第7話 投書の理由
クラシックギター部は、私と
私たちは小学校の頃からの幼馴染で、ずっと一緒にクラシックギターを弾いてきた。中学二年生の時には、全国学生ギターコンクール中学生の部で三人で三重奏を演奏し、見事金賞を受賞した。
クラシックギターは最近やっと注目を浴びてきた楽器であるものの、まだまだフォークギターやエレキギターの方が知名度が高くて、クラシックギター部が存在する学校は今でもそれほど多くはない。最初、私たちが通っていた小学校にも中学校にもクラシックギター部は無かったから、担任の先生や校長先生に直談判してクラシックギター部を創設してもらったこともあった。そのこともあって、この森ノ熊高校にクラシックギター部を創設することに対しては苦労とかは特に何もなくて、ただ高校生になってもクラシックギターが弾けることや、部員をたくさん集めてみんなで合奏することへの嬉しさや期待に溢れていた。
私たちは鈴を部長、律を副部長として、クラシックギター部を始動した。鈴が部長になったのは、律が推したからだった。鈴と律はお互いに良きライバルで、事あるごとに競っていた。私には鈴と律の実力に大きな差はないように見えてたけど、律は違った。律は自分よりも鈴の方が上だと認めていたみたい。あの負けず嫌いの律が悔しそうな顔をしながらも鈴が部長になるのを賛成したのを見て、なんだかすごく羨ましかった。二人は本当のライバルなんだと思った。
それから文化祭やコンクールといった学校内外の活動を積極的に行うにつれて、クラシックギター部にはたくさんの部員が集まっていった。たくさんの部員をまとめあげるのは大変だったけど、鈴は部長として部員たちを上手く先導し、部員一人一人と確実に信頼を深めていった。
そんな慌ただしい毎日が続く中でも、鈴は律と勝負するため、
そんな二人の勝負を見るのが私はとても楽しみだった。私も鈴と律の幼馴染なのに、自分だけ置いていかれてる感じがして寂しいと感じることもあったけど、それ以上に、二人がライバルとしてこれからもずっとクラシックギターを弾き続けてほしいと思った。
でもそうはいかなかった。昨年の冬のコンクールが終わった帰り道、鈴は交通事故に巻き込まれてしまった。かろうじて一命を取り留めたものの、それ以来ずっと病院で眠ったまま。まるで悪い夢でも見ているようだった。
大きくショックを受けた私はそれからしばらく部活を休んだ。そして少し元気を取り戻した私が久しぶりに部活に顔を出すと、鈴の代わりに律が部長として部員をまとめてくれていた。律の方が辛いはずなのに、クラシックギター部を頑張って引っ張っていってくれていることに励まされた。
異変を感じ始めたのは、私が部活に復帰してからすぐのことだった。合奏の練習中、後輩の子のミスが何度か続いてしまった時、律はその子のことを一方的に責め立てるようにすごい剣幕で注意した。いつもなら不機嫌な顔をしながらも、まずは失敗してしまう理由を聞いたり上手くできるコツを教えたりと面倒見よく接していたのに、その時の律は性格が180度変わってしまったかのような様子だった。結局私が無理やり止めに入って何とかその場は収まったけど、律の指導は日に日に厳しくなっていくばかりだった。
程なくして最初に怒られた後輩の子が退部した。それを皮切りに、次々と部員が練習に来なくなっていった。私は律を問い詰めた。「どうしてこんなことするの?」「一体どうしちゃったの?」って。律は、うるさいだの出て行けだのお前には関係ないだので、まともに取り合ってくれなかった。だから律の変わりようは相変わらず分からないまま。
どうして何も話してくれないの? 私じゃダメなの?
鈴がいてくれれば……。鈴だったら、あんたはきっと話してくれるんでしょう? 律……。
「……その後も状況は何も変わらなくて、律と話をしようとしても結局すぐ喧嘩になって終わっちゃう。このままだとクラシックギター部は本当に廃部になりかねないしどうしようと思って、今回生徒会の目安箱を利用してみたの。初めてだったからこれでも緊張したんだよ?」
奏は藁にもすがる思いでいる。律が、鈴が、クラシックギター部が、奏にとってどれほど大切な存在であるか、思い出を楽しそうに話す奏の姿を見ていて、それがよく伝わってきた。人知れず何度も歯を食いしばってきたのだろう。ジュリアはやるせない気持ちになる。
「私たちももう三年生。もうすぐ受験を考えて動かないといけない。でもクラシックギター部をこのままにしておくことはできない。だから……」
奏の目から一筋の涙がこぼれる。
「どうかお願い、私たちを助けて……」
ジュリアの手が奏の両手に包まれる。奏は包んだ両手に額を近づけ、祈るようにその手に力をこめた。
太陽が山の端に沈んでいく。空の上の方はすでに藍色に塗られていた。屋上に吹き付ける風は少し強く冷たい。ジュリアは思わず両手で腕をさする。
「……中に入らないの?」
肌寒そうにしつつも一向に室内へ戻る気配が感じられないジュリアに、紗月が声をかける。ジュリアは静かに首を振る。
森ノ熊高校の屋上からは森ノ熊の町全体を見渡すことができた。北の方角には山々の連なりが見られ、南の方角には海が見える。森ノ熊は山と海に挟まれた地形をしており、自然が身近に感じられる町だ。この素晴らしい景色を見れば、重くなった心も少しは軽くなると思っていた。でもそうはいかなかった。
(これが「責任」の重さ)
ジュリアは自分の手を掬い上げるように持ち上げ、手のひらを見つめる。手にはまだ奏に掴まれた時の感覚が残っていた。その感覚を忘れないように、ぎゅっと両手のひらを握りしめる。
「私に出来るかな……」
不安な気持ちから、ついぼそっと言葉が漏れてしまう。
奏は必死だ。そんな奏やクラシックギター部を救う自分は、それ以上に必死でないといけない。そうでないと奏たちに失礼だし、救うことすらできない。だが、それには覚悟が必要だ。その覚悟が、自分にはまだ足りない。ジュリアは自分自身を追い詰めていた。すると紗月がすぐに問い返してきた。
「君はどうしたいの?」
ジュリアはハッとする。
自分自身に、自分の気持ちを証明すること。これが私がしたいこと。
「ジュリアはいろいろと考えすぎ。もっと自分の思うままに動いた方がいい」
自分の心の上にのしかかっていたおもりが紗月の言葉で溶かされていくように、胸のつかえが取れていく。そしてその奥にある気持ちが見えた。
「私はクラシックギター部を助けたい。そして、私自身の気持ちにけじめをつけたい」
ジュリアは紗月をまっすぐに見つめる。紗月はジュリアの顔を見て、ほっとしたような表情を浮かべる。
「そっか」
太陽が最後の灯を迎える。夜空にはすでに星々が輝きはじめていた。
ジュリアは空を見上げた。その瞳は星々を映し煌めいていた。
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