第3話 攫われた姉


「姉さんが攫われた?!」


俺は、父さんに向かって顔を突き付ける。


「あぁ。」


「母さんは?姉さんと一緒に居たんじゃないの?」


「いや、母さんは...大丈夫だ。」


何かを口に含めた様子で話す父さんは、脂肪のせいか焦っているせいかは分からないが、ずっとハンカチで額の汗を拭いていた。


「姉さんだけが、攫われたっていうの?」


「あぁ。そうだ。」

姉さんを攫うなんて、どこのゴリラだよ...。

剣の才子なんて呼ばれてる姉さんがそんな簡単に攫われるはずが無い。


「あの姉さんを?」


「あぁ。」


どうやらマジのようだ。

まぁ、攫われたとしたならなぜ姉さんだけを攫ったのだろうか?

運びやすかったから?

いい交渉材料になると思ったから?


いや違うな。

それなら武力のない母さんを狙えばいい。


「まさか...。」


まさか、敵は、ロリコン...なのか。

それなら合点がいく。


姉さんは粗暴な性格だが、顔だけ見れば超一級品だ。

それに加えて、歳は14歳ときた。


これは、もう確定でロリコン犯罪者の仕業だ。


どうにかして姉さんをロリコン野郎から助けてあげたいが、俺は戦闘に自信はないし、知力もない。

大人相手から姉さんを助けるのは無理に等しいだろう。


うむ。

ならば、仕方ない。


俺は家で怠惰生活を...。


いや...姉さんが助かった時、俺が助けに行かなかったと知ったら半殺しにされる恐れがある。一応助けに行った、という口実作りのために、助けに行きましたよ、感は出しておこう。


「俺が姉さんを助けるッ!」


俺は少し大袈裟に机を叩く。


父さんには後々、姉さんに詰められた際に証人になってもらおう。


俺はそう言い残して父さんの書斎を飛び出す。


まぁ、姉さんのことは、騎士団がどうにかしてくれるでしょ。


-----------


報告にあった場所に来てみたが...何だこれは。


俺の目線の先には、人工的につけられたであろう大袈裟すぎる足跡があった。


「ふむ、ブラフだな。」


こんな足跡があれば、護衛の騎士が既に助けに向かっていたはず。

それがなかったという事は、これは確実に事後につけられた足跡。


つまりこれはブラフ。

この先には何もないはずだ。


だが、俺はここに口実を作りに来た身、この足跡を追ったけど何もなかったんだ、風なシナリオで押し通そう。


そんな事を考えながら、足跡の上を踏みしめながら進んでいく。

何も考えずに。


絶対に誰もいないだろう場所へと。


「適当に散歩して帰ろう。」



リアナ・ログアー視点


目を覚ましてすぐに私の脳は、状況を整理しようと活動を始める。

体には両手と両足を拘束するための縄、周りは洞窟だろうか?暗くて良くは見えないが、所々岩のような物が見える。

酸素が薄い、洞窟かどこかの密閉空間に閉じ込められているのは間違いなさそうだ。

そして、目の前には少量の光の発生源、ランプを持った、黒ずくめの服にフードを深く被った男1人。


完全なる誘拐。


最悪だ。

護衛もいるからと油断していた。


母と護衛の皆は無事だろうか。

そんな事を考えていると、目の前の男がこちらに視線を向け口を開く。


「起きたか。」


男の声は無機質だった。

まるで、感情の籠っていない様な、そんな声がこの空間に響き渡る。


「アンタ、ただじゃ済まないわよ。」


「フッ。わかってるさ。」


男の放つ無感情な声に、少し恐怖心を覚えるのは、こんな状況下だからだろうか。


「絶対に父さんがこの場所を探し出すわよ。」


「...。」


ここが何処かは分からないが、護衛の騎士達は私が拉致された事を父さんに伝えたはずだ。

父さん自体は余り当てにはならないが、ログアー家の騎士団は精鋭揃い。

早くて数時間、遅くても1日あればこの場所を探しだしてくれるはず。


ならば、私はコイツからなるべく情報を聞き出す。

今はこれくらいしかできない。


「アンタ目的は?」


「...。」


「ねぇ。」


「...。」


「ねえってば!!」


私の言葉に反応を示さない男に、私もついムキになってしまう。

別に怒っているわけではないのに、この胸の内から出てくる感情はなんなのだろうか。


初めての環境と状況に焦っているのか。

...焦り?


どうして私は焦っているのだろうか。

騎士団は必ずここに来る。

それは確信している。


ならば何故、私は焦っているのだろうか。

分からない。


恐怖心からだろうか。

...恐怖?


何に...?

目の前の男に視線を向ける。


この男の放つ独特な雰囲気。

これだ。

これが私の焦りと恐怖心の正体。


さっきから、冷や汗と吐き気が止まらない。

呼吸も段々と荒くなっていく。


顔は見えない、だが顔は見えずともこの男の放つ雰囲気や空気が、底知れぬ憎悪を宿している事が分かる。

それに気づいた瞬間。

私の中に今まで感じたことのない恐怖。

初めて剣を持ち、人と対峙した時とはまるでかけ離れた恐怖が私の心を染めていく。


「ルーカス...。」


この状況で、咄嗟に出てきたのは弟の名前だった。


ドドドンッ


そんな時、地面を揺るがす程の音が洞窟内に響き渡る。

何が起きているのか分からない私は、ふと男の方を見た。

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男は笑っていた。



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俺が異世界に転生しても、どうやら世界は廻り続ける様です。〜チートなんかいりません。だって主人公じゃありませんから〜 蜂乃巣 @Hatinosu3268

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