第3話 親友も合格で嬉しい
午後になると、私は魔導省サンベルジュ支部に向かった。
そこは王都の中心部付近に位置しており、サンベルジュ魔導図書館と並列して建てられている。
その近くには同じく私が一年と半分の月日を過ごした学び舎が隣接していた。
たった一年半の月日しか過ごしていないにもかかわらず、私は何だか感慨深いものを感じる。
制服のローブを私服のように着こなし、私は染み付いた汗の臭いを嗅いだ。
もちろん定期的に選択をしているからか、汗の臭いなんて分からない。
けれど思い出はしっかりと宿っていて、私は同時に気になることを頭の片隅に浮かべた。
「そう言えばキャラは合格できたのかな?」
私は魔導学院で共に学んだ親友の合格の有無を気にした。
残念なことに私が掲示板を見に行った時にはその姿も魔力も感じられなかった。
それだけ人が有象無象とむせ返っていたせいもあり、一緒に合格しようねと約束した間柄にもかかわらず、私だけ合格だと流石に心が痛い。
だから合格していて欲しかった。
とは言えお互いに受験日から今日に至るまでろくな会話をする機会は無かった。
ましてや姿を見かけることもなく、受験番号も知らない。そのせいでこれから合格証明書を受け取りに行くのだが、一層不安が募りよぎった。
「キャラ、合格してるよね?」
嫌な予感は吹き飛ばすことにした。
私は期待を込めると、その足は魔導省サンベルジュ支部に向かって歩き出した。
サンベルジュ支部に足を運んだ私は正面入り口を潜り、エントランスルームにやって来た。
そこには十数人程人が集まっている。老若男女問わず、年齢もバラバラ。一列になって受付に並んでいた。
受付には女性の職員が二人程対応している。慣れているのか、一人一人に証明書を手渡していた。如何やらこの列に並び、受験番号を答えれば照合され、合格証明書が貰える仕組みになっている。
これで晴れて私も国家魔導書士。馳せる気持ちに浮かれ、列に並ぼうとした。
その瞬間、私は女性とぶつかってしまう。同じタイミングで列の一番後ろに並ぼうとしたらしく、体が強く触れてしまった。衝撃で小さくて体重の軽い私の方が吹き飛ばされていた。
「うわぁ!?」
私はビックリして声を上げた。
すると列を作っている人達がグルリと振り返り、私のことを見る。
「どうしたの?」と倒れている私を心配するわけでもなく、なんで倒れているのか疑問を抱く表情をしている。それが無性に人間の闇色の部分を光らせていた。
「痛たたたぁ。よいしょっと」
「す、すみません。あ、あの大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。私が小さくて軽いだけですから、お気になさらずに……って!?」
「あ、あれ? アルマ?」
私が起き上がると、そこにあるのは見知った顔。
腰まで流した長い髪。先の方に行くに連れ、甘栗色の髪が細くなる。
背丈はかなり高身長。更には胸も大きくて、腰も引き締まっている。
大きな瞳に加え、優しい口調が特徴的。
誰が見ても良い人、それから真面目な人。私の親友、キャラ・ウェイバーンはそんな大人びた女性だった。
「キャラ、ここにいるってことはもしかして?」
「うん、私も合格したよ。それにアルマもいるってことは、そう言うことだよね?」
「うん! 私達、揃って合格したんだね。約束、ちゃんと守れたよ!」
「そうだよね。あの約束、ちゃんと守れたってことだよね。あう~、良かったぁ、ホッとした~」
キャラは骨の髄から崩れてしまった。ふやけた麩菓子みたいに力が抜け、安心感の余り人前にもかかわらずペタンと座り込んでしまう。
甘い声を上げながら、大人びた女性が崩れる姿は、流石に緊張の糸を保っていた男性達には効果覿面。
頬を赤らめ、目を見開きながら、キャラの蕩けた表情と抜群のスタイルに目が奪われて鼻を伸ばしていた。
「キャラ、一回立とう。列に並ばないと、すぐに人壁で詰まっちゃうよ」
「そ、そうだよね。ごめんね、アルマ……って、あれ?」
私はそんな目線が何故か癪に障った。
淫靡な目で親友を見られたくない思いから、手を差し出してキャラを速やかに立たせようとする。
するとキャラも私の手を素直に取ってくれた。
周りの視線が恥ずかしい、こんな姿を見せられない。そんな気持ちを一片でも抱いているのかと、色欲の知識が足りない私は不格好に思い浮かべる。
けれどキャラにそんなつもりは一切無く、単に周りの人達の邪魔になると思ったらしい。
本当に真面目で優しい人。私は親友のことを讃えるが、何故か視線が気になってしまう。
そこでキャラの視線を追い、グルリと列を見ると、私は驚いて声を上げていた。
「えーっと、これは一体……」
「「「お譲りしますよ、お嬢さん方」」」
信じられない光景だった。
目の前には人の列が綺麗に二つできていた筈。
けれど今ではそのどちらもが崩れ、完全に分解された挙句、列が消滅していた。
もちろん列を作っていた男性達は分かる。キャラのサービスに打ち負かされてしまったのだろう。
けれど列には女性も混ざっていた。女性にキャラのサービスショットは刺さらない。そう思っていたのは学友であり親友でもある私だからのようで、大人びた雰囲気から放たれたギャップでメロメロにされていた。
