第15話 魔導書士マリーナ・ディプシー
まさか最初っから気が付かれていたなんて、これじゃあ完全に私がバカみたいだ。
なんだか損した気分になり、私は落胆してしまう。
「はぁー。気が付いていたなら、最初っから話してくださいよ」
「すみません。あまりの忙しさに、ちょっとした悪戯心が芽生えてしまったみたいです」
「それって利用者さんにすることですか? 後で絶対問題になりますよ!」
私は女性に誠心誠意の気持ちを込めて抗議を入れた。
こんな真似をしていたら、トワイズ魔導図書館の評判が悪くなる。
たまたま悪戯心に引っかかったのが、私だったから良かったものの、一時の過ちで悲惨な末路を迎えるなんて、物語の中だけじゃない。他の魔導書士の評判に関わるような真似は止めて欲しいなと、内心では思ったものの、私は決して口に出さなかった。
むしろそんな冷静な思考は今は要らない。
私だって、たくさんの魔導書の声を聴けた。触れることもできた。
今はそれだけで満足で、その機会を与えてくれた女性に感謝する。
……のだが、流石に面倒で乗り掛かった舟から降りたくなったのを、決して忘れてはいけない。
「ううっ、色々思う所はあるんですけど、良かったですね」
「はい! 本当に手伝っていただきありがとうございました。おかげで三ヶ月にも及ぶ苦悩から、ようやく解放されました!」
女性は丁寧にお辞儀をした。額から苦労の汗が流れている。
魔導書達も女性のことを称賛してくれていて、私は「おめでとうございます」と返した。
しかし私は女性が発した言葉に引っかかってしまい、咄嗟に口を噤むと、気が付けば声を荒げていた。
「三ヶ月!? ええっ、あの修羅の道を三ヶ月も……よくめげませんでしたね?」
「はい。めげるわけにはいきませんでしたから」
強い人。本当に芯が強い人だと私は思った。
多分、私でも修羅の道を進むのはごめんで、途中で逃げ出すかもしれない。
それを笑顔一つで終わらせてしまえる女性の心の深さを前にして、私は腰を抜かしそうになった。
「ひええっ。トワイズの魔導書士って、そんな苦難を超えないといけないんですか?」
「ん? 苦労ではありますが、苦難ではありませんでしたよ」
「あれ? もしかして私必要無かったですか?」
「そんなことはありませんよ! ただ……」
女性が目を泳がせた。何やら内心で言葉を隠している。
思いの丈がどんなものか、私は無性に気になってしまう。
知りたい。知りたい知りたい知りたい知りたい。私も頑張ったからには知る権利がある筈だ。当たって砕けろ精神part2を剥き出しにし、ストレートに訊ねた。
「ただ、なんですか?」
「怒らないでくださいね。うちの館長は、少し適当な所もあるんです。ですので、必ずしも魔導書の整理をしないといけない訳じゃなかったんですよ。これはあくまでも私の性格故の悩みで、本当は私が率先して魔導書の整理をする必要性は全くと言っていいほどなかったんです。むしろ、私の担当でも無く」
「なにそれー。ややこしいよー、それに適当だよー」
私は心から嘆いていた。
一体ここまでやったのは何だったのか。
全く意味が無かったわけでも、私のためにならなかった訳でもない。
けれど親切心が仇になることはなかったけど、別に必要が無かったことを知り、私は落胆してしまった。乗り掛かった舟じゃなくて、勝手に乗った舟だった。
「あっ、でも手伝っていただけたのはありがたいです。本当にありがとうございました。トワイズ魔導図書館の職員として大変感謝させていただきます」
「ううっ……有難迷惑じゃないだけマシ? っていうより、マシってなに?」
私は頭を抱えてしまった。果たしてこれは正解だったのか。いや、聖怪が存在する案件なのか。自問自答して、負のスパイラルに落っこちそうになった。
そんな時こそ、私はパッションに身を任せる。
完全に坩堝に落ちる寸前、私は自分自身で掬い上げた。
「まあいっか。これだけ魔導書も見つけられたもんね」
私は塔のように積み上げられた魔導書をチラ見する。
一冊まずは手に取ると、高速読み込む。得意の速読。それを通り越した、超速読を披露すると、女性=トワイズ魔導図書館の職員は目を見開いた。
「凄い速さ。……目を見張るような速読ですね」
「凄いですよね? 昔から本を読むのは得意なんです。あっ、ペラペラ捲っているわけじゃなくて、ちゃんと読んでますからね!」
よく超速読をする際、「本当に読んでるの?」と半信半疑な目をされる。
けれど私は本気で全部読んでいた。それこそページ番号まで読み込んでいた。
それだけ本を読むことに特化できるのも、私の集中力とこの特異な体質と能力のおかげだった。
パタン!
「ふぅ。面白い。炎を弱火のままでも油で揚げられる魔法。使う機会が限定的だけど、便利そう。いや、料理人がこの魔法が使えたらそれこそ効率アップに……って、私には関係無いよね!」
私はポジティブに捉え、勝手に楽しく笑い出す。
あまりにも気色悪い光景に職員の女性には引かれてしまった。
けれど何処か不思議な様子で私のことを見守っていると、不意に声を掛けた。
「魔導書が好きなのね」
「はい! 私、魔導書が大好きです。だから国家魔導書士になったんです!」
「ん? 国家魔導書士」
「はい! あっと、私はアルマって言います。アルマ・カルシファーです!」
私はこの流れで自己紹介を軽く済ませた。
第一印象としては変な奴と思われたかもしれないけれど、この女性も魔導書士の筈。
私はその見立てを確かめるべく、舐めるような目を自然と浮かべた。
けれどそれが謝りだと気が付いたのは、女性の優しい表情と声音に隠されたギラついた眼に睨まれたからだ。
「ううっ……」
私は蛇に睨まれた蛙のようだった。
突然動きがぎこちなくなり、自然と笑みが無くなる。
しかしその表情を確かめるや否や、女性は口元に手を当てた。
まるで私を試した様子で、お眼鏡に叶ったみたいだった。
「すみません。館長が言っていた子がどんな子か、少し気になってしまったんです」
「えっ、館長? 気になった?」
「はい。改めまして、私はマリーナ・ディプシー。トワイズ魔導図書館に勤務する、Aランク魔導書士よ。アルマちゃん、これからよろしくね」
マリーナさんはそう答えた。正直、トワイズ魔導図書館の職員であり、魔導書から好かれている時点で魔導書士だとは思っていた。
けれどそれを度外視したのはマリーナさんの見せた眼。
私やグリモア叔母さんとはまた違った。もっと深淵を見た人の目をしていて、私は改めて言葉に迷う。だけど私の口から零れたのは、たった一言。当たり前のものだった。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。マリーナさん!」
私の元気の良い声が木霊する。
トワイズ魔導図書館の中を駆け巡り、新しい風が吹いた気がした。
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