第13話 知らぬ間にお手伝い

 魔導書に愛される魔導書士。

 その人の周りには、常に魔導書があって、知らぬ間に声を掛けられている。

 けれどその声に気が付くには、長い時間が掛かる。私みたいな特殊な体質でもない限り、魔導書の声を聴くなんて真似できないんだ。


「凄いな。魔導書に愛されてる。『こっちだよ』とか、『それは僕だよ』とか、色んな声が聴こえる。いいな、凄いな。でも、なにしているんだろ?」


 女性は気が付いていないけれど、魔導書が声を掛けるのは何か意味があるはずだ。

 私はそれが気になってしまったが、変に声を掛けるのは流石に邪魔になる。

 そこまでの倫理観は私にもまだ残っていて、如何やって訊ねるか悩んだ。


 とは言え、答えは女性が一生懸命万年筆を動かしていることに繋がる。

 目の前には何枚もの書類が束になっていて、目を血眼にしている。


 その脇には何冊もの本。私が耳にしたのは不思議な声だった。

 多分魔導書だと思うけど、魔力はあまり宿っていない。

 もしかすると疲れているのかも? となると原本から写しを取っているのかな?

 私は色んな想像をする中、ここは当たって砕けろで直撃することにした。


「よし。ここは当たって砕けてみるしかないよね!」


 私は席を立って、女性の背後に立つことにした。

 廊下を音も気配も完全に殺して近付く。

 集中している女性ならきっと気が付かないはずだ。

 ゴクリと息を飲むと、女性が読み進める魔導書の声が聴こえた。


『ドウしたらキがツいてモラえるの?』


 魔導書が何か言いたそうにしている。

 けれど女性には声が届かない。

 何だか可哀そうだと思った私は、女性の方にも耳を傾けた。

 一体何に悩んでいるのかな。勝手に書類を覗き見るのはマナー違反だと分かっていながら、後で謝ればいいの精神で首を突っ込む。


「うーん。重力を操る魔導書は何処にあるんでしょうか」


 何やら魔導書を探しているらしい。

 しかもご所望は重力を操る魔導書と来た。

 流石にそんな強力な魔導書が一般の人の手に渡るとは思えないけれど、女性の口はまだ止まらない。


「どの本の一節に紛れ込んでいるのか、さっぱり分かりませんね」


 女性は閲覧机の上に本を並べ、一ページずつくまなく探し回る。

 目が充血する勢いで、目元を何度も擦っている。

 眉根に皺を作り、指で摘まんで苦しむ姿に、サンベルジュ魔導学院で見かけた、苦学生や教授の顔が思い浮かんだ。あの渋い表情、本当に苦労しているんだなと伝った。


「ううっ、これだと永遠に終わる気がしません。もう三週間、魔導書の整理が追い付かないですよ」


 私は目を見開いてしまった。

 この作業を三週間もしていることに驚きが隠せない。

 流石に息詰まってしまったのも無理はなく、私は同情せざるを得ない。


 けれど逆に考えればこの三週間、ずっと粘り続ける集中力が凄い。

 流石にサンベルジュ魔導学院でも、一ヶ月近く魔導書の整理に没頭する魔導書士は多く居なかった。それだけ魔導書の整理は労力を使う。


 だがしかし、女性がやっていることは常人のそれじゃない。

 サンベルジュ魔導学院の図書館にも何十万冊と言う本を蔵書していた。

 その中から目的の魔導書を探すのは容易ではない。

 私もこの体質が無かったらと思うと、全身が溶けて無くなりそうになる。


 そんな私の身の上話は大概にして、女性がやっているのはたったの一節を頼りに魔導書を探す修羅の道。

 あまりにもバカな話で、どんな魔導書士であろうとポイっと捨ててしまうだろう。

 しかし女性はそんな苦行にも思える修羅の道をひたすら歩む。これはどんな行為よりも尊く、その頑張りは報われるべきだと思い、私は声を掛ける前に手伝うことにした。


「あの、左隣に置かれた本の上から七行目じゃないですか?」


 私は唐突に呟く。的外れに思われるかもしれないが、さっき声を聴かせえてくれた本の声を代弁しただけ。

 『どうしたら気が付いて貰えるの?』と、女性に必死に語り掛け、魔力を宿した本は自ら七行目にアンダーラインを引いていた。

 そのおかげか、私の目には一節の部分だけが浮き彫りになっていたけど、女性はそこまで気が付けなかったらしい。まさに余裕がない証拠で、藁にも縋る思いなのか、私の声を気に留める様子もなく、七行目に視線が吸い寄せられる。


