第3章
第15話 真実
昔の感覚が戻ってきている。
鈴と再会を果たしてから感じるようになったことの一つだ。
最近は、自分らしい演奏というものは一切出来ていなかったと思う。大好きなはずのクラシックギターを弾くことが楽しいと思えなかった。
でも、鈴と練習するようになって、鈴のギターの音を聞くようになって、自分のギターの音が変わってきていることに気づいた。もう戻れないと感じていた昔の自分が奏でていた音に。
昔の自分は純粋にクラシックギターを楽しんでいた。何にも縛られず悩むこともなく無邪気に弾いていたあの頃が一番楽しかった。その楽しいという感覚が、今戻ってきている。この変化に自分自身もとても驚いた。同時に、それがとても幸せな感覚であることをじっくりと噛み締める。
だからこそなのか、最近、鈴の演奏に対して不自然さを感じるようになった。
鈴に違いないはずなのに、本当は鈴じゃないというあくまでも根拠のない感覚的なもの。鈴の演奏の中に別の存在の陰が見え隠れしているような気がしてならない。
鈴を疑っているわけじゃない。でも、鈴のライバルとして、ライバルだからこそ、その目に見えない存在について、はっきり知っておかなければならないと感じる。何かとても大切なことのように思えてならなかった。
今日もいつものようにコンクールに向けた練習を行う。律は早くも第二音楽室に向かおうとしていた。しかし、先ほどよぎったことがなかなか頭から離れず、足を止めてしまう。迷ったすえに、第二音楽室ではなく、奏のクラス三年四組の教室に向かうことにする。律のクラスは三年一組。階段とは逆方向に二組、三組の教室を通り過ぎて歩いて行く。
開け放された三年四組の扉から中を覗き、顔見知りを見つけ声をかける。
「おい、奏いないか?」
「よお、律。
「そうか……どこ行ったか分かるやついるか?」
「竹内なら知ってるかも。おーい、竹内! 深山、どこ行ったか分かるか?」
男子生徒の声に、黒板の近くでおしゃべりに花を咲かせていた女子グループの一人が反応する。
「奏ならいつものように
「わかった、ありがとう!」
鈴のお見舞い? 病院に行った? あいつは何を言ってるんだ?
なんとなくここで聞き逃してはいけないような、そんな胸騒ぎに似た衝動に駆られる。
わかった、ありがとう、と礼を言う男子生徒をよそに、律は自ら竹内と呼ばれた女子生徒の元に向かう。
「鈴のお見舞いってどういうことだ? 鈴はもう退院して、今は保健室登校してるんじゃないのか?」
女子生徒は律の言葉をめんどくさそうに返す。
「何言ってんの、
女子生徒はもう律のことを忘れてしまったかのように、女子グループの輪に戻る。
律はその場から動けないでいた。鈴は今も入院中……。
(じゃあ、俺がいつも一緒に練習しているあの鈴は一体……)
混乱する頭をブンブンと振り、無理やり平静を保とうとする。
律はよろけそうになる足をなんとか踏みとどめ、急いで教室を後にした。
バスを乗り継ぎ、森ノ熊病院の建物まで急ぐ。受付ロビーを抜け、いてもたってもいられず、エレベーターではなく階段で五階まで一気に駆け上がる。
目的の病室の前に立ち、チラッと目に入った「朝比奈鈴」という表札の文字に唖然とする。
律はノックをせず、荒々しく扉を開く。
「どなたですか? 看護師さんかな?」
聞き慣れた幼馴染の声を無視して、目の前に立ちはだかる仕切りカーテンを躊躇なく開ける。
目を見開いた奏の姿を確認した後、その目の前で眠っている人物に目を向ける。
たくさんの管に繋がれ規則正しく曇る酸素マスクをしたまま眠っているのは、紛れもなく律のライバル、朝比奈鈴だった。久しぶりに目にしたライバルの姿は、最後に見た時と変わらず青白く痛々しかった。
律の拳はいつの間にか固く握りしめられていた。
「……どういうことだ、奏」
嘘をつかれた、騙された、
奏は両手を口に当て、肩を震わせている。風邪でも引いたかのように噛み合わない歯の音がカチカチと聞こえる。
答えを待つほどの余裕はなかった。次の瞬間、律は我を忘れ叫んでいた。
「これは一体どういうことだ!!」
律の頭にはもう、ここが病院だということは完全に忘れ去られていた。
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