プロローグ:現在

第2話 魔導書士になった日

 会場はやたらと騒めいていた。

 そこには老若男女、年齢も問わない人達で溢れ返っていた。

 それもそのはずで、今日は半年に一度の日。

 この日が人生の命運を分けると言っても良く、私も安心はできないので、達観してはいられなかった。


「あー、緊張する」


 手には紙切れが一枚握られていた。

 変に力が入ったらすぐに破けてしまうようなものじゃない。

 魔力が込められた特注の紙で表面には大きく数字が書かれていた。

 そう、これは受験番号。今日は半年に一度の資格の合格有無の発表の日だった。


「もしも落ちてたら……じゃないよね。私は受かる。私はできる。私が選んだ道なんだもん。捨てた道なんて振り返らえず、選んだ欲しい道を進めばいいんだ」


 どれだけ茨の道だとしても、どれだけ合格率が低いとしても、私は関係ない。

 私が選んだ道なんだから、その道に後悔はない。

 だから数字を改めて確認する。2096番。一体何人が受験したのか、私には知る由もない。


「それにしてもいつになったら私の番になるんだろう」


 私の目の前には人壁ができていた。

 とっても高い壁で、私みたいなちっちゃい子じゃ背伸びをしたって窺えない。

 この調子じゃ日が暮れるんじゃないかな。私は凄く怖い思いだった。


「ううっ、どうしよう。このままじゃ……うわぁ!」


 気が付けばドンドン会場内に人が集まる。

 サンベルジュ王国の王都にある、国立サンベルズジュ魔導図書館の規模でもこれだけの人を補うことはできないようだ。

 だからこそ、用意されている会場はとても広い。それでも背後から詰め寄る人達で押し寄せ、私は後ろの人の膝が当たったりして前の人壁に思いっきりぶつかった。


「く、苦しい。これじゃあ死んじゃう」


 流石に熱い。おまけに蒸して息苦しい。

 このままじゃ人壁に押し殺されると思った私は、仕方なく前の人を押し退けることにした。

 丁度よく人と人の間には隙間がある。私の小さな体なら隙間を縫うことだって可能なはず。

 体を捩じりながら隙間を縫って前へと押し進む。頬を潰され、ローブを踏まれ、膝に負けそうになりながらも、私は一生懸命前へと向かうと、少しだけ開けた。そこには巨大な掲示板が貼り出されており、たくさんの数字の羅列が多少の感覚を空けながら、所狭しと並んでいた。


「見れたけど、目が痛い……」


 私は背も小さい。だから首を逸らして上を見ると、普通に痛かった。

 更に細かく並んだ数字の羅列を読み解くと、寄り目になって目が痛くて仕方ない。

 それでも後ろから押し寄せる人達の邪魔にならないよう目を凝らすと、私はとりあえず頭の数字を追った。まずは二千の位を探し、無事に見つけることができた。


「あっ、あった! それじゃあ次は〇、後は九六……」


 私は目を細くして、眉根を寄せて額に皺を作る。

 縦に並んだ数字の羅列を追うと、2079番、2087番、2091番と見つける。

 合格率は相当低いはずなのだが、如何やら今年はかなりの数の人が無事に突破したらしい。


 この波に乗っていて欲しい。私は神様に祈った。

 視線を下にズラすともしものことがある気がして怖い。

 だけど見ない訳にも行かない。後ろも詰まっている。私はサラッと視線を流すと、2096の数字を見つけた。


「えっと、二〇九六は……ん? 今、私飛ばしたよね? えっと、えっと、あっ、あった!」


 私はもう一度紙を見た。確かに2096の数字がある。

 それから掲示板をもう一度見る。2096の文字列が並ぶ。

 それを何度か繰り返すと、流石に安心感を得られた。

 私はホッと胸を撫で下ろすが、安堵している間は無く、すぐに列を抜ける。


 次の人達に場所を譲ると、私はご満悦でその場を離れた。

 前を行く人達に付いて行き、会場を後にする。

 合格した人は、一度会場を出て合格証明書を貰い、残念ながら不合格の人はそのまま何も無く去る。あまりにも寂しい仕様で、視線を少し動かすと、合格して安心な表情を浮かべる人達よりも不合格で険しい顔をしている人達の方が十倍は多かった。


「ダメだよね。合格した私が掛ける言葉なんて何処にも無いもんね」


 私は前を向くことにした。合格した人達には次に進む必要がある。

 それもそのはず、今回の資格取得の試験の合格率は相当低い。

 噂によると二パーセント程で、毎年何万人と言う人達が受験して、合格するのは時に多くても数百人から少なく見積もって数人のこともある。

 それだけこの試験は難しく、私は無事に合格したことを誇りに思った。


「今日から私も国家魔導書士仲間入り。よし、頑張るぞ!」


 私が取得したのは国家魔導書士の資格。

 魔導書に触れ、魔導書を感じ、魔導書を研究し、研鑽した上で共に歩む。

 そんな謎に満ちており、この世界に通ずる未知を探求できる資格を得た私、アルマ・カルシファーは、如何やら偉大な一歩を踏み出したらしい。

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