第16話 ヒノワ館長と試験結果

 新しい風が吹いた。そう感じたのはあくまでも私の主観。

 その方が物語的な意味で面白くなりそう。

 話の書き出しに丁度良さそうな気持ちで迎えると、ふと疑問が浮かんだ。


「あの、マリーナさん」

「なに、アルマちゃん?」

「色々訊きたいことがあるんですけど、これからよろしくね・・・・・・・・・なんですか?」


 私はマリーナさんの言葉に引っかかってしまった。

 多分気にする必要のないこと。だけど私は変に首を突っ込んでしまった。


 するとマリーナさんは首を捻った。

 何を今更と言いたい様子で瞳孔を絞り、目を回している。


「あれ? アルマちゃんは今年からトワイズ魔導図書館に勤務する筈じゃないの」

「はい、そうらしいです。私の意思、ほとんど入っていないのでイマイチピンとは来ていなかったんですけど……ですよね、やっぱりそう言うことですよね?」


 私がマリーナさんの言葉に引っかかってしまった理由。

 それを改まって言うのは恥ずかしいけど、マリーナさんが私に「これからよろしくね」と掛けた言葉。何の変哲もない、今年度から従事る私への挨拶だった。


 けれどマリーナさんは私が名前を口にしただけで、あらゆる情報の齟齬を潜り抜けてしまった。

 私が首を捻ったのはそれが原因で、あまりにも脳の回転が速いせいか、私が理解を示す前に挨拶をされたのが違和感でしかない。


 それもその筈、これじゃあまるで情報漏洩だ。

 それだけ新しく勤務する魔導書士を始めとした職員の顔と名前を一致させるためかもしれないけど、確定しているかも分からない人のことを、一般の魔導書士や職員に後悔するのはやや引っかかる。


 もしかしてもないけど、敢えてだと信じたい。

 そうじゃないと、流石にトワイズ魔導図書館の品行方正が気になってしかたない。

 冷静な思考回路で分析し、ネチネチとした感性に心憑りつかれた私だったけど、急にマリーナさんに手を握られて、片隅の意識が何処かに吹き飛んでしまった。


無意識アン・カンシェスの海=マリーナ


 マリーナさんが何かを呟く。

 すると頭の中から余計な思考が流されて行き、自然と無意識状態になった。

 そのイメージはまるで波。砂浜にまで打ち上げられた気分の私は、ふと考える。嫌考えるまでもなかった。


私が喰らった、それこそは魔法だ。気が付くと、視界の中に魔導書が映り込んでいる。

 深い黒ずんだ青色の魔導書。これがマリーナさんの、と気が付いた時にはもう遅く、私は魔力耐性ガン無視でマリーナさんの魔法を喰らい、頭の中が澄み切った。


「あ、あれ?」

「気分は落ち着きましたか?」

「落ち着いたって言うんですか? こういうの……よく分からないです」


 気が付けば私はマリーナさんの胸の中に飛び込んでいた。

視界には魔導書の姿はない。本当にA魔導書士で収まる器なのかと、私はマリーナさんの実力の底知れなさに驚愕。けれどその真偽を明確に掴む真似はせず、暗黙の了解として忘れた。


「あの、マリーナさん。私のことって知っていますか?」

「はい。アルマ・カルシファーちゃんと言う、新人魔導書士を雇うことにしたと、館長が行っていましたから。前以って、名前だけですが確認していたんですよ」

「前以って……やっぱり情報漏洩じゃないですか。いいんですか、そんな個人情報に繋りがそうなこと、公開しちゃっても」

「えーっとそれは確かに……」


 マリーナさんはとぼけた様子を見せる。

 何処か引っ掛かりがある表情で、私はトワイズ魔導図書館の館長がどんな人なのか気になった。そんな横暴にも近い真似が許されるなんて、どんな権威ある魔導書士なのか、すっごく凄く無性に心を掻き立てられると、不意に階段を上る足音が聞こえ出す。


「あっ、ヒノワ館長!」

「えっ、ヒノワさんって確か……ええっ!?」


 私は階段を見るため振り返る。

 そこに居たのは赤い髪の女性。背丈、顔立ち、魔力の具合、完全にヒノワさんだった。

 けれどそこに居たのは、街の中で私を助けてくれたヒノワさんじゃない。いや、同一人物なんだけど、雰囲気が全然違った。纏っているオーラ的な何かに風貌が勝る。


「お疲れ様です、ヒノワ館長」

「うん、お疲れ様。マリーナの方もようやく終わったんだね。期待していた通りだよ」

「はい、ありがとうございます。でも、ようやく終われたのはアルマちゃんのおかげです」

「うん、それも期待通り。やはり私の見込みは間違っていなかったよ」


 ヒノワさんは、いやヒノワ館長はにこりと笑みを浮かべた。

 よく見なくても、街で助けて貰った時と服が違う。

 マリーナさんと同じ、黒いローブを身に纏っている。もしかすると、これがトワイズ魔導図書館の制服なのかもしれない。


 そのことに気が付いた私はハッとなってしまった。

 口元に手を当てる間もなく目を見開き、ヒノワ館長の前に歩み寄ると、分かった人の顔をして抗議を入れた。


「もしかして、私を試してたんですか!」

「ごめんなさい、実はそうだよ。アルマ・カルシファーと言う魔導書士が、どれだけの実力を有しているのか、私は知る権利がある。そして確かめる権利もある。だからこそ、こうして足を運んで貰った。そして結果的にアルマ、貴女は私の想像を優に超える実力を示してくれた。この短時間でだ。これがなにを意味しているのか、冷静な思考の貴女なら……」