その証拠に男女問わず、私とキャラに対してだけ「お譲ります」と「お嬢さん」を使ってくれた。
こんな待遇、私なんかじゃ滅多にされない。
可愛くないし(むしろ少年と間違えられる)、大人びてもいないし(子供過ぎて背伸びしているように見えるらしい)、胸も小さいすら通り越して壁過ぎて魅力なんてない(それ以上言うと心が持たない)。
そんな私もキャラの個性に引っ張られ、とんでもない逆脚光を浴びてしまった。
「えっと、流石に悪いですよ」
「そうですよ。私達もちゃんと最後尾に並んで……ほえっ!?」
「どうしたの、キャラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
しかしそんなことは許されない。そんな真面目さが私にもあった。
首をブンブン振ると、キャラと一緒に断ろうとする。
列の最後尾に改めて並び直し。そう思ったのも束の間、首を後ろに回してみれば、新しくやって来た人達もこの独特な空気に飲み込まれ、私とキャラに列の最前列を譲ってくれていた。そのせいで変な奇声を上げてしまい、私は頭を押さえてしまう。
「ど、どうしよう?」
「どうしようもなにも……ありがたく最前列に行かせて貰おうよ、キャラ」
私はキャラの手を取ると、列の順番を譲ってくれた人達に頭を下げる。
キャラも戸惑いながら、私に手を引かれて付いていく。
本当にこれが十三歳と十六歳の構図なのかと私は思うが、列の最前列に立つと、受付をしてくれていた女性の前にやって来た。いわゆる受付嬢と呼ばれる人達だ。
「あ、あの……えっと、騒がしくしちゃってごめんなさい」
「すみませんすみません。私のせいで大事な日にご迷惑をお掛けしてしまい」
私とキャラはエントランスで騒がしくしてしまったことを真っ先に謝る。
流石にこれだけ混沌とさせてしまったのは、私達に非があると感じたからだ。
けれど受付嬢は私達ににこやかな笑みを浮かべてくれる。
笑顔を張り付け、気を休めた瞬間に怒られるのかと思ったが、そんな心配はバカみたいだった。
「大丈夫ですよ。それよりお二人共凄いですね。是非とも素晴らしい魔導書士になってくださいね」
「「えっ、は、はい。もちろんです!」」
何故か励まされてしまった。私とキャラは一瞬動揺し、固まってしまう。
けれどすぐにお腹から声を出して気持ちを張り上げると、威勢よく答える。
「元気がいいですね。それでは受験番号を口頭でお伝えしていただけますか?」
「二〇九六です」
「四八七二です」
私とキャラは口頭で受験番号を伝えた。
口頭で伝えるのは、稀に受験番号の書かれた紙を無くしてしまう人が居るかららしい。
緊張のあまりクシャクシャにしてしまう人も居るらしいので、口頭で伝え、本人であることを証明するのだ。
「えーっと、受験番号二〇九六番……アルマ・カルシファーさんですね」
「はい、アルマ・カルシファーです」
「では魔導書の提示をお願いします」
「分かりました。来て、アルマの魔導書!」
私は右手を差し出した。パッと手のひらを開くと、何処からともなく一冊の本が手元に現れる。
真白な表紙。汚れ一つなく、純粋かつ強力な魔力を放っていた。
刻印として、私の名前が彫り込まれている。アルマ・カルシファー。その名前を聞いた瞬間、受付嬢の一人は目を見開く。驚いた様子で、手早く手元の合格証明書を漁った。
「あ、アルマ・カルシファーさんですね。えっと、えっと、少々お待ちくださいね。確かこの辺に……あっ、ありました。どうぞ、アルマ・カルシファーさん。国家魔導書士合格、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
私は受付嬢から一枚の賞状を貰った。
そこには私の名前が刻まれていて、内容は当り障りのないもの。
国家魔導書士になったことをここに認めるといったもので、受け取った瞬間肩の荷が完全に下りた気がする。
「それとですね、アルマ・カルシファーさん。上の者から言伝を預かっております」
「言伝ですか? 私に?」
「はい。合格証明書を受け取り次第部屋に来るようにと、グリモア・ライブラリーさんから」
「叔母さんから? あっ、はい。分かりました」
何だか全身にドッと疲れが増した気がする。
正直このタイミングで叔母さんに呼び出されるのは良い気分がしない。
とても面倒なことに巻き込まれる気がしてならず、会いに行きたくない。
けれど行かないは行かないで面倒なことになるかもしれないので、私は葛藤の末、真面目に会いに行くことにした。
「キャラ、ちょっと用事ができちゃったから、私行くね」
「えっ、そうなの?」
「うん。また後で合流しようね。それじゃあ」
私はキャラに一声掛けると、魔導省サンベルジュ支部を後にする。
多分今の時間なら、叔母さんは学院に居る筈だ。
まさか通り過ぎた筈の建物に向かうことになるとは思わず、私は背中に重い物が乗った気分でトボトボと向かうのだった。
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