第14話 魔導書はすぐ近くにあった

 それから私は書架を見て回った。

 本当は手伝う必要なんてない筈。

 だけど私は楽しかった。疲れとか筋肉痛とか全部関係ない。私は声を聴かせてくれた魔導書達を探し回る。


「えーっと、確かこの辺に……あった!」


 書架の中に収まっていたのは水色の本。

 白い流線が表紙に描かれている。


 綺麗な本。だけどそれだけじゃない。

 手にした瞬間、私の中に魔導署に宿った魔力が流れて来る。

 この魔導書が探していた清流の魔導書。一体何が書いてあるのか、さっぱり分からないけど見つかって良かった。


「清流の魔導書ってなにが書いてあるんだろ。気になるなー……って、そんなことしてる場合じゃなくて、次の魔導書を探さないとねっ!」


 私は次の魔導書を探してみる。

 トワイズ魔導図書館の中は広い。

 目当ての魔導書を探すのはとても大変で、私は視線を右往左往させ、体質を全力で活かした。


「えーっと、砂糖が無くてもお菓子を甘くする魔導書って一体なに? 何処にあるの? 誰に重要があるの? さっぱり分からないんだけど」


 私は何冊か目ぼしい魔導書を集めてみた。

 塔のように積む前に、私は魔導書をまとめておく。


 だけどなかなか目当ての魔導書が見つからない。

 それもその筈、状況が限定的な魔導書だからか、より正確な声が聴こえないと難しい。


 私はできる限り意識の糸を絞った。

 頭の中をクリアにすると、魔導書の声が自然と聴こえるようになる。


「見つかるのかは分からないけど、教えて! 砂糖が無くてもお菓子を甘くする魔導書!」


 叫んで見つかるのかな? 私は自分のやることを心配した。

 眉根を寄せ、唇をひん曲げる。

 正直見つかる気が薄い。薄すぎて怖い。乗り掛かった舟をここは見捨てて降りる……なんてことはしたくない。


「ダメダメ。頑張ろう! せっかくここまで見つけたんだもん。きっと見つかる。魔導書達も応えてくれる!」


 私はポジティブに捉える。

 もう一回頭の中を空っぽ。クリアな状態にして、魔導書の声を聴き分ける。

 きっと届いている。魔力を込めた声を放つことで、トワイズ魔導図書館全体に届く筈だった。


「……ダメ? はぁ、やっぱりそんな魔導書、街の古本屋ならあっても、ここには無いのかな?」


 私は諦めてしまいたくなった。

 トホホな気分で背筋がダラリーンとなり、冷めた吐息が零れる。


『ボクはここにイるよ』


 私はフッと顔を上げた。今の声はきっと魔導書の声だ。

 しかも私が探していた。あの女性が探していた砂糖が無くてもお菓子を甘くする魔導書だと思った。


「今の声は……まさかの一階!? 嘘だ! なんで児童絵本コーナーから?」


 私は溢れ出るツッコミに苛まれる。

 いやいやまさか、と自分で体質であり特殊な能力を否定する。


 だけど一度聴こえた以上、無碍にするのも悪い。

 私は一縷の望みをほんの少しだけ懸け、一階に下りてみることにした。




 私は覇気がなかった。

 さっきまでの感情は何処へやら、私は肩の荷が降りたらしい。


「あった」


 私の手には一冊の本。それは魔導書。

 タイトルはお菓子の魔法。

 なんの変哲もない、可愛らしいタイトルなのだが、実は魔導書で、目当ての砂糖が無くてもお菓子を甘くする魔導書だった。


「なんであそこにあったんだろ。わっかんないなー」


 とは言え私は腑に落ちない。

 まさかこんな簡単な所にあるなんて。

 誰も想像ができず、わざわざ児童絵本コーナーに置くなんて、一種の悪知恵にまで思えた。


「悪意を感じるよ」


 絶対にわざとだ。わざと以外のなにものでもない。

 とは言え、もしかしたら魔導書士の誰かが気が付けなかったのかもしれない。

 それもそのはず、魔導書じゃないと決め付けていた本が魔導書の可能性は無きにしも非ず。決してない話ではなかった。


「って、考えても仕方ないよね。逆に見つかって良かったよね!」


 私はにこやかな笑みを浮かべ、嬉しさに浸る。

 だって私が見つけられなかったら、この魔導書は一生魔導書として読まれなかったかもしれない。

 そう思うと私は恩人……なんて烏滸がましい真似はせず、私はにっこにこ笑顔で、魔導書の声を聴いた。


「ありがとう、私に教えてくれて」

『ううん。ボクをミつけてくれてありがとう』

「私の方こそありがとう。ちなみに今度砂糖が入っていないお菓子を持って来るから、甘くしてくれる?」

『うん、いいよ!』


 魔導書も私に応えてくれた。

 約束して貰えて嬉しい。やっぱり声を聴いてくれるのは信頼されている証かも。

 私は早く女性に持って行ってあげよう。

 そう思い、足早に塔のように積んだ魔導書を運んだ。


「うーん、えっと、どの魔導書がこれで、確か向こうの書架にあった筈で」


 女性は悩みに悩んでいた。

 頭を抱え、魔導書を読み漁っている。

 しかし一節でしかない魔導書の断片的な情報はなかなか心身に堪える。そのせいか、グデーンと突っ伏してしまいそうになる。


「あの!」


 そこに私は魔導書を手渡した。

 ドスン! と大量の魔導書が閲覧机の上に置かれ流石に困惑。


 女性はハッとなって振り返った。

 私の目が合う。驚いている様子で、瞬きを何度もした。


「えっと、どなたですか?」

「通りすがりの魔導書士です」

「魔導書士? って、さっきから私の手伝いをしてくださっていたのは、貴女?」

「えっ、あっ、はい!」


 普通に気が付かれていた。

 自信を持って気配と音を殺していたのに。

 私は一瞬でバレてしまったことで自分を喪失しかけることはなかったけど、驚きを隠せなかった。


「えっと、いつから気が付いて」

「私に近付いて来る前からですよ」

「ええっ!? なんで言ってくれなかったんですか!」

「貴女から声を掛けられなかったから……は理由になりませんね。失礼しました。改めて、ようこそトワイズ魔導図書館へ」


 いやいや、今はそんな言葉聞き流せない。

 あまりにもマイペースで私は調子を崩す。

 それにしてもこの人は凄い。魔導書士として肝が据わっていて、何より実力がある。

 胸のざわめきが何かは分からないけど、私の直感はやっぱり間違っていなかった。

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