「七行目? えーっと、魂は引き寄せられ、この地に縛り付けられるものである。それこそが人の器に納まった私達の必然であり、重力によって引き寄せられたことこそが、この惑星で生きて行ける理なのだ……わっ!?」


 女性がそこまで読むと、急に魔導書が光り出す。

 かと思えば突然上から押し潰される感覚に襲われた。


「「ぐへっ!?」」


 頭が痛い。背中にハリを感じる。今にも全身が潰されそうで動けない。

 膝を付き、まともに動けないまま固まってしまうと、口元を襲う。

 強い。強すぎる。こんなに強い一節が隠されていたなんて、私は頭の中で魔導書に訴えかけた。


(止めて。お願い、もういいから止めて!)


 私が必死に訴え掛けると、想いが通じたのか、魔導書から光りが消えた。

 同時に全身を押し潰そうとしていた感覚も消える。

 強烈な重力に苛まれていた体が解放され、首をブンブン振った。


「ひ、酷い目に遭った」

「そうですね。でもこれで一冊終わりましたね。えーっと次は……炎を操る魔導書は何処でしょうか?」


 女性は重力を操る魔導書をト書きでまとめた。

 これでお終い。三週間に渡った修羅の道から解放され、良かったねと私は胸を撫でる。

 けれどそんな訳にはいかず、女性は次の魔導書を探し始めた。

 しかも今度の魔導書は重力を操るよりもより漠然としていて、無数にあるような炎を操る魔導書だった。


「ど、どれだけ魔導書を……えーっと」


 私は乗り掛かった舟だ。流石に見過ごせない。

 そう思い意識を絞り、一本の糸のように束ねる。

 すると頭の中に聴こえてきたのは熱い声だった。


『おうおうおう! ホノオならオレのことだろ! もっと、もっとアツくなろうぜいやぁ!』


 私がげんなりするくらいの熱さを感じた。

 多分この辺りだろうと目安を付け書架に向かうと、真っ赤な本を見つける。

 手にしてみると魔力が宿っていて、温かい心臓のような鼓動を感じた。

 如何やらこの本が炎を操る魔導書で、原本から書き写した写本だった。


「あの、炎を操る魔導書です」


 私は静かに女性の手元に置くと、女性はパッと驚いた。

 突然目の前に目当ての魔導書が現れ、意識外から飛んで来たものだと錯覚する。


「ええっ!? 急に整理に進展が!」

「えっと、次はなんですか?」


 女性は驚いてしまい、一瞬だけ手が止まる。

 けれど束になった書類はまだ空白の部分が多く、これはまだまだ作業が続く。

 そんな気がしてならないので、前以って訊ねることにした。


「えっと、後必要なのは清流の魔導書、雷鳴の魔導書、砂糖が無くてもお菓子を甘くする魔導書、塩水から塩分だけをろ過する魔導書、エトセトラ……」


 これは相当時間が掛かる。それにしても一体何冊もの魔導書がトワイズ魔導図書館には蔵書されているのか。私は果てしない魔導書の数に気圧されそうだ。

 けれどその分だけやる気も満ち満ちる。

 たくさんの魔導書があるからには、それだけ多くの出会いがある。

 私は好奇心をフルに発動させ、とにかく女性の手伝いを陰ながら行った。


「みんな聴こえる? 聴こえてるよね。私、アルマ・カルシファー。お願い、私の声が聴こえる魔導書達。貴方達の力が必要だから、私に貸してよ!」


 私がそう声を掛けた。すると書架の中から声が反響する。

 如何やら私の声を聴き入れてくれたみたいでホッと胸を撫で下ろした。

 笑みを浮かべ、魔導書達に感謝する。


「ありがとう魔導書達。それじゃあ、あの人を修羅の道から解放してあげようか」


 魔導書達ににこりと微笑みかける。

 修羅の道を行く航路。乗り掛かった舟と例えてみたが、本当に上手いと自分を褒める。

 私は魔導書を探しに向かい、書架を駆け回るのだった。

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