第12話 魔導書士の女性
「ふふーん。ふふふーん」
私は鼻歌を歌いながら、トワイズ魔導図書館の中を歩き回る。
その手には大量の本。既に抱えきれない程で、目の前が良く見えない。
塔のように積み上げられた大量の本に視界を奪われ、私は歩くことも困難だった。
「おっと、うわぁ、よっと!」
私は書架と書架の間を縫うように進む。
十分に取られたスペースでも、今の私にはちょっと困難。
視界の端を頼りに空間を測り、とりあえずゆっくり閲覧できる場所を探した。
「まさかこんなに読みたくなる本があるなんて思わなかったよ。って、ほとんど小説だけど!」
私が大量に積んで運んでいたのは魔導書じゃない。
何処にもあるような市販の小説ばかりで、国家魔導書士としての価値はそこまで無い。
けれどそれはあくまでも国家魔導書士の見解で、私自身はとても有意義。好きな小説ばかりが収まった書架を見つけ、興奮のベクトルが頂点に達しようとしていた。
そうして気が付いた時には、冷静な思考が興奮する体に置いて行かれていた。
十三歳の子供らしい。そう言われればそうだけど、私はもう目の前しか見えていなかった。
新書に単行本にそれから文庫本。大きさも表紙の色合いも様々。
色とりどりでみんな違う。こうして手に取ると、本にも色んな種類があると実感する。
だけど私は本の装飾だけには囚われなかった。
私が本当に見ていたのは、本一冊一冊に宿る微弱な魔力。
声は聴こえてこないけど、トワイズと言う場所に流れる魔力が本に宿り、他の図書館では分からない、そして触れることもできない感覚に私は浸れて楽しかった。
「って、そんなの頭の中だけで、本当は何にも考えて無いんだけどね。はぁー、やっぱりいいなー。新しい本、古い本、そんなの関係無く、私に教えてくれる声って素敵」
私は目をキラキラ輝かせていた。
結局本の声が聴こえて嬉しいのは、一冊ずつ感情が違うこと。
言い分がそれぞれあって、嬉しい感情哀しい感情。どれを切り取っても面白い。
そうして気持ちが通じ合った時にだけ見せてくれる特別な魔法。私はあの素晴らしさを知っている。だからこそ、私はどんな本も……興味さえあれば好きだった。
「でも哲学とか心理学の本は難しいから読まないかなー。おっと、そろそろ閲覧机探さないと、腕の筋力がもたないよ」
私の腕が限界を迎えそうになっていた。
細身で軽い体で何十冊もの本を抱えながら探すのは限界があった。
今にも本が腕を伝う汗と筋力の落ちたプルプル震える筋肉に負けそうになっている。
私はこうしては居られない。そう思い足早になると、視界の端にようやく閲覧机を見つけた。たくさん並んでいる閲覧スペースに、助かったと心の中で歓喜する。
「は、早く、置かないと、う、腕が……ううっ」
表情もしかめっ面になっていると思う。
唇を噛み、今にも血を流してしまいそう。
そんな非常に魔導書士らしくない中、私は閲覧机に辿り着く。
「ふぅ。た、助かったよぉ。う、腕が攣る。これ、明日終わったよ」
腕がピンと張っていた。筋肉がプルプル震えている。
明日は筋肉痛確定で、私は表情を顰める。
嫌だな、筋肉痛なんてなかなか治らないのにと後悔しながらも、とりあえずここまで来たので運んで来た本を読むことにした。
「で、でもようやく読める。まずは目の前の本の塔を崩して……」
私は一番上に積まれていた本を取り出した。
新書のようで、文庫本よりも少しだけ大きい。
小さい私の手に余っているが、表紙を改めてみた私は絶句する。
「は、爆ぜろ、ハムストレングス筋? こんな小説取ってたんだ。私の趣味じゃないんだけど。もしかして、私になにか言いたいことでもあるのかな?」
私は魔力を流してみた。すると頭の中に声が聴こえてくる。
この本は何を言いたいのか。私に何を伝えたいのか。
もしかすると私が手にしたからには何か意味があるのかも。
「教えて、私になにが言いたいの?」
『筋肉とは素晴らしいぞ!』
「はっ?」
『筋肉を的確かつ適切に付けるトレーニングをすれば、腕が攣ることもなくなる。安心して良い、腕の筋肉は胸や腹筋に比べて付きやすいから初心者にもオススメだ。まずは今の自分の筋肉量を見測り、その上で的確な……』
うるさかった。とにかく暑苦しかった。
私はこの本の声を聴くことを止め、今の話は全部無かったことにする。
筋肉なんて無理に付けたいとは思わない。
だって私、筋トレとかそんなに好きじゃない。そういうタイプでもない。
疲れるだけなことをしてもつまらない。
私は唇を尖らせ、完全に興味が失せてしまった。
「せっかく一冊目はちゃんと読もうと思ったのに、残念だなー。ん?」
私は机に突っ伏してしまった。ボーッと視線の先を凝視する。
曲線を描く長い廊下。書架が幾つも並べられ、立体を描いていた。
見ているだけで美しい。私は心底感じると、ふと視線が別に移動する。
「私以外にも誰か居たんだ。しかもあの格好……」
私の視界に捉えたのは、黒い服に身を包んだ女性。
閲覧机の上に本を何冊も積み、何やら作業をしている。
とても大変そう。勉強か何かかな? と思ったのも束の間で、私は気が付いてしまった。
「あの人、きっと凄い魔導書士なんだ」
私の直感は間違っていなかった。そう信じたかった。
一目見た瞬間、流れ込んでくる凄まじい魔力。
本達にも愛されている雰囲気に、私は魔導書士であることを瞬時に見抜いた。
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