そう言いたいけど、頭をなかなか上げられず、黙って頭を下げ続けていると、マリーナさんが「アルマちゃん、顔を上げて」と言いながら待っていてくれる。


「マリーナさん……」

「大丈夫よ、アルマちゃん。あの後でヒノワ館長にキツく言っておいたから。そうしたらね、ヒノワ館長も流石に分かってくれたみたいなの。だからあんな真似、もう二度とないと思うから安心して」

「ほ、本当ですか?」

「本当だと思うわよ。それに今日からアルマちゃんにして貰う研修内容は、ずっと同じことだからすぐに覚えちゃって、実行できることだから。そう身構えなくても、頑張ってみよう」


 マリーナさんは私のことを安心させようとする。言葉と態度からその想いはしっかりと伝わる。

 私自身も、マリーナさんを頼りにしようと思った。改めてここで震えるのは間違いだ気が付くと、密かに抱いた覚悟のおかげか、マリーナさんの言葉を信じてみることにした。

それにしても一体どんな研修内容なのか。まだ見せても口にもしてくれないから、少しだけ怖く早く知りたい気持ちで一杯だった。


「それじゃあまずはこの書架から始めましょうか」

「はい!」


 私とマリーナさんの前には書架がある。

 円形のトワイズ魔導図書館に合わせた特注品らしい。

 改めて見ると、一つ一つの書架ごとに大きさは揃っているけれど、彎曲具合が異なっていた。そのせいだろうか、収まっている本もバラバラで見つけるのが大変だ。


「まずは一冊手に取って」

「一冊手に取って……」


 書架の中から収めらている本を一冊無作為に取り出す。

 マリーナさんが左端。それなら私は右端からそれぞれ一冊ずつ手にする。

 如何やらこの本は魔導書らしく、この間の対として塩を使わずにお菓子をしょっぱくする魔導書らしい。


「いやいやいや、なにに使うの!?」


 お菓子は普通に甘い方が美味しい。

 あくまでも私の意見だけど、一体誰が読むのか分からない魔導書だった。


「マリーナさん、変な魔導書まで置いてあるんですね」

「うん。トワイズ魔導図書館はね、元々トワイズと呼ばれる歴史的にも魔法と根強い街に建てられているからか、その影響でなんの変哲もない本も魔導書みたいに魔力を宿しちゃうのよ。例えば、この本を見てて」


 マリーナさんが手にしたのは昆虫図鑑だった。

 子供向けのもののようで、紙のサイズもB4程度は余裕である。

 表紙も分厚く丁寧な造りになっていて、中を開いてみると、写真機カメラと呼ばれる魔導具で映し撮られた最新版だった。


「その図鑑、最近発売されたものですよね? 最新のものまであるんだ」

「確かに最新のものだけど、でも見て欲しいのはそこじゃないの。例えばこのページの蟻の写真にこうして魔力を流すと……」


 マリーナさんは図鑑を適当に開くと、蟻の写真が載ったページだった。

 私に最新技術で撮られた蟻の写真を指さすと、昆虫図鑑に魔力を流す。

 一体何が起きるんだろう? 普通の本に魔力をいくら流しても魔導書みたいにはならないのに。馬鹿みたいなことをしていると思ったのも束の間。昆虫図鑑が光り出し、私の目の前に小さな蟻が現れた。


「えっ、ええっ!? な、なんで蟻がいるんですか。その本、魔導書じゃないですよね?」

「魔導書じゃないけど、魔力を宿しているわよ」

「確かに魔力は宿してますけど……まさか、これって本物」


 私が蟻に触れてみようとした。すると確かに形はある。けれど全く動く様子は無く、完全に置物と一緒だった。

 もしかしたらも何も、この蟻は生きていなかった。

 完全に見せかけで、いくら魔導書とは言え、あくまでも写真を立体物として映し出しただけらしい。


「す、凄い。まさかこんなことが起こるなんて!」

「凄いでしょ。でも本当に凄いのは、この昆虫図鑑だけじゃないってことなの」

「もしかしてここにある本が全部……それって凄すぎませんか!」


 私は一人興奮してしまう。

 だけどそれも無理はないと諦めて欲しい。

 トワイズ魔導図書館に蔵書された本は魔導書問わず魔力を宿している。

 そのおかげか、原本には流石に劣るけれど、他の魔導書よりも明らかに効果が高かった。


「もう、言葉も出ません」

「うふふ。アルマちゃんなら、そうなると思ったわ」

「だってそうじゃないですか? ただの昆虫図鑑が、例え見せかけでも昆虫の写真を映し出せるなら、マグマについて書かれた本ならマグマが呼べて、宇宙に関する本ならもっと凄いことができる。そんなに他のどんな本よりも価値がありますよ……って、もしかして!」


 私はマリーナさんに実演して貰ったことで、何処か引っ掛かってしまう。

 今のはあくまでも昆虫図鑑だった。と言うことは他の本にも全く同じじゃないにしても、きっと凄いことができてしまう。

 つまりトワイズ魔導図書館に蔵書された全ての本は魔導書と酷似持していて、一体どんな影響を及ぼすのか分からない。だからこそ、調査が必要で定期的な本の整理が不可欠だった。


「アルマちゃんも気が付いたのね。そうなの、トワイズ魔導図書館に蔵書された本はただの本じゃないから、定期的に本の整理と随時調査が不可欠なの。だからこうして慣れておかないと、いざと言う時になにもできなくなっちゃうのよ」

「ううっ、常識の半分以上が通用しないですね」


 マリーナさんに改めて言葉として説明されると、余計に常識が通用しなかった。

 国家魔導書になって数日。この一年半に渡る勉強の成果が一気に破壊された。

 頭の中の本棚がボロボロと崩れると、精神的に崩れてしまいそうになる。


「大変? アルマちゃんが嫌なら辞めてもいいけど」

「いいえ、辞めません。俄然やる気が出てきました。トワイズ魔導図書館は魔導書の塊。そんなの面白い以外ないじゃないですか!」


 マリーナさんは私の精神面を支えようとしてくれる。

 けれど私にそんな必要は全く無い。

 むしろ常識が通用しないなら、私が常識になれればいい。ニヤリと口角を上げると、目をキラキラさせて俄然やる気を見せるのだった。トワイズ魔導図書館、考えれば考える程普通じゃなくて面白い。私の心が躍り出すのが、心臓の鼓動で伝わった。

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