第8話 トワイズ魔導図書館

 私は赤髪の女性に連れられて、トワイズにある魔導図書館まで案内して貰うことになった。


「そういえばまだ自己紹介をしていなかったよね」

「あっ、そうでした! えっと、私は……」

「まずは歳上の私からさせて貰えるかな? 私はヒノワ、よろしくね」


 赤髪の女性はヒノワと名乗った。

 名前や髪の色からしてきっと魔導書の色は赤。

 ってことは根源魔法は……とか、適正属性は……とか初対面のはずなのに、色々と考察してしまう。


 魔導書士としてのじゃない。それは単純に私が頭がイカれているか。

 そう、私は何を隠そう、お母さん大好きで、その繋がりにある魔導書が大好き。

 だからこそ、どんな魔導書なのかワクワクが止まらなくて仕方なかった。


「私は名乗ったよ。それじゃあ貴女の名前も教えて」

「あっ、は、はい!」


 ヒノワさんは私に名前を訊ねた。

 一瞬戸惑うが、声を張り上げて誤魔化して見せる。


「私はアルマです」

「アルマ? あれ、何処かでその名前を聞いたような……ちなみに姓は?」

「カルシファーです!」


 私も名前を答える番になった。

 この世界では名前しか基本的に名乗らない。

 だから私も名前だけ答えたけど、何故かヒノワさんは首を捻る。何か思う所があるのだろうか?


 おまけに姓まで訊ねられる。

 よっぽどのこと? かと思って私はカルシファーと名乗る。

 するとヒノワさんの表情が畏まる。


「カルシファー。アルマ・カルシファー……」

「は、はい。えっ、なんですか? なんで黙るんですか!? 怖いんですけど……」


 ヒノワさんは私の名前を口にすると、何故だか一人で納得する。

 しかも突然黙り出したので、私は何だか怖くなる。


 動揺した私は声に出していた。

 しかしヒノワさんは薄く張った唇で笑むと、にこやかな表情を浮かべる。


「いや、なんでもないよ」


 それがまた怖かった。

 私はゴクリと喉を滲んだ繋がり垂れた。

 心臓の鼓動が急に鳴り出し、不気味な雰囲気に身が硬直する。


「そう言えば、一つ聞いてもいいですか?」

「なにかな?」


 私は気になっていたことがあった。

 これは忘れないうちに聞いて置いた方がいい。

 じゃないと怖い。あまりにも怖かった。


「どうして私が魔導図書館に用があるって分かったんですか?」


 私はあまりにも極論的なことを訊ねる。

 それもそのはず、私は魔導図書館に用があるなんて一言も言っていない。


 にもかかわらず、私が魔導書が好きと言うだけで、魔導図書館に用があると推測した。

 その洞察力と推理力だけでも怖いのに、ましてや道案内までしてくれるなんてちょっと変だ。


 もしかしたらお人好しの人。かと思ったけど、如何にもそんな様子はない。

 凛々しく立ち振る舞う姿から、きっと私の胸の内に秘めていたものに気が付いたんだ。


「そんなこと?」

「はい、そんなことです! だって、怖いじゃないですか?」


 ヒノワさんは私に首を捻る。

 そんな大したことでもないのにと、鼻っから気にも留めていない様子。

 やっぱり変な人だ。私は少し身の安全を気にし出すと、ヒノワさんは少しだけ考えてから口を動かす。


「それもそうだね。でも魔導書に興味がある人が、この街に来る理由の一つは、魔導書だと思うよ? 少なくとも、私はね」


 ヒノワさんはそう答えた。

 確かに考えてもみればそんな気もする。

 納得はできたけど、やっぱり怖い。

 私は半歩程遠ざかると、ヒノワさんは「警戒させちゃったかな?」と遠巻きに距離を感じさせていた。


「それはそうと、トワイズは魔導士にとって、とても感慨深い場所だよ。特に魔導書士に限れば魔導図書館は最たる場所と言ってもいいかもね」

「よくご存知ですね」

「私も魔導書士だからね。それから……おっと、見えてきたよ。あれがトワイズ魔導図書館」


 ヒノワさんはそう言うと、指を指して私の視線を誘導する。

 ふと釣られてしまった私が視線を送ると、そこには建物と建物の間に明らかに距離を置かれた格式高い建物が存在している。


 とんでもない敷地面積を有する。

 そして遠目から見ても分かるくらい背の高い建物。背後には広大な自然がある。

 場所によって様々だけど、この街の魔導図書館は王都にも匹敵するくらいの規模感だった。

 私は事前情報ほとんど無いまま来たせいか、流石に腰を抜かす程驚いてしまった。


「大きな建物! 凄い……」

「あはは、感心してるね。でも、本当に凄いのは、建物の中だよ。ここにはね、たくさんの魔導書が収蔵されているから、きっと魔導書好きにはたまらない場所になると思うよ」


 ヒノワさんは私の心をくすぐる。

 本当に言葉が上手い人だと、この一瞬で理解した。


 けれどトワイズ魔導図書館を前にすると、ヒノワさんは私から少し離れる。

 目の前には基礎の上に立つ巨大で古い建造物。

 幅広だけど数段しかない階段の先には扉。

 私は早く中に入りたいと思い、ウズウズしてしまう。


「あの、入ってもいいんですか?」

「いいと思うよ。ゆっくり見てみるといいよ」

「そうさせて貰います!」


 私はヒノワさんに促される形で魔導図書館に向かった。

 その足取りは軽やかで階段を駆け上がる。

 本当に子供だと私は自分で思った。だけど一切の躊躇はなく、その手は扉のノブに触れていた。

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