第7話 トワイズで出会った人

 私がやって来たのはトワイズと呼ばれる街。

 そこはサンベルジュ王国の王都から、一番近い辺境の街。


 多種多様な種族が入り乱れ、様々な物流が盛んに執り行われている、この国にとっても非常に重要な街であり、長い歴史がある。


 主に人族が多いが、獣人や亜人も台頭し、エルフやドワーフ、稀に竜人族も足を運ぶ。

 とにかく交流が盛んであり、歴史も長いことから、余所者にも優しい。


 生活水準も安定しており、税金もかなり安い。

 それもそのはず、物流の拠点の一つとして数えられているから、収入面で安定している。


 おかげでそこまで困らない生活が保証されており、辺境に位置している面を除けば、かなり人気の高い街だった。


 しかし私にはそんなことは関係ない。

 本当なら旅の合間に立ち寄りたかったのだが、まさかほとんど私の意思に関係なく、この街に来ることになるとは思わなかった。


 けれどすでに契約書にはサインを済ませてしまった。

 そんな私は逃げることもできない。

 そんなことをしたら、きっと怒られるし、泥を塗ったと魔導省から何か言われる。

 それに何より、グリモア叔母さんの言葉を無視して、お母さんからだと思えば少しは楽になれる。


 だから私は一念発起、頑張ってみようと思った。

 できるかなと不安はよぎるけど、とりあえず私の足は前を向く。


 街の入り口でトルポクさんに馬車から降ろしてもらい、貰った地図を見ながら目的地を目指す。

 目指すトワイズ魔道図書館はこの街の中央から少しだけ奥に行った場所。背後に自然が広がる以外、かなり立地条件が良く、人の合間を縫いながら向かう。


「ごめんなさい、通ります!」


 私は道抜く人達の合間を縫う。

 途中でぶつかりそうになりながらも、隣の人達に挟まれ、弾き出されて前に進む。


 体が小さくて軽いせいだ。

 私は自分のこの体が少しだけ嫌になる。


 だけどそんなことは言ってられない。

 とにかくチャレンジで前へ前へと進んだ。


「あっ、ごめんなさ、うわぁ! あっ、ごめんな、あわぁ!?」


 私は色んな人にぶつかる。

 頭を打ち付け、体を捻り、足を躓いた。


 その度に転びそうになるけど、まるでピンボールのように吹き飛ばされる。

 そんな私のことを、周りの人達は不思議そうに見ていた。


 けれどその不思議そうな目は、迷惑だからではなかった。それこそ、大丈夫なのか心配されている目だ。

 その上、あまりにも人や物にぶつかるので、声まで掛けられてしまう。


「ねぇ、貴女大丈夫?」


 私は髪の長い女性に声を掛けられた。

 綺麗な赤い髪の女性で、少し吊り目で怖い。

 けれど聡明な瞳孔をしている。

 それと同時に、私は女性から不思議な魔力を感じ取った。


「は、はい。大丈夫です」

「そう? それならいいんだけど……」

「あ、あの!」

「ん? なにかな」


 私は声を上げた。

 頭の中に聴こえてくる不思議な声。

 きっとこの声は、そうだ、きっとそうなんだ。


「もしかして、魔導書持ってますか・・・・・・・・・!」


 私は目をキラキラさせて飛び付いた。

 女性は私が剥き出しにした圧に気圧されてしまい、瞬きをして首を捻る。


 しかし私の言葉を受けて、女性は薄っすら笑みを浮かべた。

 薄くて張った唇が笑みを作ると答えてくれた。


「持っていると言ったら?」


 その言葉はまるで私を試すようだった。

 不思議な魔力を孕んでいて、私のことを嗜める。

 本当はここで気圧されるべき。

 だけど私は一切怯むことなく、女性に食い付く。


「本当ですか! 私も持っているんです! 一体どんな魔導書なんですか!」


 私は興奮で取り留めがなかった。

 圧迫感さえあるそんな私の問い掛けに、女性は一切気取らない、畏まらない、怯む様子さえない。

 それでいて凛々しく立ち、私の頭に手を置く。


「少し落ち着いて」

「は、はい。ごめんなさい」


 女性は冷静さを欠いていた私を落ち着かせる。

 だから私は謝った。だけど女性も私の頭に手を置かないでほしい。

 ムスッと表情を顰めっ面にすると、女性は私に訊ねる。


「それにしても、貴女は本当に魔導書が好きなんだね」

「はい、大好きです!」


 私は即答した。魔導書は好きだ。だって私とお話をしてくれるし、凄いことを見せてくれるから。

 それに何よりお母さんとの大事な繋がりだから、私は手放したくなかった。


「うん、元気があってよろしい。でも、その盲目さは少し控えた方がいいかもね」

「は、はい……」


 何だか色んな人に似たようなことを言われる。

 私だって子供じゃない。だけど好奇心に逆らえない。

 魔導書の話だと変に理性が吹き飛んじゃう癖がある。

 私は自分のそんな性格が嫌だけど、好きでもあった。だってそれで仲良くなった人達はたくさん居るから。


「うーん。魔導書に食い付くってことは、なにか波長が合うのかな? 突飛な話だけどね」

「えへへ、そうですね」

「それじゃあ魔導図書館に用があるのかな?」

「あっ、は、はい!」


 私は本来の目的を見失い掛けていた。

 今日は魔導図書館に行かないといけない。

 グリモア叔母さんに言われなことを少なくとも全うしようと意志を前に突き出す。

 

 すると女性は少し考える素振りを見せる。

 それから迷った様子だけど、ポン! と手を叩いた。


「それじゃあ私が案内してもいいかな?」

「えっ、いいんですか!?」

「もちろんだよ。それじゃあ行こう!」


 私は女性に手を引っ張られる。

 まるで子供のようだった。

 とっても恥ずかしい。だけど魔導図書館に案内して貰えるらしいから、私は手を離さずに付いて行くことにした。

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