「分かんないです! 分かりたくないです! 試されるなんて、理解はできますけど、ちょっと腹が立ちました!」


 私は堂々と噛み付いた。するとヒノワ館長は意外に思ったのか、頭に手を当てる。

 困った様子で私のことを嗜めると、「参ったね」と本気の困り顔を見せた。


「ごめんなさい。まさかそんなに怒られるとは思っていなかったよ」

「怒りますよ。こう見えて私、パッションで動くことが多いんです!」

「パッションで動く? ああ確かに、その節は目立っていたかもね。これは期待以上……いや、相当な曲者の香りも漂って来るよ。参ったな。今回はこのタイプか……」


 ヒノワ館長は表情を険しくさせる。

 またしても引っかかる言葉、「今回はこのタイプか」と意味深に発した。

 もしかするとマリーナさんも似たような試験を経験しているのかもしれない。

 そう思った瞬間、これが意図的な行為、つまりは採用試験だったと気が付いた。


「えっ!? もしかしてこれが噂の採用試験ってやつですか。もしかして私、抜き打ちで審査されたんですか? こんな自主性を見極める的な試験で? それで人生が左右される? 嘘だー、マジでふざけてる、ってか腹立つなー」


 私はヒノワ館長=試験官の前で思ったことを全部口走った。

 するとヒノワ館長もマリーナさんも私の言葉に意外性、むしろ正直さを見出した。

 表情が険しさからだんだんと朗らかになって行き、次第に笑みを浮かべていた。


「うふふ、アルマは面白いよ」

「笑わないでください。笑うことでもない筈です」

「それもそうだよね。それじゃ改めて……面白いよ。貴女のような魔導書士なら大歓迎だ」

「えっ、大歓迎?」


 何だか物事が思った風に働いていない。

 私は困惑してしまい、首を横に捻ってしまった。


「まさか、合格……なわけ」

「合格だよ。明日からトワイズ魔導図書館の魔導書士として勤務して貰いたい。……ところなんだけど、少し事情があってね」

「およ?」


 ヒノワ館長は視線を泳がせる。

 何やら裏があるのか、都合が悪い様子で、腕を組んだまま立ち尽くす。

 しかしヒノワ館長は余計なことを考えるのは止め、私に提案をした。


「そうだね。アルマ、本勤務になるまでの一ヶ月間、トワイズ魔導図書館で研修を受けてみれくれないかな?」

「け、研修!? な、なんでそうなるんですか!」


 私は訳が分からなくて目を回した。

 この一週間近くの間で、やけに面倒なことが私の周りを取り巻く。

 そのせいで理解力が圧倒的に下がってる。

 もう考える余地も余力も残っていなかった。


「パニックになるのは分かるよ。でもね、研修を受けるのは悪いことじゃないと思うんだ。見ての通りトワイズ魔導図書館は古い。その分歴史も積み重なっていて、ごく短時間だけでは熟知しようとすることはできても、実際に熟知することは叶わない。となれば少しでも魔導書に興味があるのなら、この期間に触れてみるのも魔導書士としての教示だとは思わないかな?」

「ううっ、確かに……」


 一理ある。と言うよりありすぎる。

 結局私の一年間は既に固定されていて、抗うなんてできない。

 だったらその間にできることをする。幸い、トワイズ魔導図書館を私は気に入っている。

 だからこそ、ありがたいお言葉だと甘えることにした。


「分かりました。研修、頑張ってみます」


 私は迷わず首を縦に振った。

 するとヒノワ館長はホッと胸を一息撫でると、心底安心していた。

 よっぽどのことがあったようで、何だか私が苦労を掛けたみたいに見えて少し嫌だった。


「そう言って貰えてなによりだよ。それじゃあ明日から頼めるかな?」

「は、はい。……あ、明日!?」

「うん。それじゃあ頑張ってね、アルマ」


 ヒノワ館長はそう言い残すと、足早に去って行った。

 私は手を伸ばして捕まえようとする。けれどそんな間は一切無く、ヒノワ館長は姿を消してしまった。

 まるで陽炎の中に消えるみたいで、私を取り残すのだった。

 あまりの自由人っぷり。権威はあると思うけど、何処か掴み所が無くて大概に感じてしまう私だった。

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