メイン:休日の追走劇

第18話 教育係はマリーナさん

 次の日の私は少しだけ憂鬱だった。

 昨日あんなことがあった後だ。やっぱりトワイズ魔導図書館に運ぶ足は重い。


 だけど行かない訳にはいかない。ヒノワ館長に行くと頷いてしまった。

 もちろんあれもギリギリだと思っている。

 だって、私に反論する余地すら与えずに、足早に去ってしまったから。

 あの後取り残された私は、マリーナさんと一緒に魔導書を片付ける羽目になってしまったのだ。


「むーん、私が魔導書を書架から取り出したけど、だからと言って……いやいや、昨日の話だもんね。もう忘れよ。ポジティブポジティブ!」


 私は自分自身を鼓舞すると、脳裏を過ったネガティブな気持ちをポジティブで塗り替えた。

 こんな真似ができるのって、もしかして才能かも?

 なんて大したことない才能を発揮した私が、気が付くとトワイズ魔導図書館の前に立っていた。如何やら着いてしまったらしく、ここに来てグッと息を飲む。


「ううっ、よし、行くぞ!」


 私はトワイズ魔導図書館の中に入った。

 エントランスを潜り、自動扉もすんなり抜けると、本館の方に足を運んだ。

 当たり前のことだけど昨日とは何一つとして変わっていない。

 だから私にはまだまだ新鮮で、ボーッと見上げてしまった。


「やっぱり凄いな。トワイズ魔導図書館って」


 考えてみればそれもそのはずで、トワイズ魔導図書館は歴史がある。

 その歴史をヒシヒシと感じる……とは言えないけれど、とにかく凄い。

 私の感性とパッションだと、そこまでしか分からないので、眺めることに必死になる。

 するとそんな私を見かねてか、いち早く女性が声を掛けた。


「アルマちゃん」

「えっ!? マリーナさん?」


 私は声を掛けられたので振り返ると、そこに居たのはマリーナさんだった。

 黒い髪には青いメッシュが入り、私のことを優しい眼で見つめている。


 格好は昨日と同じで、トワイズ魔導図書館の職員のローブを着込んでいる。

 今にも地面に付いてしまいそうだけど、マリーナさんは私よりもずっと背が高い。

 だからかは分からないけれど、スラッとしたマリーナさんに似合っていた。


「マリーナさん、どうしてここに? それより、ヒノワ館長は?」

「ヒノワ館長はお忙しい方なので、私が教育係に任命されたんです」

「えーっと、教育係?」

「はい、私が教育係です。不満ですか?」


 マリーナさんは不安そうに首を捻った。目元がウルウルし始め、力不足かもと感じてしまっていた。

 そんな言い方をされると、不満なんて言えない。むしろマリーナさんに不満は無い。だってマリーナさんは魔導書に好かれていて、同時に実力も確かにある。

 むしろ不満があるのはヒノワ館長の方だ。

 ヒノワ館長に明日から研修と言われてきたのに、当日来てみればまさかの不在。

 流石に頭を抱えたくなってしまい、私は「ヒノワ館長……」と呟いていた。


「ヒノワ館長は神出鬼没ですからね。でも、確かに実力はあるんです。なんたって、Sランク魔導士。魔導書士のランクはトップクラスですからね」


 マリーナさんがそこまで言うならきっと凄い人なんだ。

 いや、もちろん私も凄い人だとは気が付いていた。

 しかしSランクとなると相当で、私は気圧されてしまいそうになるが、逆に楽しくなって来る。

 その性格も相まってか、謎が多くてお話的にも強キャラ感増し増しだった。


「やっぱり凄いんだ、ヒノワ館長って」

「そうだよ。元々こちらの人ではないから、あまり知られてはいないかもしれないけど、ヒノワ館長は有名人ですから」

「そこまで……私もまだまだ知識不足ですね」

「うふふ。アルマちゃんはその歳で国家魔導書士になれたのが凄いことよ」


 マリーナさんは私のことも褒めてくれる。

 確かに世間的に見たら凄いことかもしれないけど、私はそうは思わない。

 だって私はがなりたかったからなっただけだ。そのためにできること、頑張れること、色んな苦労を超えて来たからこそ、私は今ここに居る。その意味を噛み締めると、ゴクリと息を飲んでから、マリーナさんに訊ねる。


「マリーナさん、私の教育係なんですよね?」

「はい。私はアルマちゃんの教育係に選ばれましたから」

「それじゃあ質問してもいいですか?」


 私がそう言うと、マリーナさんはピタッと立ち止まった。

 後ろを付いて歩く私は、鼻先をマリーナさんの背中にぶつけた。


 痛い。私は鼻先を抑えると、指で摘まんだ。

 ちょっとだけ赤くなっているようで、私はグスンと鼻を鳴らす。

 とりあえず痛みは引いてきたようで、落ち着いた後少し後ろに下がる。


「マリーナさん、急に止まらないでくださいよ!」


 私はちょっとだけ怒ってしまった。

 するとマリーナさんはクルンと振り返り、にこやかな笑みを浮かべた。

 瞳がキラキラしていて、私の手を掴むと全く離してくれない。


「えーっと、マリーナさん?」

「アルマちゃん、私嬉しいわ」

「う、嬉しい? もしかして、マリーナさんを頼っているからですか?」

「うん。私はトワイズ魔導図書館に来てまだ浅いの。とは言っても、数年は経っているんだけどね。でも、こうして教育係として直接な指導ができるのがなんだか光栄なの」

「は、はぁ?」


 私は口をポカンと開けてしまった。

 と言うのもこういうタイプの人は居る。大抵このタイプの人は調子に乗る。

 いつも以上のパフォーマンスを発揮してくれるけど、熱い対応で振り回されちゃう。


 こういう時、私ができることは限られる。

 心の奥底からパッションの火を燃やすと、マリーナさんを信じる。

 ギュッと手を握られて離されないなら逆に強く握り返すと、何も言わずとも想いは通じた。


「私もマリーナさんで良かったです。それでマリーナさん、研修ってなにをするんですか?」


 私は早速訊ねると、マリーナさんは天を仰いだ。

 考える様子をしばし見せると、言葉を溜めた後で口にした。


「実際に口で説明しながら見せてあげるね」

「えっ? ああ、お願いします!」


 何だか普通の人と違った。

 私の予想だと、口で説明してくれるのか、実際に目で覚えればいいのかと思っていた。

 けれどマリーナさんはそのどちらもしてくれる優しい人で、もの凄く頼りにしたくなった。

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