第10話 魔導書の声

 私はトワイズ魔導図書館に圧倒された。

 建物の本館部分は円形に連なっているようで、下から見上げただけでも、二階から四階までは確実に広がっている。


「す、凄い……」


 私は子供みたいな感想しか出なかった。

 それもそのはず、グロモア叔母さんやヒノワさんに聞いていただけでも、それなりに立派な魔導図書館だとは思っていた。外観を見ただけでも興奮が収まらなかったけど、建物の中はそれを凌駕する圧倒的な書架の数。そこに収まっているのは大小様々なたくさんの本。

 そんなものを見てしまうと、魔導書士の私はぶっ倒れてしまいそうだった。


「王都の魔導図書館も凄かったけど、あそこはサンベルジュの支部があるから当然だった。だけどここは支部なんて無いのに……凄い。一体何冊蔵書されているんだろ」


 私は目をキラキラと輝かせていた。

 今にも走り出したい気分になり、首を痛めながら周囲を見回す。


 円形図書館なんてかなり珍しい。

 おまけに外観からでは分からない未知の構造。

 きっと今の時代に建てられた魔導図書館ではなく、常軌を逸した魔法を駆使して建てられたもののはず。でないと、こんな不格好な建造物になるはずがない。

 私は歴史まで思わせてくれるトワイズ魔導図書館に来て、本当に良かったと胸を撫で下ろしていた。


「他に利用者さんも職員さんもいないけど、だったら打って付けだよね。さてと……」


 私は目を瞑って耳を澄ませる。

 ちょっとした雑音は何処からともなく聞こえて来るけれど、私は意識を集中して雑音を無視する。そのままトランス状態に入ると、立ったまま瞑想を始めた。

 頭の中、そして体の内側、無数に解れた色も形も長さも太さも違う糸。これが私自身を構成している、私の中に流れている魔力だとして、それらの意識を一本の糸のようにする。

とっても難しいはず。けれど私には簡単すぎる。そうしていると、頭の中がクリアになって、自然と不思議な声が聞こえた。


『ダレかキたよ』

『ホントウだ。なにしているんだろ?』

『ボクたちのことサガしてる?』

『そんなワケないだろ。タダのニンゲンだぞ?』


 たくさんの声がはっきりと聴こえた。

 けれど私の周りには誰も居ない。にもかかわらず老若男女個性も様々。

 まるでそこに生きているような不思議な声に耳を傾け、その声を無事に聞き取ることができた私は、にこやかな笑みを浮かべて階数を確認する。


「今の声はきっと三階かな? 三階の……あの辺?」


 私は目で追ってから指を指す。

 そこは何と言うこともなく、円形状の建物に合わせた作りの書架が、一階からでも柵越しに確認できた。


「えっと、あそこに行くには……あの階段を上ればいいのかな?」


 私は階段を見つけた。段数も多くて、おまけに少し湾曲している。

 確かサーキュラー階段って呼ばれる曲線を描いた階段で、それらが階を繋ぐため各階に四つから五つは設置されている。

 つまりどこからでも上下の階を行き来できるようになっていて、私は早速二階を経由して三階に行くことにした。


「それにしても本当に凄い魔導図書館だよ。こんなにはっきりと聴こえるなんて……よっぽど魔導書を蔵書しているのかな?」


 もしかすると聴こえなかった声以外にも、たくさんの魔導書が収められているのかもしれない。

 そうなるとテンションは嫌でも上がってしまう。

 一体どれだけの魔導書がここにあるのかな? どんな魔導書が眠っているのかな? 如何したら私の声を聴いてくれるかな? 如何すれば私が魔導書に触れられるのかな? 様々な思考が巡ると、私の表情に愉悦が混じった。


『コワい』

『なにあのニンゲン』

『キュウにワラいダした。ブキミだよ』

『もしかしてタべられちゃうのかな!? ダレかタスけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』


 すると私の愉悦混じりの表情が怖かったようで、声が泣き喚き始めた。

 私はハッと我に返ると、誰も居ないはずなのに咄嗟に叫んだ。


「ごめんね。食べたりしないよ。私、貴方達に興味があるだけなんだ。だから、無理にとは言わないけど、私を怖がらずに信じて!」


 私は懇願するように声に返答した。

 すると一瞬静寂のような無言が起こり、私の足音だけが次の階段を目指して続く。

 広いトワイズ魔導図書館の中を壁伝いに反響し、幾つもの曲線を描いた書架や四人掛けの机椅子の脇を通る。かなり良いものを使っている。これならリラックスできそうと、今度は誰が見てもうっとりする笑みを浮かべていた。


『またワラった!』

『でもコワくない』

『コンドのエガオはちゃんとしたエガオだ!』

『もしかしてタべない? ホントウはイいニンゲンなの?』


 如何やら分かって貰えたらしい。

 私はホッと一息付くと、三階で私の声を聴いてくれた魔導書達に会いに行く。

 今はただそれだけが目的で、読ませてくれるのか、触れさせてくれるのかは分からないけれど、とにかく手と足を伸ばすことにした。

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